「ねえ、あれって付き合ってんの?」

昼休み、購買前の廊下ですれ違った女子が、
僕たちの方を指して、ひそひそ声でそう言った。

“あれ”というのは、僕と晴くんのことだ。

もう隠しているつもりはない。
けれど、堂々と公言していたわけでもない。
だからこそ、そうやって“気づいた誰か”が面白半分に噂を口にする。

晴くんの顔を見る。
少しだけ口元が引きつっていた。

気のせいかもしれないけれど、
ほんのわずかに、眉間のしわが深くなった気がした。

「……晴くん、気にしてる?」

「え?」

「さっきの。あの子たちの話」

「あー、いや。全然。慣れてるよ、ああいうの」

返ってきた声は軽かった。
でも、どこか“慣れたフリ”に聞こえてしまうのは、僕のわがままだろうか。

放課後、昇降口で並んで靴を履いていたとき、
隣にいた男子が、ぽつりと漏らした。

「最近、小野ってマジで顔いいよな」

「だよなー、あれで静か系とかズルくない?」

「でもさ、桐ヶ谷とよく一緒にいるの、付き合ってんのかな」

それは、僕らに聞かせようとした言葉じゃない。

でも、あまりに距離が近すぎて、
聞こえてしまった。

晴くんは、何も言わなかった。

ただ、靴の紐を結ぶ手がほんの少し強くなっていた。

僕は、声を出せなかった。

「紬」

帰り道、彼の方から話しかけてきた。

「……俺さ、こういうの慣れてると思ってたけど、なんか、ちょっとだけムカついた」

「……うん」

「俺らのこと、噂にされるのはいい。でも、紬のこと、そういう目で見られるの、やっぱ嫌かも」

「晴くんが嫌って思うなら、僕も嫌かもしれない」

「……ありがとう」

歩幅が少し揃って、
自然に手が触れた。

でも、握らなかった。

ほんの少しだけ、
どちらかが“ためらった”ような、そんな空気が流れた。

それに気づいて、胸の奥が、かすかにざわめく。

「晴くん、僕……」

「うん?」

「誰かに見られることよりも、晴くんが本音を言ってくれなくなる方が、怖いかもしれない」

彼は立ち止まった。

ゆっくりと僕の方を向いて、
目を細めた。

「……それ、ちゃんと覚えておく」

その声が、少しだけ遠かった。

(伝わったのかな)

伝わったと思いたい。
でも、ほんの少しの不安が、
僕の背中をそっと撫でていった。