電車に揺られながら、裕基はスマホを取り出し、ひとみとのやり取りをもう一度見返していた。面接が無事に終わった安堵感と、ひとみとの軽口が交わせたことへの少しの高揚感が混ざり合い、胸が温かくなる。
 「ほんと、三木さんがいてくれてよかったな…」
 そう呟きながら、ふとSNSを開く。面接を終えた達成感を誰かに共有したくなり、簡単な報告を投稿しようと思いついた。
 「今日の面接、なんとか乗り切った!緊張したけど、少し自信ついたかも。応援してくれた皆、ありがとう!」
 慎重に文章を打ち込み、送信ボタンを押す。するとすぐに「いいね」がつき、コメントも届き始めた。友人たちから「お疲れ!」や「頑張ったね!」といったメッセージが並び、少しだけ誇らしい気持ちになる。
 「よし、これで少し元気出た…」
 その瞬間、一つのコメントが目に入った。
 「裕基、"自信ついた"じゃなくて"自信つけた"じゃない?笑」
 「え?」
 慌てて自分の投稿を確認すると、「自信ついた」と書いたつもりが「自信ついたかも」と妙な表現になっていることに気づいた。冷や汗が流れ、恥ずかしさで顔が熱くなる。
 「マジかよ…」
 すぐに修正しようとするが、すでに何人かが「いいね」を押しているため、投稿を削除するのも気が引ける。さらに別の友人からも「まあまあ、気にするなって!」とコメントが来て、余計に恥ずかしさが募った。
 「なんでこんな簡単なミスを…」
 冷静になればすぐに気づけたはずの誤字。それを堂々と投稿してしまった自分が情けなく、しばらくスマホを手に持ったまま固まっていた。電車が揺れ、隣に立っている人が少しぶつかってきたが、それすら気にならないくらい、自分の失態に打ちひしがれている。
 その時、またスマホが震えた。ひとみからのメッセージだ。
 「SNS見たよ。面接お疲れ様!誤字も含めて石川君らしいね(笑)でも、ちゃんと頑張ったのが伝わってきたよ!」
 その言葉に、思わず顔が赤くなる。彼女にまで見られていたのかと、さらに恥ずかしさが増すが、どこか救われたような気もする。裕基は少し照れながら返信した。
 「見られちゃったか…恥ずかしいな。でも、面接はなんとか乗り切ったよ。三木さんもお疲れ!」
 ひとみからすぐに返信が届いた。
 「大丈夫だよ。私も昨日、友達に送ったメッセージで"就職活動"を"就職活動"って書いちゃって、笑われたし。お互い、ミスするくらい頑張ってるってことだよね!」
 その明るい言葉に、裕基は肩の力が抜け、自然と笑顔が浮かんだ。ミスを笑い飛ばせる心の余裕が、ひとみの魅力なのかもしれない。裕基はそのことに気づき、少し自分も前向きになれる気がした。
 電車が次の駅に到着し、ドアが開く。少し冷たい風が流れ込み、裕基の熱くなった頬を冷ましてくれる。乗り込んできた乗客が増え、さらに窮屈な空間になるが、今の自分にはその雑踏も心地よく感じる。
 「誤字くらいでくよくよしても仕方ないか…」
 裕基はそう自分に言い聞かせ、スマホをしまった。次の面接の準備をしなければならない。こうして少しずつ、自分の中で「完璧じゃなくてもいい」と思えるようになってきたのは、ひとみのおかげだろう。
 ふと、電車の窓ガラスに映る自分の顔を見て、思わず苦笑する。大人になったつもりでも、まだまだ失敗ばかり。けれど、その失敗を笑ってくれる人がいるのなら、少しずつでも前に進める気がする。
 次の駅で降りる準備をしながら、裕基はもう一度深呼吸した。外の景色は明るく、少しだけ風が和らいできた。裕基の心も、少しずつ春の日差しのように柔らかくなっている。失敗も、こうして誰かと共有できれば、思ったほど大きな問題じゃないのかもしれない。
 電車が止まり、改札へと向かう足取りは、昨日よりも軽やかだった。裕基はスマホを再び取り出し、もう一度SNSの投稿を見返して微笑む。
 「まあ、こういうのも俺らしいか」
 周りを歩く人々の喧騒の中で、裕基は小さな笑いを浮かべながら、次の目的地へと歩き出した。失敗を恐れず、誰かに笑われても、その先に少しでも成長があれば、それでいい。そんな気持ちが、今日の裕基を支えていた。
 終