マスクの下のキミは、誰よりも綺麗だった

最近、晴くんの表情が少し読みにくくなった気がする。

ちゃんと笑ってくれるし、
いつもの調子で話してくれる。

でも――
どこか、触れられない距離ができたような、そんな気がしていた。

「……今日、どっか寄ってく?」

放課後、僕の方からそう訊ねたのは初めてだったかもしれない。

「え?」

彼は少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐに頷いた。

「うん。行こう。紬が誘ってくれるなんて、貴重」

「たまには僕からも動かないとって、思って」

そう言いながら、
内心ではずっと迷っていた“あの言葉”を、今日こそ伝えようと決めていた。

向かったのは、川沿いの遊歩道。
もう何度も来た場所。

並んで歩く、その距離も、歩幅も。
少しずつ慣れてきたこの感覚が、僕には心地よかった。

「紬、最近ほんとに変わったよな」

「……そう?」

「クラスでも自然に話してるし、笑うことも多くなった」

「……うん、晴くんのおかげ」

「いや、紬の力だよ」

そう返されて、胸の奥がふっとあたたかくなった。

彼がそう言ってくれると、ちゃんと“僕として”見てくれている気がした。

歩きながら、
彼の手を探るように、自分の手を差し出した。

すぐに、その手は握られる。

何度繰り返しても、
この感覚は、慣れたようでいて、毎回少しだけ緊張する。

(この手を、もっと強く握りたい)
(もっと、近づきたい)

そう思った。

でも、その想いの先にある“好き”という言葉だけが、
まだ口にできないままでいた。

「晴くん」

「ん?」

「……ちょっとだけ、立ち止まってもいい?」

「……どうした?」

僕は、そっとマスクを外して、彼の正面に立った。

「……顔、見ててほしい」

彼は、いつもと変わらない穏やかな目で、僕を見てくれていた。

「……今日、言おうと思ってた」

「……なにを?」

言葉が、喉の奥で揺れる。

ほんの数文字が、こんなにも重いなんて、
知れば知るほど、伝えたくなるのに、伝えられない。

それでも――

「晴くんが、好きになってくれた“僕”で、ちゃんといたい」

そう言った。

好き、とは言えなかった。
でも、それに限りなく近いかたちで、
僕の中にある想いの温度を伝えた。

彼は少しだけ目を見開いて、
そして、何も言わずに僕の頭をそっと撫でた。

その手が、やわらかくて、やさしかった。

(ああ――もっと近づきたい)

それは、誰かの視線に応えたいとか、評価されたいとか、
そういう外に向いた気持ちじゃなくて。

“晴くんにとっての、特別になりたい”という、ただそれだけだった。

でもそのとき、
彼の手がどこかすこしだけ、迷いを帯びていたことに、
僕はまだ、気づいていなかった。