その日の夜、裕基は疲れ切った体を引きずりながら帰宅した。就活の面接を三連続でこなしたため、心身共にクタクタだ。玄関に入ると、スーツを脱ぎ捨て、そのまま床にへたり込んでしまう。
 「もう動けない…」
 目を閉じてしばらく天井を見上げていたが、喉の渇きがじわじわと襲ってきた。頭がぼんやりしているが、何か冷たいものを飲んで気分を切り替えたかった。ようやく腰を上げ、キッチンに向かう。
 「確か、昨日買ったスポーツドリンクが冷蔵庫にあったはず…」
 冷蔵庫を開け、扉ポケットに入っているペットボトルを取り出す。表面に水滴がついていて、一見冷たそうに見える。キャップをひねり、口元に運んで一口飲んだ。
 「…ぬるっ?」
 予想外の温度に思わず顔をしかめる。冷たさを期待していたのに、微妙にぬるくて、爽快感がまったくない。
 「なんでだ…昨日入れたのに、全然冷えてないじゃん…」
 もう一度冷蔵庫の中を確認すると、他の飲み物も似たような状態になっている。庫内の温度をチェックすると、どうやら設定が「弱」になっていたことに気づいた。
 「まさか…これが原因か。」
 冷蔵庫を開けっ放しにしていたせいかもしれないが、せっかく冷やしていた飲み物がぬるくなってしまっている現実に、がっかりした気持ちがこみ上げてきた。
 「今日の疲れを癒すはずが、これじゃ逆効果だよ…」
 がっくりと肩を落としながら、スマホを取り出して、ひとみにメッセージを送る。
 「冷蔵庫に入れてたスポーツドリンクがぬるくてさ…冷えてると思って飲んだら裏切られた気分。」
 すぐに返信が来た。
 「それ、めっちゃ分かる!期待してた分、余計にガッカリするよね。」
 「そうなんだよ。喉がカラカラで、冷たいのを求めてたのにさ。」
 「冷蔵庫の温度、ちゃんと設定してた?私も前に同じことあって、実家の冷蔵庫が弱冷になっててぬるかった。」
 「あ、そうかも…設定が「弱」になってた。」
 「それだね!でも、冷えるまで時間かかるから、今日は氷を使った方がいいかも。」
 「なるほど。それなら冷たく飲めそうだ。」
 そのアドバイスを受け、急いで冷凍庫から氷を取り出し、コップに注いだスポーツドリンクに入れる。氷が溶け出し、ようやくひんやりとした飲み物が完成した。
 「これなら、いける…」
 一口飲むと、冷たさが喉を駆け抜け、疲れが少し和らぐのを感じた。やっと落ち着いた気持ちで、スマホを手に取り、ひとみに報告する。
 「氷入れたら冷たくなった!やっと飲める。」
 「良かった!冷たさって大事だよね。期待してた時ほど、温かったらショック大きいもん。」
 「ほんとだよ。今日の面接が全部終わって、やっとリラックスできると思ったのにさ。」
 「お疲れ様!三つも面接こなしたんだから、今日はゆっくり休んでね。」
 「ありがとう。三木さんに話して、ちょっとスッキリした。」
 「それなら良かった!頑張った分、しっかり自分を労わってね。」
 その優しさに、自然と心がほぐれていくのを感じた。どんなに疲れていても、ひとみの言葉を聞くだけで、心が軽くなる。自分一人で抱え込んでいたら、きっとイライラが募っていたに違いない。
 「次からは、ちゃんと冷蔵庫の設定確認しよう…」
 一人暮らしが長くなってきて、細かいところが疎かになっている自分を少し反省しながら、スポーツドリンクをちびちびと飲んだ。キンキンに冷えた飲み物が、疲れた体をじわじわと癒してくれる。
 「これでやっと落ち着けるな…」
 そのままソファに座り込み、今日の面接を振り返る。うまく答えられた質問もあれば、少し戸惑ってしまった場面もあった。しかし、三つの面接をやり遂げたこと自体が自信につながっていると感じた。
 「少しずつでも成長してるのかな…」
 ひとみに報告する。
 「今日はなんとか三つとも乗り切れたよ。少し失敗もあったけど。」
 「すごいよ!三つもやり切ったんだから、自分を褒めてあげてね。」
 「ありがとう。三木さんが応援してくれるから、やれたよ。」
 「うん、私も石川君が頑張ってるって思うと、元気もらえるから!」
 その言葉が、じんわりと心に染みた。誰かが見守ってくれているという安心感が、どんなに救いになっているか改めて感じる。
 「今日はこれで良かったかもな。」
 自然と微笑みながら、冷たいスポーツドリンクを最後まで飲み干す。ささやかな出来事も、共有できる人がいるだけで、こんなにも意味が変わってくる。そんな温かさを胸に、裕基はそっと目を閉じた。
 「明日も頑張ろう。」
 ひとみの応援を胸に刻みながら、穏やかな夜を過ごしていく。
 終