昨日、晴くんの様子が、ほんの少しだけ違っていた。
声のトーンも、返してくれた言葉も。
ちゃんと“嬉しい”って思ってくれてるはずなのに、
どこかぎこちなくて、気づかないふりができなかった。
(……僕、なにか間違えた?)
胸の中に、ちいさな疑問が残ったまま朝を迎えた。
教室に入ると、晴くんはもう席にいた。
眠たげな目をしていて、手元のスマホをなんとなくいじっている。
「おはよう、晴くん」
「ん、おはよう」
目が合った。
でも、その視線はいつもよりすこしだけ短かった。
(なんでだろう。ちゃんと昨日、伝えたはずなのに)
ほんとうの気持ち。
好きって言葉の代わりに、“選んでくれてありがとう”を込めて伝えたつもりだった。
けれど、それが“届いていない”ような空気が、今日もまだ続いていた。
昼休み。
プリントを届けに職員室へ行くと、廊下の向こうから晴くんが歩いてくるのが見えた。
(……話しかけよう)
昨日の続きを、少しでも話したいと思った。
でも、晴くんは僕の横を通り過ぎながら、小さく手だけを振った。
それはいつもの仕草だったのに――
なぜか胸がきゅっとなった。
(声、かければよかった)
一歩、遅れた。
ただそれだけのことなのに、取り返しがつかないような気がした。
放課後。
昨日とは違って、今日は僕の方から誘ってみた。
「晴くん、帰り……少しだけ歩かない?」
彼は少しだけ驚いた顔をしたあと、すぐに頷いてくれた。
「いいよ。いつものとこ?」
「うん」
川沿いの遊歩道。
二人で何度も通った場所。
誰もいない静かな時間が、今日こそちゃんと心を近づけてくれる気がした。
「……晴くん、昨日の僕の言葉、変なふうに聞こえちゃった?」
夕陽に照らされた水面を見ながら、そう訊ねた。
しばらく沈黙が続いて、
ようやく返ってきた声は、少しだけ低かった。
「……ううん。変じゃないよ。むしろ、嬉しかった」
「でも……」
「ただ、俺の方がちょっと、期待しすぎてたのかもな」
その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。
期待しすぎてた――
その言葉の意味を、彼はなにも説明しなかった。
でも、それが何を指しているのか、僕にもなんとなくわかってしまった。
(……“好き”って、言えなかったから?)
ちゃんと気持ちは伝えたつもりだった。
でも、言葉として出さなかったことが、
彼の中に、わずかな空白を生んでしまったのかもしれない。
川沿いのベンチに並んで座っているのに、
お互いに、目が合わないまま時間だけが過ぎていく。
風がそっと吹いて、僕の髪をかすかに揺らした。
「……ねえ、晴くん」
「うん?」
「……あのね、ちゃんと伝えたいって思ってたんだ。でも、言葉にするのがまだ怖くて」
「紬」
彼の声が、やわらかく僕を包んだ。
「俺も、たぶん同じ。言葉にするのが怖くて、“ちゃんと伝わってる”って自分に言い聞かせてた」
「……伝わってない?」
「伝わってるよ。ちゃんと。でも、“もっと聞きたい”って思っちゃう俺が、いちばんワガママだっただけかもしれない」
彼の言葉は、責めるようなものじゃなかった。
それでも、僕の心の奥に小さな波紋を残した。
「……晴くん、不安だった?」
「……ちょっとだけ、ね」
「そっか……ごめん」
「謝ることじゃないよ。俺が勝手に焦ってただけだから」
そのやりとりが、まるで“すれ違いの中の再接続”みたいで、少しだけ胸があたたかくなった。
帰り道、
初めて、僕の方から彼の袖を引いた。
彼は驚いた顔をしたけど、すぐに笑って手を差し出してくれた。
「俺、今は“好き”って言葉じゃなくてもいいよ。紬の気持ちが、こうして伝わってるから」
「……でも、いつかちゃんと、言いたい」
「待ってる」
そう言って、僕の手をそっと握ってくれた手は、いつもより、すこしだけ強かった。
声のトーンも、返してくれた言葉も。
ちゃんと“嬉しい”って思ってくれてるはずなのに、
どこかぎこちなくて、気づかないふりができなかった。
(……僕、なにか間違えた?)
