面接が始まるまでの待ち時間、裕基は受付横の長椅子に腰を下ろし、持参した企業パンフレットを眺めていた。会場の空気は張り詰めていて、周りには同じように緊張感を漂わせた学生たちが数名座っている。それぞれがスーツ姿で、スマホやノートを手にして自己PRの確認をしている。裕基もその一人だ。
「俺も、もう少し確認しとこう…」
バッグからメモ帳とボールペンを取り出し、ノートに面接で話す予定の内容を書き込もうとした。だが、ペン先を紙に押し付けても、まったくインクが出ない。
「…嘘だろ?」
何度かカチカチとノックしてみるが、インクは微動だにしない。慌ててペン先を凝視すると、インクがすっかりなくなっていることに気がついた。昨日まで使っていたのに、なぜこのタイミングで。
「勘弁してくれよ…」
小声で呟きながら、バッグの中を探って予備のボールペンを探すが、どうやら忘れてきたらしい。胸ポケットにも入っておらず、どうしようかと焦り始める。隣に座っている学生がチラリとこちらを見たが、すぐにまた自分のノートに集中し直した。
「面接前にこのトラブルかよ…」
ため息が漏れそうになるが、ここでパニックを起こすわけにはいかない。裕基はバッグからスマホを取り出し、メモアプリに面接の要点を書き込むことにした。紙に書く予定が、急遽デジタルに切り替わったが、背に腹は代えられない。
「せめて、確認だけでも…」
スマホの小さな画面に文字を打ち込みながら、さっきまでの焦りが徐々に落ち着いていく。キーボードを打つ音が妙に響き、周囲の学生たちが少しだけ不思議そうにこちらを見た。それでも、これが今できる最善策だ。
「まあ、これも経験ってことか…」
なんとか面接で話すべきポイントを整理し終え、深呼吸する。スマホをポケットにしまうと、少し肩の力が抜けた。そのとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「石川君?」
振り返ると、ひとみが立っていた。少し驚いた様子で、彼女も同じ企業の面接を受けに来ていたようだ。裕基は少しほっとして、笑みを浮かべた。
「三木さん、来てたんだね。偶然だな」
「うん…ちょっと緊張してたけど、石川君がいると少し安心するかも」
ひとみが隣に腰を下ろし、鞄からノートを取り出す。その時、ふとひとみのボールペンが目に入り、裕基は少し戸惑いながら尋ねた。
「えっと…三木さん、もしよかったらボールペン貸してもらえないかな?さっきインクが切れちゃって…」
「えっ、もちろん。はい、これ使って」
ひとみはすぐにペンを差し出した。受け取った瞬間、その重さと温かさが妙に心地よく感じた。
「ありがとう、助かるよ。やっぱり、備えって大事だな…」
裕基は少し照れながら、ひとみに感謝の意を込めて微笑む。ひとみも安堵の笑みを浮かべながら、緊張した様子で手元の資料を見直している。
「石川君、なんか今日は元気そうだね」
その言葉に、裕基は少し戸惑った。自分では特別意識していなかったが、昨日よりも気持ちが落ち着いているのかもしれない。ひとみがいるだけで、少し心が和む。普段ならこの待ち時間が苦痛に感じるはずなのに、今はむしろ少し嬉しい気持ちがある。
「まあ、なんとか気合入れようと思ってさ。三木さんも、今日は頑張ろうな」
「うん、一緒に頑張ろう」
その時、面接官が待合室に顔を出し、次の順番を呼び始めた。裕基の名前が呼ばれ、ひとみにペンを返そうとすると、彼女は優しく微笑んだ。
「そのまま使ってていいよ。面接、頑張ってね」
「ありがとう、心強いよ」
ひとみに励まされ、裕基は会議室へと向かった。緊張はまだ残っているが、ひとみがいることで少しだけ気が楽になった。面接室のドアを開ける瞬間、ふと彼女の笑顔を思い出し、自分を鼓舞するように胸を張った。
「よろしくお願いします!」
力強く挨拶をすると、面接官たちが少し驚いたように頷く。その反応を見て、裕基は小さくガッツポーズを心の中で取った。インクがなくなったボールペンという小さなトラブルも、今となっては笑い話のように思えてくる。誰かがそばにいることで、困難も少しだけ和らぐ。そんなことを実感しながら、裕基は面接に臨んだ。
