その日の夜、裕基は久しぶりに自炊をしようと決意していた。面接やバイトで忙しい日が続き、コンビニ弁当やカップ麺ばかりの生活に少し嫌気がさしていたからだ。疲れた体を引きずりながらスーパーで買ってきた食材を並べ、今日は簡単な野菜炒めを作ることにした。
 「冷蔵庫に残っている野菜も使わないとな…」
 キッチンに立ち、野菜を刻み始める。キャベツ、ピーマン、人参を手際よく切り分け、フライパンに油を引く。野菜がしんなりしてきたところで、味の決め手となる中華スープの素を取り出した。
 「これをサッと入れて味付けすれば完璧だ。」
 袋入りの粉末調味料を手に取り、ハサミで角を切り取ろうとしたが、少し力を入れすぎたのか、ビリッと大きく裂けてしまった。
 「えっ、やばっ…」
 一瞬の油断が仇となり、袋の中身が一気に飛び出し、調理台とフライパンにまき散らされた。粉末が空中を舞い、鼻をくすぐる独特の香りが部屋中に広がる。
 「うわっ、最悪…」
 焦って粉末を手でかき集めるが、油が染み込んだ粉はべたつき、簡単には取れない。フライパンの中の野菜にも粉が不均一にかかってしまい、味が偏ってしまいそうだ。
 「これ、どうしたらいいんだよ…」
 溜息をつきながら、なんとか散らばった粉をペーパータオルで拭き取り、フライパンの中もできるだけ均一になるようにかき混ぜた。しかし、どうしても粉の塊がところどころに残っている。
 「もう一回やり直すべきか…」
 だが、せっかくここまで準備したのに、やり直す気力が湧かない。とりあえずそのまま炒め続けることにしたが、心の中ではモヤモヤが消えない。
 スマホを取り出して、ひとみにメッセージを送る。
 「袋の端を切ったら、予想以上に開きすぎて、中華スープの素が全部ぶちまけられた…」
 すぐに返信が来た。
 「それ、やっちゃったね…袋物って力加減が難しいんだよね。」
 「そうなんだよ。中身が舞って、部屋中スープの匂いになった。」
 「私も似たようなことあって、ドレッシングの袋がビリッて破けて、テーブルがベタベタになったことある。」
 「それも辛いな…。やっぱり、力加減が大事か。」
 「うん、袋物って意外と脆いから、切り口のギリギリを狙いすぎると危ないよね。」
 「確かに。もう少し丁寧にやるべきだった…」
 「でも、せっかく料理する気になったんだし、失敗しても楽しもう!」
 「そうだよな。こういう失敗も笑い話にできればいいか。」
 その言葉に少し心が軽くなった。自炊に慣れていないからこそ、こういった失敗は避けられないのかもしれない。ひとみの励ましで気を取り直し、炒めた野菜を皿に盛り付けた。
 「見た目は悪くないけど、味がどうだろう…」
 一口食べてみると、ところどころ味が濃すぎる部分と薄い部分が混在している。しかし、全体としては悪くない。中華スープの旨味がしっかり効いていて、ご飯が進む味だ。
 「なんとか、食べられるレベルか。」
 スマホを手に取り、ひとみに報告する。
 「見た目はともかく、味はなんとかいけたよ。」
 「良かった!やっぱり手作りってだけで、ちょっと嬉しいよね。」
 「そうだな。失敗も含めて自分らしいって感じがする。」
 「次はきっともっと上手くできるよ。石川君なら、きっと上達していくよ!」
 「ありがとう、三木さんが言ってくれると、自信が出るよ。」
 その言葉に、少しだけ胸を張る気持ちが湧いてきた。自炊が完璧でなくても、こうして誰かに話すことで、失敗も前向きに受け止められる。ひとみがそばにいるだけで、心が強くなれる気がした。
 「やっぱり、失敗を恐れちゃダメだな。」
 冷めないうちに残りの野菜炒めを平らげ、キッチンを片付けながら、次はもう少し慎重に作ろうと心に決めた。少しずつでもいいから、成長していければそれでいい。完璧じゃなくても、自分らしい料理を作れるようになりたい。
 「今日はこれで良かったかもな。」
 キッチンから漂う中華スープの香りを嗅ぎながら、少しだけ笑みがこぼれた。失敗しても、次に繋げられれば、それで十分だ。誰かに支えられながら、少しずつ自分を高めていく。そんな日常が、これからも続くようにと願いながら、今日の出来事を心に刻んだ。
 終