その日の夕方、裕基は就活の面接を終え、少し気が抜けた様子でバス停に向かって歩いていた。雨が降り出しそうな曇り空の下、スーツ姿で歩く自分が少し滑稽に見える。面接の出来は悪くなかったが、緊張感が続いていたせいで、体がどっと疲れていた。
 「早く帰って、シャワー浴びたいな…」
 歩きながらスマホを取り出し、次のバスの時刻を確認すると、あと2分で来ると表示されている。自然と歩く速度が速くなり、少し小走りでバス停に向かった。
 「間に合うか…?」
 バス停が見えた瞬間、遠くからバスが近づいてくるのが見えた。まだ乗れると思い、さらに速度を上げるが、バスのドアが開き、数人の乗客が乗り込んだ後、すぐに閉まり始める。
 「待ってくれ…!」
 手を振りながら走り寄るが、バスはそのまま動き出してしまう。目の前で発車するバスを見送り、息を切らせながらバス停に到着した裕基は、がっくりと肩を落とした。
 「マジかよ…あとちょっとだったのに…」
 次のバスは20分後。重たい足取りでベンチに腰掛け、ため息をついた。冷たい風が吹き、汗ばんだ額が急に冷たくなる。
 「もう少し早く歩けばよかったな…」
 普段なら少しぐらい遅れても間に合うのに、今日はなぜかバスの発車が早かった気がする。スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
 「バスが目の前で行っちゃってさ、20分待ちになった…」
 すぐに返信が来た。
 「それ、めっちゃ悔しいやつじゃん!あとちょっとだったのにね。」
 「ほんとだよ。あと10秒早ければ乗れたのに。」
 「私もよくやるよ。目の前でバスが行くときって、本当にショックだよね。」
 「わかってくれる?その場で固まっちゃったよ。」
 「うん、なんか追いかけたくなるけど、絶対追いつかないしね。」
 「そうなんだよな。でも、次のバスまで20分って長すぎる…」
 「その時間、何か気分転換できないかな?好きな音楽でも聴くとか。」
 「確かに、待ってる間に気持ち切り替えた方がいいかも。」
 ひとみの言葉に少しだけ気持ちが和らぎ、イヤホンを取り出して、お気に入りの曲を再生した。軽快なリズムが耳に響き、さっきまでの苛立ちが少しずつ解けていく。
 「こういう時、三木さんがいると助かるな。」
 「そんなことないよ。私も石川君が頑張ってる話を聞くと、元気出るから。」
 「ありがとう、なんか救われた気がする。」
 ふと顔を上げると、曇り空の隙間から少しだけ青空が覗いていた。音楽と共に、少しずつ心のモヤモヤが消えていく。バスを逃したショックはまだ残っているが、それでも誰かに話せただけで、気持ちが軽くなった。
 「こういうのって、やっぱり一人だとしんどいよな…」
 次のバスが来るまでの時間を、有効活用しようと思い直し、就活ノートを取り出して見直す。今日の面接で話した内容を振り返り、改善点を書き留めていく。バスを逃したことは残念だが、その間に少しでも自分を成長させる時間にしようと思えたのは、ひとみのおかげだ。
 「今日はこれで良かったかもな…」
 やがて、バス停の先から次のバスがゆっくりと近づいてくる。心の準備を整え、スーツの裾を直して立ち上がる。バスが止まり、今度は確実に乗り込んだ。
 席に座り、スマホを手にひとみに再びメッセージを送る。
 「次のバス、無事に乗れたよ。」
 「良かった!お疲れさま。気をつけて帰ってね!」
 「ありがとう。今日は焦ったけど、ちょっと気をつけるようにするよ。」
 「石川君、ちゃんと切り替えられて偉いね。」
 「いや、三木さんに励まされたからさ。次からもっと余裕持って動こうと思う。」
 そのやり取りが心に染みて、自然と笑みがこぼれる。些細なミスも、こうやって話せば笑い話になるし、教訓にもなる。誰かがそばにいることで、日常の失敗も意味のあるものに変わるのだ。
 バスが揺れながら、静かに住宅街を進んでいく。窓の外には少しずつ夕日が差し込み、今日一日の疲れを和らげてくれる。ひとみの存在が、こうして日常を少し明るくしてくれるのがありがたかった。
 「これからも、少しずつ成長していこう。」
 そんな前向きな気持ちを胸に、バスに揺られながら帰路をたどった。今日の出来事が小さな教訓になり、次に活かせるようにと心に刻みながら、少しだけ居眠りしそうになりつつ、温かい揺れに身を委ねた。終