待ち合わせ場所は、いつものコンビニの角を曲がった先にある、少し寂れた書店の前。

制服姿のまま歩くにはちょっと場違いな、
落ち着いた雰囲気の小さな並木道。

晴くんは、いつもここで私服に着替えた姿で待っていた。

黒のパーカーに、シルバーのリングピアス。
低いトーンの声。
表情は穏やかなのに、どこか近寄りがたい空気をまとった、
“もうひとりの桐ヶ谷晴”。

僕はその姿が、学校の彼よりも“本物”に見えていた。

「紬ー、来た?」

通りの向こうから手を振る彼は、今日も私服だった。
小さく目元が緩んでいて、歩き方にも気怠さが混じっている。

「うん。今着いたとこ」

「そう? 俺が先だったと思うけどな〜」

「……じゃあ、同時ってことで」

「それ、紬が言うと絶対俺が折れるじゃん」

笑いながら並んで歩き出す。

こんなふうに、放課後の街に並んで歩くのはもう何度目だろう。

学校じゃ話せないことも、
こうして制服を脱いだ空気の中なら、自然と話せる気がしていた。

そのときだった。

後ろから聞き慣れた制服の足音と、複数の声。

「え、ちょっと待って……」
「うそ、あれって桐ヶ谷くんじゃない?」
「ほんと? でも、雰囲気ぜんっぜん違うよね!?」

声が近づくより先に、胸がぎゅっと締めつけられる。

(まさか……)

振り返ると、そこには数人の女子生徒が立ち止まっていた。

同じ制服。
見覚えのある顔。
たぶん、他クラスの子たち。

視線の先には――私服の晴くん。

黒パーカーにピアス、
学校では絶対に見せないテンションで、僕の隣にいる。

晴くんは、一瞬だけその場に立ち止まった。

「……あ」

短く、それだけ呟いて。

でも、すぐにいつもの調子を取り戻したように、
小さく笑って、僕の肩を軽く叩いた。

「紬、行こっか」

そのまま、なにごともなかったかのように歩き出す。

僕も、何も言えずについていくしかなかった。

背後で、小さなざわめきと、興味本位の声が遠ざかっていく。

夕焼けが差し込むアーケード街。
並んで歩きながら、僕の心臓はずっと早鐘のように鳴っていた。

(見られた――)

“あの晴くん”を、見られてしまった。

“僕だけが知っていた顔”が、
学校の誰かに知られてしまった。

それが怖くて、申し訳なくて、
息が浅くなっていく。

「……ごめん、晴くん。僕のせいで……」

声が震えそうだった。

彼がピタリと立ち止まる。

「なにが?」

「だって、あの子たち……学校の子だったよね。
 晴くんの、その姿、見られて……」

「別に、いいよ」

彼の返事は、あっさりしていた。

でも、その声の奥に、いつもより少しだけ硬さがあった。

「ほんとは、俺も分かってた。
 いつか、見られる日が来るって」

「……それでも、ずっと黙ってたのは……?」

「それは――」

晴くんが、口をつぐむ。

ほんの数秒の沈黙。

「……紬にだけは、ちゃんと見せたかったから」

その言葉に、涙が出そうになった。

そのあと、何を話したかはよく覚えていない。

言葉よりも、
ただ並んで歩く距離と、
彼のピアスが街灯の光を受けてきらめいていたのが、やけに記憶に残っている。

帰宅後、SNSの通知が鳴った。

「桐ヶ谷くんって、放課後になると雰囲気変わるね?」
「え、あれ私服? 意外と……」
「誰かといたよね? あれって誰?」

画面越しの言葉に、胸がざわつく。

晴くんの世界に、僕が足を踏み入れてしまった気がした。

それが、取り返しのつかないことだったらどうしよう。

不安が、頭から離れなかった。