その日の朝、裕基は久しぶりに早起きし、余裕を持って家を出た。今日は大事な面接があり、絶対に遅刻できない。スーツを整え、鏡でネクタイを確認し、気合を入れて駅へ向かった。
 「よし、今日は余裕を持って行けそうだ。」
 秋の朝の冷たい空気が頬を撫で、少しだけ背筋が伸びる。通勤ラッシュが始まる前の静かなホームに立ち、電車を待ちながらスマホでニュースを眺めた。電車が滑り込んできて、混雑する前に席を確保することができた。
 「今日はいい感じだな…」
 車内で面接対策ノートを再確認し、質問の答えを頭の中でシミュレーションしていく。順調に電車が進み、目的の駅に到着すると、軽やかな足取りで自動改札に向かった。
 「さあ、行こう…」
 右手に持った交通系ICカードを改札機にタッチする。しかし——
 「ピッ!ピピッ!」
 赤いランプが点滅し、通行を拒まれる音が響いた。急に後ろの人にぶつかりそうになり、思わず一歩引き下がる。
 「えっ?何で?」
 もう一度ICカードをタッチしてみるが、またもや「ピッ!ピピッ!」と警告音が鳴る。後ろの人たちが少しずつ苛立った表情を見せ始め、プレッシャーが一気に押し寄せてきた。
 「す、すみません…」
 焦りで手が震え、もう一度カードをかざすが、反応しない。係員が近づいてきて、丁寧に声をかけた。
 「どうされましたか?」
 「すみません、タッチしても反応しなくて…」
 係員がICカードを確認し、機械で残高をチェックしてくれる。すると、係員が少し苦笑いしながら答えた。
 「残高不足ですね。チャージが必要です。」
 「あ、そうか…昨日チャージしようと思って忘れてた…」
 赤面しながら財布を取り出し、近くの券売機で急いでチャージを済ませる。再び改札に向かい、今度こそ無事に通過できた。
 「やっと通れた…」
 ほっとしたものの、周囲の視線が気になり、少し恥ずかしくなった。スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
 「改札で残高不足で引っかかってさ、焦った…」
 すぐに返信が来た。
 「わかる!私も前に改札で止められて、後ろの人にぶつかりそうになったことあるよ。」
 「ほんとそれ。後ろからプレッシャー感じると余計焦るんだよな。」
 「わかるわかる!しかも、あの警告音って無駄に大きくて恥ずかしいよね。」
 「そうなんだよ…しかも朝だから人も多くて。」
 「でも無事に通れて良かった!面接前に大きなトラブルじゃなくて何よりだよ。」
 「確かに。面接に遅刻する方が最悪だから、まだマシか。」
 「そうだよ!これで落ち着いて面接に向かえるね。」
 その言葉に少し気持ちが軽くなった。焦ってしまうと周りのことばかり気にしてしまうが、冷静に対処できた自分を褒めてもいいかもしれない。ひとみに背中を押されるような気持ちで、駅の階段を上がっていく。
 「やっぱり、誰かに話せるだけで気が楽になるな…」
 会場近くのカフェに入り、少し早めに待機することにした。まだ面接までには余裕がある。ホットコーヒーを注文し、座席に腰を落ち着けると、ようやく気持ちが整ってきた。
 「改札であれだけ焦ってたのに、もう落ち着いてるなんて、我ながら驚きだ。」
 スマホを手に取り、ひとみに報告する。
 「カフェに着いたよ。もう落ち着いた。」
 「良かった!やっぱり石川君は行動が早いね。焦ってもすぐに冷静になれるの、すごいと思う!」
 「いや、三木さんに話したおかげで冷静になれたんだよ。」
 「ふふ、私も石川君が無事に着けて安心した!」
 その優しさが胸に染みて、自然と微笑んでしまう。些細なトラブルでも、こうして共有できるだけで、心の重荷がスッと軽くなる。ひとみがいてくれることで、自分が強くなれていることを実感した。
 「今日はこれで良かったかもな…」
 面接前に、こうして気持ちをリセットできたことがありがたかった。余裕を持って出発したおかげで、大きな問題にならなかったことにも感謝する。次からは、前日に必ずチャージを確認しようと心に決めた。
 「少しずつでも、成長できればいい。」
 コーヒーの湯気を見つめながら、面接で話す内容をもう一度頭の中で整理する。気持ちが前向きになり、今日も一歩前に進めそうな気がした。ひとみの存在が、今日もまた心の支えになっていることを実感しながら、コーヒーを一口飲んだ。
 「今日はきっと、うまくいく。」
 そう自分に言い聞かせながら、面接会場に向かう準備を整えた。
 終