ちょっと不幸な彼の就活

 その日の朝、裕基は布団の中でまどろんでいた。昨夜はバイトが遅くなり、疲れが溜まっているせいか、なかなか起き上がれない。枕元にはスマホがあり、アラームが鳴るのを待っていた。
 「今日は少しゆっくりできるから、もう少し寝ても大丈夫だよな…」
 そんな甘い考えを抱きつつ、まどろみが深くなりかけたその時——
 「ジリリリリリ!」
 目覚ましアラームが容赦なく鳴り響いた。反射的にスマホを手に取り、画面をスワイプして止める。やっと静かになり、再び布団に潜り込む。
 「よし…これであと10分くらい…」
 しかし、ようやく眠りに落ちかけたその瞬間——
 「ジリリリリリ!」
 同じアラーム音が再び鳴り響いた。驚いてスマホを手に取り、画面を確認すると、スヌーズ機能が発動していることに気づいた。
 「くっ…スヌーズか…」
 寝ぼけながらもう一度アラームを止め、今度こそ完全に解除したつもりで画面を閉じた。しかし、布団に戻って数分も経たないうちに——
 「ジリリリリリ!」
 またもやアラーム音が響き渡る。
 「うそだろ…」
 完全に寝ぼけているせいで、どこを操作すればスヌーズを無効にできるのかわからない。画面をよく見ると、「停止」と「スヌーズ」のボタンが並んでいるが、さっきは間違えて「スヌーズ」を押していたらしい。
 「何やってんだ、俺…」
 ようやく「停止」ボタンを押して、アラームが止まったのを確認する。心の中で「今度こそ大丈夫だ」と安堵し、布団に顔をうずめた。
 「やっと、静かになった…」
 しばらくして、再び睡魔が襲ってきたが、そのまま布団をかぶって横になると、再び——
 「ジリリリリリ!」
 またもや同じアラーム音が響き渡った。
 「もう、なんなんだよ!」
 スマホを手に取り、設定画面を確認すると、アラームが3回セットされていることに気づいた。どうやら昨夜、念のためにと3つのアラームを重ねてセットしていたらしい。
 「俺、どんだけ慎重なんだよ…」
 結局、すべてのアラームを解除し、スマホを机の上に放り投げた。さすがに完全に目が覚めてしまい、布団を蹴飛ばしながら起き上がる。
 「無駄に疲れた…」
 すぐにスマホを手に取り、ひとみにメッセージを送る。
 「アラームがスヌーズで何回も鳴ってさ、完全に起きちゃった。」
 すぐに返信が来た。
 「あるある!スヌーズって、寝ぼけてるとどれが停止かわからなくなるよね。」
 「本当にそれ。気づいたら3回くらい鳴ってて、もう起きるしかなかった。」
 「私も朝が苦手で、結局5分間隔で鳴らしてるから、最終的に5回くらい起きてるよ。」
 「それ、逆にもう二度寝できないやつじゃん。」
 「うん、でも起きないよりマシかなって。」
 「確かに。今日はゆっくりできるはずだったのに、もうすっかり目が覚めた。」
 「それなら朝活してみたら?意外と気分転換になるよ!」
 「朝活か…考えたことなかったけど、せっかく早起きしたしな。」
 ひとみの提案に少し心が動かされた。普段は寝坊気味で、バタバタと朝を迎えることが多いが、今日は思わぬ形で早起きができたのだから、有効活用してみるのも悪くない。
 「じゃあ、軽く散歩でもしてみるよ。」
 「いいね!朝の空気って気持ちいいから、リフレッシュになるよ。」
 「ありがとう、三木さんが言ってくれたからやってみる。」
 「頑張って!私も今日はちょっと早起きしたから、朝活しようかな。」
 その言葉が嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。朝からトラブルがあったけど、こうして笑い話にできるのは、ひとみのおかげだ。ベランダに出ると、冷たい空気が心地よく、少しだけ背筋が伸びる。
 「朝活か…意外と悪くないかも。」
 外に出てみると、近所の公園にはジョギングをしている人がちらほら見える。いつもなら眠っている時間に、こんなに活動的な人たちがいることに驚いた。
 「みんな、朝早くから頑張ってるんだな…」
 軽くストレッチをして、ゆっくり歩き始めると、頭が冴えてきた。普段の自分なら二度寝していたはずだが、今日はちょっと特別な気分だ。
 「たまには、こんな朝もいいかもしれない。」
 スマホを取り出し、朝日の写真を撮って、ひとみに送る。
 「朝活始めてみたよ。思ったより気持ちいいかも。」
 「わあ、朝日が綺麗!石川君、すごいじゃん!」
 「まあ、たまたま早起きしただけだけどな。」
 「でも、そのたまたまを楽しめるのが石川君の良いところだよ!」
 その言葉に少し照れながら、続けて歩き出す。朝の空気が心地よく、少しずつ気持ちが晴れていくのを感じた。
 「今日はこれで良かったかもな…」
 予定外の早起きだったけれど、それをポジティブに変えていける自分を、少しだけ誇らしく感じた。いつもなら面倒に感じる朝も、こうやって新しい発見があるのだと知り、少しだけ気分が軽くなった。
 「これからも、こうやって気持ちを切り替えられたらいいな。」
 そんなことを思いながら、裕基は少しずつ歩幅を広げ、心地よい朝を噛みしめた。