その日の朝、裕基はいつもより少し早起きして、ニュースアプリで天気予報を確認した。今日は午後から雨が降るとのことで、特に強めの雨になる可能性があると警戒を呼びかけていた。
 「面接もあるし、濡れるのは勘弁だな…」
 久しぶりにお気に入りの長傘を持って出かけることにした。昨日、カフェに忘れて焦ったばかりなので、今日はしっかり手に握って駅へ向かう。天気はまだ曇り空で、湿度が高く少し蒸し暑い。
 「これなら本当に降りそうだな…」
 駅に着くと、同じように傘を持った通勤客がちらほら見える。朝の通勤ラッシュに巻き込まれながら電車に乗り、目的地に向かう。曇り空を眺めながら、どのタイミングで降るのかを気にしつつ、心の準備をしていた。
 面接会場に着くと、周りの就活生たちもみんな傘を持っている。誰もが「降るだろう」と思っている様子で、少し安心した。面接は無事に終わり、ほっとした気持ちで外に出ると、思いがけない光景が目に入った。
 「え、晴れてる…?」
 見上げると、先ほどまでの曇り空が嘘のように晴れ渡り、日差しが強烈に降り注いでいる。まるで真夏のように暑く、傘を持っている自分がなんだか滑稽に思えてきた。
 「なんでこうなるんだよ…」
 スマホを取り出して、ひとみにメッセージを送る。
 「雨降るって言ってたのに、めっちゃ快晴なんだけど。傘が邪魔…」
 すぐに返信が来た。
 「あるある!私もこの前、雨予報を信じて傘持ってったのに、夕方には晴れてて無駄だった。」
 「ほんとそれ。しかも今日はお気に入りの長傘だから、余計に気を使うし。」
 「確かに…でも、降らなかったんだからラッキーだと思おうよ!」
 「まあ、濡れなかったのは良かったけどさ…肩が痛い。」
 「ふふ、それはお疲れ様。でも、準備万端だった証拠だよ!」
 その言葉に少し救われた気がした。普段から用心深く準備していることが、逆に裏目に出てしまうこともある。しかし、確かに雨に降られて困るよりは、晴れている方がずっと良い。
 「確かに、降らないだけマシだよな。」
 電車に乗り込み、傘を足元に立てかけると、揺れるたびに少し不安定になる。周りの乗客を見ると、ほとんどが手ぶらで、傘を持っている自分が浮いているように感じた。
 「やっぱり、荷物になるだけか…」
 家に着いたら、傘をもう一度確認してから保管しようと心に決める。せっかく見つけたお気に入りの傘を、またどこかに置き忘れてしまうのは避けたい。
 「こういうのって、本当に読めないよな。」
 スマホを取り出し、もう一度ひとみに報告する。
 「まあ、降らなかったし良かったかもね。傘は無事だし。」
 「そうだよ!ポジティブに考えよう。万が一降ってたら、大変だったもん。」
 「うん、三木さんにそう言われると、持ってきて良かった気がする。」
 「石川君は用心深いから、そういう準備も大事だよ。」
 「ありがとう。今日はもう、晴れたことに感謝するよ。」
 次の駅に着くと、急に強い日差しが窓から差し込み、車内が一気に暑く感じた。まさか、ここまで晴れるとは思っていなかったため、ジャケットの中が蒸れてきた。
 「天気予報も当てにならないな…」
 しかし、ひとみの言葉が胸に響き、無駄に感じていた傘の存在も少し肯定的に思えるようになった。慎重すぎる自分を笑いながら、でもそれが悪いことではないと少し前向きに考えることができた。
 「やっぱり、無駄な準備なんてないのかもしれない。」
 駅に着き、家に向かう途中、道端で咲いている花々が日差しを浴びて輝いている。朝の曇り空が嘘のようで、その変わりように驚きつつも、晴れやかな気持ちで歩を進めた。
 「これからは、少し余裕を持って天気予報を信じようかな。」
 家に帰り着き、長傘を玄関に丁寧に置き直す。今日は使わなかったが、もし降っていたら困っていただろう。そんなふうに思えるようになった自分が、少し大人になった気がした。
 「次は、もっと柔軟に対応できるようにしよう。」
 そんなささやかな決意を胸に、夜になっても空には星が輝いていた。天気が良かったおかげで、気分もどこか軽やかだった。準備をしすぎても悪いことはない。そう自分に言い聞かせながら、今日の出来事を振り返った。
 「今日はこれで良かったかもな。」
 ベッドに横になり、ひとみのメッセージを思い返す。どんな些細な出来事も、彼女に話せることで気持ちが軽くなる。そんな日常のやり取りが、何よりも自分を支えてくれているのだと実感した。
 「また明日も、こんなふうに笑えたらいいな。」
 心地よい眠気が訪れ、ゆっくりとまぶたが閉じていく。晴れた日には晴れたなりの幸せがある。それを噛みしめながら、裕基は静かな夜を迎えた。
 終