胸の中に、ちいさな疑問が残ったまま朝を迎えた。
教室に入ると、晴くんはもう席にいた。
眠たげな目をしていて、手元のスマホをなんとなくいじっている。
「おはよう、晴くん」
「ん、おはよう」
目が合った。
でも、その視線はいつもよりすこしだけ短かった。
(なんでだろう。ちゃんと昨日、伝えたはずなのに)
ほんとうの気持ち。
好きって言葉の代わりに、“選んでくれてありがとう”を込めて伝えたつもりだった。
けれど、それが“届いていない”ような空気が、今日もまだ続いていた。
昼休み。
プリントを届けに職員室へ行くと、廊下の向こうから晴くんが歩いてくるのが見えた。
(……話しかけよう)
昨日の続きを、少しでも話したいと思った。
でも、晴くんは僕の横を通り過ぎながら、小さく手だけを振った。
それはいつもの仕草だったのに――
なぜか胸がきゅっとなった。
(声、かければよかった)
一歩、遅れた。
ただそれだけのことなのに、取り返しがつかないような気がした。
放課後。
昨日とは違って、今日は僕の方から誘ってみた。
「晴くん、帰り……少しだけ歩かない?」
彼は少しだけ驚いた顔をしたあと、すぐに頷いてくれた。
「いいよ。いつものとこ?」
「うん」
川沿いの遊歩道。
二人で何度も通った場所。
誰もいない静かな時間が、今日こそちゃんと心を近づけてくれる気がした。
「……晴くん、昨日の僕の言葉、変なふうに聞こえちゃった?」
夕陽に照らされた水面を見ながら、そう訊ねた。
しばらく沈黙が続いて、
ようやく返ってきた声は、少しだけ低かった。
「……ううん。変じゃないよ。むしろ、嬉しかった」
「でも……」
「ただ、俺の方がちょっと、期待しすぎてたのかもな」
その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。
期待しすぎてた――
その言葉の意味を、彼はなにも説明しなかった。
でも、それが何を指しているのか、僕にもなんとなくわかってしまった。
(……“好き”って、言えなかったから?)
ちゃんと気持ちは伝えたつもりだった。
でも、言葉として出さなかったことが、
彼の中に、わずかな空白を生んでしまったのかもしれない。
川沿いのベンチに並んで座っているのに、
お互いに、目が合わないまま時間だけが過ぎていく。
風がそっと吹いて、僕の髪をかすかに揺らした。
「……ねえ、晴くん」
「うん?」
「……あのね、ちゃんと伝えたいって思ってたんだ。でも、言葉にするのがまだ怖くて」
「紬」
彼の声が、やわらかく僕を包んだ。
「俺も、たぶん同じ。言葉にするのが怖くて、“ちゃんと伝わってる”って自分に言い聞かせてた」
「……伝わってない?」
「伝わってるよ。ちゃんと。でも、“もっと聞きたい”って思っちゃう俺が、いちばんワガママだっただけかもしれない」
彼の言葉は、責めるようなものじゃなかった。
それでも、僕の心の奥に小さな波紋を残した。
「……晴くん、不安だった?」
「……ちょっとだけ、ね」
「そっか……ごめん」
「謝ることじゃないよ。俺が勝手に焦ってただけだから」
そのやりとりが、まるで“すれ違いの中の再接続”みたいで、少しだけ胸があたたかくなった。
帰り道、
初めて、僕の方から彼の袖を引いた。
彼は驚いた顔をしたけど、すぐに笑って手を差し出してくれた。
「俺、今は“好き”って言葉じゃなくてもいいよ。紬の気持ちが、こうして伝わってるから」
「……でも、いつかちゃんと、言いたい」
「待ってる」
そう言って、僕の手をそっと握ってくれた手は、いつもより、すこしだけ強かった。



