晴くんといると、安心できる。
それは変わらないはずだった。

でも――
「僕らのこと、ほんとは誰にも知られたくなかった?」
そう問いかけたとき、彼がほんの少し目を逸らしたのが、どうしても心に残っていた。

昼休み。
晴くんはいつも通り、僕の席にやってきて、
「なにか食べる?」と聞いてきた。

だけどその声は、
どこか“いつも通りすぎて”作ったみたいに思えた。

「……うん、大丈夫」

「そう?じゃあ、俺行ってくるね」

少し離れた購買に向かう背中を見送って、
胸のあたりが、微かに冷えていく。

(言ってよかったのかな、昨日のこと)

言ったことで、彼のなかで何か変わったんじゃないか。
そんな不安が、少しずつ大きくなる。

放課後。
晴くんは、昇降口で僕を待っていた。

「今日は、一緒に帰る?」

いつも通りのトーン。
けれど僕は、いつものように頷けなかった。

「……ごめん。今日は先に帰る」

「あ、そっか……。うん、分かった」

彼の顔は、困ったように笑っていた。
だけどその笑顔が、逆に胸に刺さった。

(ほんとうに、なにも言ってくれない)

夜。
スマホに届いたメッセージは、たった一行。

無事に帰れた?寒くなってきたから気をつけて

やさしい言葉。
でも、その一行の奥にあるはずの気持ちが見えなかった。

僕も、「ありがとう」だけ返した。
それ以上、なにも言えなかった。

翌日。
会話はある。視線も合う。

でも、どこか“間に一枚ガラスが挟まってる”みたいな距離感。

そんな空気がたまらなくて、
昼休み、思わず屋上に晴くんを引っ張って行った。

誰もいない場所で、風の音だけが鳴っていた。

「晴くん、ほんとは、言いたくないことあるんでしょ?」

「……なんの話?」

「僕らのこと、誰かに言われるのが嫌だったんでしょ。それが嫌なだけならいい。でも、“僕と一緒にいるのが面倒になった”なら、ちゃんと言って」

言ってしまってから、声が震えていたのに気づく。

晴くんは目を見開いて、
それから少しだけ視線を落とした。

「……違うよ。そんなわけない」

「でも、何も言ってくれない。ただ“大丈夫”って笑ってるだけじゃ、僕、分からない」

彼が一歩、僕に近づいた。

「俺は……紬を守りたくて、言葉を選んでた。でも、それが逆に紬を遠ざけてたなら、ごめん」

「……言葉を選ぶくらいなら、何も言わないでほしかった。それくらい、ちゃんと信じてるから」

沈黙が、風と一緒に流れた。

ふたりの間にあるものが、すこしだけ軋んで音を立てる。
でも、それは壊れる音じゃなかった。

「……ごめん。怖かったんだ」

「僕も、怖かったよ。晴くんが黙ってしまうことが、一番怖かった」

彼の目が、ようやくまっすぐ僕を捉えた。

そして、ふたりの距離がまた少しだけ縮まった気がした。