「好きって、いつ言えばいいんだろう」

その問いが、心の奥で静かに鳴り続けていた。

もう、気持ちは決まっている。
抱きしめてもらった夜からずっと、
僕は晴くんのことが、ただの「特別」では済まない存在だと分かっていた。

それでも、“好き”というたった二文字が、どうしても言えなかった。

昼休み、図書委員の仕事で呼び出されて、教室に戻る途中。

廊下を歩いていたら、階段下の空きスペースに、見知った背中が見えた。

――晴くん。

その前に、制服のリボンをきちんと結んだ女の子。
声までは聞こえないけれど、表情と空気でなんとなくわかった。

告白――だった。

女の子は、勇気を振り絞るように言葉を紡ぎ、
そして、晴くんは優しく首を横に振っていた。

笑顔だった。
決して冷たくはなかった。
むしろ、相手を傷つけないための、
桐ヶ谷晴らしい断り方だった。

それを見ている僕は、
なぜか、うまく息ができなくなっていた。

そのまま、階段の影に隠れるように立ち去って、
自分の教室に戻った。

誰にも気づかれないように座り、
いつも通りの自分を装う。

けれど、頭の中はぐるぐると回っていた。

(あの子は、ちゃんと“好き”って言えた)
(僕は、まだ言えてない)

“想っているだけ”じゃ、何も伝わらない。
分かっていたはずなのに、ずっとそれで誤魔化してきた。

「抱きしめてくれてありがとう」
「手をつないでくれて嬉しい」
――でも、「好き」って言ったことはない。

放課後。
晴くんと駅前で合流する予定だった。
でも、時間になっても向かう気になれなかった。

スマホを見ては、画面を閉じる。

“おーい、今日いるー?”
“プリン買ったぞ?”

彼からのLINEが、通知に並ぶ。

その軽さが、今日はどうしても胸に引っかかった。

晴くんは、悪くない。
何もしていない。
むしろ、いつも通り――いや、それ以上に、ちゃんと想ってくれている。

でも。
今日のあの子は、“ちゃんと気持ちを届けていた”。

その姿が、自分の中に小さな痛みを生んでいた。

夜。
彼からのメッセージは続いていた。

紬、体調悪い?
それとも、俺なんかした?

会えないの、寂しい

ほんとは電話したいくらいだけど
無理しないでな

スマホを見つめたまま、指が動かなかった。

返信しなきゃ。
安心させなきゃ。

でも――
何も返せないまま、時間だけが過ぎていった。

“好き”って、言えないままでいることが、
こんなにも誰かを不安にさせるって、思っていなかった。

僕が見てしまったあの場面。
言葉にする勇気を持った誰かと、
言えずにいる自分。

比較なんてしたくないのに、
勝手に、比べてしまっていた。

夜が更けるころ、
ようやくスマホを開いて、たった一言だけ打った。

ごめんね。
また、ちゃんと話す

送信ボタンを押したあと、画面の中の既読マークが怖くて、
すぐにスマホを伏せた。

“ちゃんと話す”。

そのときはもう、
“ちゃんと伝えなきゃいけない”って、自分でも分かっていた。