その日の夜、裕基はバイトから帰宅し、部屋の明かりをつけた。目の奥がじんわりと痛む。バイト中、パソコンを長時間使っていたせいで、目が乾燥しているようだ。
 「目がショボショボする…」
 鏡の前に立ち、パソコン用のブルーライトカットメガネを外すと、赤く充血した自分の目が映っていた。スマホの画面を見すぎたのも影響しているのかもしれない。
 「これじゃ目に悪いよな…」
 引き出しから愛用の目薬を取り出し、キャップを外して構える。しかし、目薬を差すのが苦手な裕基は、いざというときにまぶたがピクピクと反応してしまう。
 「よし、落ち着いて…」
 右手で目薬を持ち、左手で上まぶたを少し持ち上げる。鏡を見ながら慎重に目薬の先を近づけたが——
 「うっ!」
 無意識に目を閉じてしまい、液がまぶたの上を伝って頬を滑り落ちた。冷たい感触が肌に広がり、思わずため息が漏れる。
 「またかよ…」
 もう一度挑戦しようとするが、次も同じように失敗し、今度は頬だけでなく顎にまで液が垂れてきた。
 「くそっ、なんでこうもうまくいかないんだ…」
 一度に大量の目薬が出てしまい、無駄にした感が悔しさを増幅させる。ティッシュで顔を拭きながら、どうにか成功させようと気を取り直す。
 「次こそは…」
 三度目の正直と思い、慎重に目を見開き、息を止めて目薬を差す。しかし、今度もわずかなタイミングでまぶたが反射的に閉じ、目尻を伝って再び頬へと流れ落ちる。
 「もう、なんでだよ!」
 しばらく格闘しているうちに、顔中が目薬で濡れてしまった。スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
 「目薬差そうとしたら、全部顔にかかってビショビショになった…」
 すぐに返信が来た。
 「あるある!目薬って、うまく入らないときは本当に入らないよね。」
 「そうなんだよ。どうしても目が反射で閉じちゃうんだ。」
 「私も最初は全然できなくて、友達に教えてもらったよ。」
 「どうやって?コツとかあるのかな。」
 「目をちょっとだけ閉じた状態で、まつげの隙間から目薬を落とすと入りやすいんだって。」
 「そんな方法があるのか…確かに、完全に開けようとすると怖いんだよな。」
 「そうそう、完全に見開かなくても、ちょっとだけ開いていれば意外と入るよ!」
 「なるほど、試してみる。」
 アドバイスを信じ、鏡の前で再びチャレンジする。今度は少しだけ目を細め、まつげの間を狙って目薬を垂らすと、ぽたりと一滴がきれいに目に吸い込まれた。
 「やった…成功だ!」
 感動しながら、もう片方の目にも同じように試すと、そちらも無事に入った。少しひんやりした感触が目の奥まで届き、乾燥していた瞳が潤っていく。
 「これが正解だったのか…」
 ひとみにすぐ報告する。
 「教えてくれたやり方、うまくいったよ!ありがとう。」
 「良かった!石川君がうまくできたって聞けて私も嬉しい!」
 「三木さんのおかげで助かったよ。今まで無駄に顔を洗ってた気分だ。」
 「ふふ、それもいい経験だよね。次からはバッチリだね!」
 そのやり取りが自然と笑顔を引き出してくれる。ひとみのアドバイスがなければ、きっとまだ鏡の前で格闘していただろう。こうして誰かに助けてもらうことで、自分一人では解決できないことが解決できるのだ。
 「やっぱり、三木さんに話すと安心するな。」
 「そんな風に言ってもらえると嬉しい!私も石川君の頑張りを聞くと元気出るから。」
 その言葉が、じんわりと心に染みる。ひとみと共有する何気ないやり取りが、こうして日常のささやかな達成感に繋がるのが嬉しかった。
 「次からは失敗しないようにするよ。」
 「うん、きっと大丈夫だよ!私も最初は顔びしょびしょにしてたから、お揃いだね!」
 「そう考えると、失敗も悪くないかもな。」
 一人で悩むより、誰かと共有することで気持ちが楽になり、次に繋げることができる。そのことが、ひとみとのやり取りを通じて改めて感じられた。
 「今日はこれで良かったかもな…」
 目薬が効いて、視界がクリアになっていく。疲れ目が和らぎ、部屋の明かりが少し優しく見えた。思わぬ失敗も笑い話に変わり、ひとみとのやり取りがあったからこそ、気持ちが前向きになれた。
 「明日も頑張ろう。」
 少しだけ軽くなった心で、ソファに腰を下ろし、テレビをつけた。目が潤っているおかげで、画面がはっきりと見える。小さな成功をかみしめながら、今日の夜を静かに過ごしていく。終