「好きだよ」

その一言を、今、晴くんから受け取った。

耳ではっきり聞いたはずなのに、
心が受け取るのには、ほんの少し時間がかかった。

胸の奥が、じんと熱くなって、
言葉にならない感情が、じわじわと込み上げてきた。

そのあと、ふたりで並んで川沿いを歩いたけど、
どちらも多くを話さなかった。

だけど、沈黙が怖くなかった。

それが不思議で、嬉しくて、
ときどき歩幅がずれて、また重なるのが、
まるで僕たちの関係みたいだと思った。

途中、自販機で買った缶ココアを、
ふたりで交互に飲んだ。

「間接キスだ」

「……わざと?」

「半分くらい」

そう言って笑った晴くんの顔が、
これまでよりも、すこし無防備に見えた。

「ねえ、晴くん」

「ん?」

「……僕たちって、もう“付き合ってる”って言っていいのかな」

言ってから、少し顔が熱くなる。

でも、答えはすぐに返ってきた。

「“いいのかな”じゃなくて、俺は、もう付き合ってるつもりだったよ?」

「……そっか」

「逆に、違ったら泣くとこだった」

その言葉に、思わず吹き出した。

それから、僕たちは“恋人”になった。

名前をつけただけで、
なにかが大きく変わるわけじゃない。

でも――

“ふたりの関係に輪郭が生まれた”気がした。

次の日。
教室に入ってくる晴くんの顔を、自然と目で追っていた。

目が合う。
晴くんが微かに笑う。

それだけで、朝の空気が少しやわらかくなる。

声は交わさない。
でも、それで十分だった。

昼休み、屋上でふたりだけで会った。

「なにか変わった?」

そう聞かれて、僕は少し考えたあと、言った。

「変わらないけど……でも、“名前がついた”感じがする」

「それ、大事なやつ」

「うん」

晴くんは、風に吹かれながらベンチに腰かけて、
僕の隣にそっと肩を寄せた。

「恋人ってさ、ただの言葉だけど、それがあるだけで安心するんだなって思った」

「わかるかも」

「もし、噂がこれからも続いても――俺は、堂々と“彼氏です”って言えるよ」

「……じゃあ、僕も言う。“晴くんが、僕の恋人です”って」

そう返すと、彼がこっちを見た。

「やば、今の、音声録音しておきたかった」

「無理。再放送しない」

「じゃあ、代わりに、記憶に焼き付けとく」

照れ笑いと、安心と、ほんの少しのくすぐったさが入り混じった、そんな春の光みたいな時間だった。