「小野って、最近……桐ヶ谷と仲良いよね」

教室の隅。昼休み。
隣の席の子が、ふいに言った。

悪意のある言い方ではなかった。
でも、“他人に見られている”という事実は、
それだけで僕の呼吸を浅くさせた。

「……うん。まあ、そうかも」

マスクの奥で、唇が乾く。

視線の中にある“詮索”と“好奇心”。
そのどちらも、僕にはまだ重すぎた。

放課後、晴くんと待ち合わせたコンビニの前。

少しだけ遅れて現れた僕の表情を見て、
彼はすぐに察したようだった。

「……なにかあった?」

「……ううん。ちょっと、教室で、名前出されただけ」

「俺の?」

「うん。『仲いいよね』って。……ただ、それだけなのに、心がざわついた」

「うん」

彼はうなずいたあと、小さく息を吐いた。

「紬。俺、ひとつだけ言ってもいい?」

「……なに?」

「気持ちって、伝えなきゃ、ぜんぶ“噂の中身”にされるんだ」

その言葉は、静かだったけれど、
芯があった。

「俺たちの関係が、誰かの言葉に勝手に変えられるのが嫌なら、
 俺たちが、ちゃんと“伝える”必要がある」

「……でも、まだ、怖いよ」

「怖いままでいいよ。俺が言ってやる。
 “俺は小野紬が好きだ”って。何度でも言う。
 だから――お前は、“受け止めてる”って顔してくれればいい」

それは、紬(僕)を“守る”ための晴の言葉だった。

その言葉に、泣きたくなるほど救われた。

「じゃあさ」

帰り道、沈黙のなかでふいに僕が言った。

「もし、僕が“言いたくなった”ら、そのときも待ってくれる?」

「当たり前だろ」

彼は笑った。

「紬から“好き”って聞ける日、俺はたぶん一生忘れない」

「……その日、来るのかな」

「来るよ。だって今――
 お前、俺の手、離してないもん」

言われて気づいた。

さっきからずっと、手をつないだままだった。

言葉じゃない。
でも、確かに“気持ち”は伝わっている。

そして、
伝えたくなる日が、きっと、遠くないことも。

帰宅後。
机にノートを広げたけど、まったく集中できなかった。

代わりに、スマホのメモアプリを開いて、
ことばを探した。

《好き、って言葉の代わりになる言葉って、なんだろう》

何度も打ち直して、消して、また書いて。

でも結局、浮かんできたのは、
とてもシンプルなひとことだけだった。

《晴くんじゃなきゃ、だめなんだ》

それが、僕の気持ちだった。