その日の朝、裕基は久しぶりの快晴に心を弾ませていた。最近は雨が続き、気持ちも沈みがちだったが、今日は雲一つない青空が広がっている。久しぶりの晴天に浮かれ、爽やかな気分で大学へ向かった。
 「今日は就活の予定もないし、少しゆっくりできるな。」
 カバンの中を確認し、普段使いの折りたたみ傘を取り出そうとすると、そこにないことに気づいた。代わりに玄関に置いてあったのは、以前お気に入りとして買った少し高めの長傘だ。シンプルな黒に細かなチェック模様が施されたデザインが気に入っており、特別な時にしか使わないようにしていた。
 「まあ、今日は雨降らないし、置きっぱなしでも問題ないか。」
 そう思い、長傘を持って家を出た。気分も上々で、道端に咲く小さな花に目をやりながら、心に余裕を持って駅に向かう。電車に乗り、大学までの道のりも、今日はなぜか疲れを感じなかった。
 講義が終わり、友人たちとカフェで軽くランチを楽しむことにした。カフェの入口で傘立てに長傘を入れ、席について注文を待つ。話題は就活や日々のストレスの話が中心で、自然と気持ちが軽くなっていく。
 「今日は天気がいいし、久しぶりに散歩でもしようかな。」
 友人たちと別れ、ふと空を見上げる。どこまでも澄んだ青空が広がっている。駅前の公園を歩きながら、いつもなら気づかないような季節の移ろいを感じる。
 「やっぱり、晴れの日はいいな。」
 しかし、電車に乗って帰る途中、急に気がかりなことが頭をよぎった。
 「あれ?傘…持ってたっけ?」
 一気に血の気が引き、記憶を辿る。確かカフェの入り口で長傘を傘立てに入れたはずだ。しかし、その後のことがどうしても思い出せない。
 「やばい、忘れてきたかもしれない…」
 電車の中で焦りがこみ上げ、スマホを取り出してひとみにメッセージを送る。
 「カフェに長傘忘れたかもしれない。お気に入りのやつなんだ…」
 すぐに返信が来た。
 「えっ、それはショックだね…今から戻れそう?」
 「ちょっと戻ってみる。まだあるといいけど…」
 「大丈夫!きっと誰も持っていかないよ。急いで確認してみて!」
 電車を降りて、再びカフェへ向かう。足早に歩きながら、もし無くなっていたらどうしようという不安が胸を締め付ける。高価ではないにせよ、特別な思い入れがある傘だからこそ、どうしても見つけたい。
 カフェに戻り、息を切らしながら店員に声をかける。
 「あの、すみません。さっきここに長傘を置き忘れたかもしれないんですが…」
 店員はにっこりと微笑んで、傘立てを指差した。
 「こちらでしょうか?お客様がお忘れになったようで、こちらで保管していました。」
 そこには、確かに自分の傘があった。ほっと胸をなでおろし、丁寧にお礼を言って店を出る。
 「良かった…まだあって。」
 再び駅へ向かいながら、スマホでひとみに報告する。
 「無事に見つかった!店員さんが保管してくれてた。」
 「良かったー!それ聞いて安心したよ。」
 「もう二度と忘れないように気をつけるよ。」
 「お気に入りだもんね。私もお気に入りの傘を失くしたとき、すごくショックだったから気持ちわかる。」
 「そうなんだよね。あの傘、なんか特別な感じがしてさ。」
 「大事なものほど忘れやすいってあるよね。でも無事で良かった!」
 その優しい言葉に自然と笑みがこぼれる。こうして誰かに共有できると、失くした時の焦りも、見つかった時の安堵も倍に感じられるのが不思議だ。
 「三木さんがいてくれると、本当に心強いよ。」
 「私も石川君が無事に見つけられて嬉しいよ!」
 電車が再び動き出し、窓の外には夕焼けが広がっている。今日は天気に恵まれたおかげで、傘の出番はなかったけれど、無事に戻ってきたことで心が穏やかになった。
 「やっぱり、大事なものは意識して持ってないとダメだな…」
 次からは、どんなに些細な物でも、ちゃんと持ち物確認をしようと反省した。日常の中で忘れがちなことも、こうして気づかされると、少しずつ成長している自分がいる。
 「次は絶対に忘れないようにしよう。」
 そんな小さな決意を胸に、電車の揺れに身を預けた。今日もまた、ひとみのおかげで冷静さを取り戻せたことが、何よりも心強く感じられた。
 「今日はこれで良かったんだ。」
 窓の外の景色が夕焼け色に染まる中、穏やかな気持ちで家路についた。
 終