ちょっと不幸な彼の就活

 その日の午後、裕基は大学のキャリアセンターに足を運んでいた。次の面接のために履歴書を確認してもらおうと、事前予約をしていたのだ。部屋に入ると、担当の職員が笑顔で迎えてくれた。
 「こんにちは。今日は履歴書のチェックですね。」
 「はい、次の面接で使うので、確認お願いします。」
 キャリアセンターの部屋は落ち着いた雰囲気で、木目調のデスクが並んでいる。窓から差し込む日差しが柔らかく、気持ちが少し和らいだ。裕基はカバンから履歴書を取り出し、職員に渡す。
 「では、確認しますね。」
 職員が履歴書を見ながら、時折うなずいたり、少し考え込んだりしている。緊張感が高まる中、ふと職員が口を開いた。
 「ここにサインが必要ですね。忘れている方が多いので、今書いておきましょうか。」
 「あ、そうですね。すみません、失念してました。」
 裕基はすぐにカバンからボールペンを取り出し、履歴書に手を伸ばす。しかし、ペン先を紙に押し付けても、インクが全く出ない。
 「ん?出ないな…」
 ペンを振ってみたり、キャップを外して確認してみるが、インクが詰まっている様子もない。もう一度強めに書こうとするが、かすかに薄い線が出るだけで、文字として認識できない。
 「どうしよう…」
 職員も困った顔をしながら、予備のペンを貸してくれた。
 「よければ、こちらを使ってください。」
 「すみません、ありがとうございます。」
 新しいペンを受け取り、再び履歴書にサインを書こうとする。しかし、緊張が手元に伝わり、字が少し震えている。
 「落ち着け、自分…」
 なんとかサインを書き終え、職員に渡すと、少し微笑んでくれた。
 「大丈夫です。サインもきちんと書けてますね。」
 「ありがとうございます。焦ってしまって…」
 「こういう小さなトラブル、面接当日にも起こり得ますから、気をつけてくださいね。」
 「はい、気をつけます。」
 部屋を出た後、ため息が自然と漏れた。やっとのことでサインを書けたが、ペンが出なかった時の焦りが未だに残っている。スマホを取り出して、ひとみにメッセージを送る。
 「キャリアセンターで履歴書にサインしようとしたら、ペンが出なくて焦った。」
 すぐに返信が来た。
 「それ、めっちゃ焦るやつだね!私も試験の時にペンが出なくなってパニックになったことある。」
 「そうなんだよ。普段はちゃんと書けてたのに、なぜか今日に限って出なくてさ。」
 「多分、緊張して力が入りすぎたのかもね。インクが固まってたとか?」
 「そうかもしれない。でも、職員さんが貸してくれたからなんとかなったよ。」
 「良かった!やっぱり、予備のペンは持っておいた方がいいかもね。」
 「うん、次からはちゃんと複数本持っていくことにする。」
 ひとみの言葉に少し安堵し、次の対策が自然と浮かんできた。焦りがちな自分を理解してくれる人がいるだけで、心が軽くなる。
 「やっぱり、三木さんがいると安心できるよ。」
 「私も、石川君が無事に終わって良かった!面接当日は、ちゃんとインクが出るか確認してね。」
 「了解。ありがとう。」
 大学の廊下を歩きながら、少しずつ心が落ち着いてきた。ペン一つでここまで焦るとは思ってもみなかったが、それだけ面接に対するプレッシャーが強いのだろう。自分が完璧を求めすぎているのかもしれないと、少し反省する。
 「もう少し、肩の力を抜いてもいいのかな…」
 帰り道、文具店に立ち寄り、新しいボールペンをいくつか購入した。ペンケースに入れておけば、次は同じ失敗をしないだろう。店を出た瞬間、スマホにひとみからのメッセージが届いた。
 「予備のペン、ちゃんと買った?」
 「うん、さっき文具店で買ったよ。今度からは大丈夫そう。」
 「さすが石川君、対策バッチリだね!」
 「いや、失敗してから気づくのが遅いんだけどな…」
 「それでも、すぐに動けるのが石川君らしいと思うよ。」
 その優しい言葉が胸に響き、自然と笑みがこぼれた。失敗しても、次に活かすことで前向きになれる。ひとみの言葉が、自分にとってどれだけ励みになっているか、改めて感じた。
 「やっぱり、前向きに考えないとな。」
 電車に揺られながら、もう一度カバンの中のペンケースを確認する。新しいペンがきちんと揃っているのを見て、自然と安心感が湧いてきた。
 「次は、もっと冷静に対処しよう。」
 次の面接に向けて、少しずつ準備を整えながら、心の余裕を取り戻していく。誰かがそばで応援してくれるだけで、こうして小さな失敗も前向きに受け止められる。それが、自分にとってどれだけ大切かを噛みしめながら、今日もまた一歩前に進んでいく。
 終