終
「俺も、もう少し確認しとこう…」
バッグからメモ帳とボールペンを取り出し、ノートに面接で話す予定の内容を書き込もうとした。だが、ペン先を紙に押し付けても、まったくインクが出ない。
「…嘘だろ?」
何度かカチカチとノックしてみるが、インクは微動だにしない。慌ててペン先を凝視すると、インクがすっかりなくなっていることに気がついた。昨日まで使っていたのに、なぜこのタイミングで。
「勘弁してくれよ…」
小声で呟きながら、バッグの中を探って予備のボールペンを探すが、どうやら忘れてきたらしい。胸ポケットにも入っておらず、どうしようかと焦り始める。隣に座っている学生がチラリとこちらを見たが、すぐにまた自分のノートに集中し直した。
「面接前にこのトラブルかよ…」
ため息が漏れそうになるが、ここでパニックを起こすわけにはいかない。裕基はバッグからスマホを取り出し、メモアプリに面接の要点を書き込むことにした。紙に書く予定が、急遽デジタルに切り替わったが、背に腹は代えられない。
「せめて、確認だけでも…」
スマホの小さな画面に文字を打ち込みながら、さっきまでの焦りが徐々に落ち着いていく。キーボードを打つ音が妙に響き、周囲の学生たちが少しだけ不思議そうにこちらを見た。それでも、これが今できる最善策だ。
「まあ、これも経験ってことか…」
なんとか面接で話すべきポイントを整理し終え、深呼吸する。スマホをポケットにしまうと、少し肩の力が抜けた。そのとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「石川君?」
振り返ると、ひとみが立っていた。少し驚いた様子で、彼女も同じ企業の面接を受けに来ていたようだ。裕基は少しほっとして、笑みを浮かべた。
「三木さん、来てたんだね。偶然だな」
「うん…ちょっと緊張してたけど、石川君がいると少し安心するかも」
ひとみが隣に腰を下ろし、鞄からノートを取り出す。その時、ふとひとみのボールペンが目に入り、裕基は少し戸惑いながら尋ねた。
「えっと…三木さん、もしよかったらボールペン貸してもらえないかな?さっきインクが切れちゃって…」
「えっ、もちろん。はい、これ使って」
ひとみはすぐにペンを差し出した。受け取った瞬間、その重さと温かさが妙に心地よく感じた。
「ありがとう、助かるよ。やっぱり、備えって大事だな…」
裕基は少し照れながら、ひとみに感謝の意を込めて微笑む。ひとみも安堵の笑みを浮かべながら、緊張した様子で手元の資料を見直している。
「石川君、なんか今日は元気そうだね」
その言葉に、裕基は少し戸惑った。自分では特別意識していなかったが、昨日よりも気持ちが落ち着いているのかもしれない。ひとみがいるだけで、少し心が和む。普段ならこの待ち時間が苦痛に感じるはずなのに、今はむしろ少し嬉しい気持ちがある。
「まあ、なんとか気合入れようと思ってさ。三木さんも、今日は頑張ろうな」
「うん、一緒に頑張ろう」
その時、面接官が待合室に顔を出し、次の順番を呼び始めた。裕基の名前が呼ばれ、ひとみにペンを返そうとすると、彼女は優しく微笑んだ。
「そのまま使ってていいよ。面接、頑張ってね」
「ありがとう、心強いよ」
ひとみに励まされ、裕基は会議室へと向かった。緊張はまだ残っているが、ひとみがいることで少しだけ気が楽になった。面接室のドアを開ける瞬間、ふと彼女の笑顔を思い出し、自分を鼓舞するように胸を張った。
「よろしくお願いします!」
力強く挨拶をすると、面接官たちが少し驚いたように頷く。その反応を見て、裕基は小さくガッツポーズを心の中で取った。インクがなくなったボールペンという小さなトラブルも、今となっては笑い話のように思えてくる。誰かがそばにいることで、困難も少しだけ和らぐ。そんなことを実感しながら、裕基は面接に臨んだ。
終



