説明会を無事に終えた裕基は、少しホッとした気持ちで会場を後にした。今日の説明会では、企業の担当者が丁寧に仕事内容を説明してくれて、参加者も多かったが和やかな雰囲気だった。昨日の説明会よりも話しやすい環境で、裕基も少し自信がついた。
 「今日はうまく話せたかもしれない…」
 そんなことを思いながら駅に向かう途中、コーヒースタンドが目に入った。ふと、疲れを癒やすために何か温かいものが欲しくなり、裕基は立ち寄ることにした。
 「ホットのカフェラテ、お願いします」
 店員に注文を告げると、紙カップに入ったカフェラテがカウンターに置かれる。しっかりと蓋が閉められていて、ほのかに漂うコーヒーの香りが心地よい。支払いを済ませ、店の外に出ると、まだ冷たい風が頬を撫でた。
 「よし、飲もう」
 一息つこうと、カップを持ち上げた瞬間だった。
 「あっつ!」
 思わず手を引っ込め、カップを少し落としそうになる。飲み口の部分が予想以上に熱く、指先が焼けるように痛む。慌ててカップを持ち直し、手袋で持つことにした。歩道のベンチに腰を下ろし、慎重にカップの側面を触る。どうやら、蓋が少しずれていたため、蒸気が集中して飲み口を加熱していたようだ。
 「なんだよこれ…」
 文句を言いながらも、カップの持ち方を工夫して、ようやく口元へ運ぶ。熱さに警戒しながらゆっくりと口をつけ、少しだけ啜る。
 「…うまい」
 カフェラテのまろやかな甘さが口いっぱいに広がり、ほっと一息つく。緊張していた心が少し解けて、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。熱さに驚いた自分がバカみたいだと思いつつも、これもまた一日の出来事の一部だと考えれば、なんだか愛おしく感じる。
 カップを両手で包み込み、ゆっくりと温もりを感じながら飲み続ける。通り過ぎる人々は忙しそうに歩き、誰も自分には関心がない。それが少しだけ寂しくもあり、同時に気楽でもあった。
 「こんな日も、悪くないかもな…」
 心が少しずつ落ち着いてくると、昨日のひとみとのやり取りを思い出した。ひとみも今日、別の企業説明会に参加しているはずだ。あの緊張しがちな彼女が、無事に話せているのだろうかと、少し心配になる。
 スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。すると、ちょうどひとみからのメッセージが届いていた。
 「説明会、なんとか終わったよ。緊張しちゃって上手く話せたかわからないけど、頑張った。石川君はどうだった?」
 その一文を読んで、裕基は自然と笑顔になった。彼女もきっと、同じように不安を抱えながら必死に乗り越えたのだと思うと、少し胸が温かくなる。
 「俺もなんとか終わったよ。少し緊張したけど、昨日よりはマシだったかも。三木さんも頑張ったんだね、えらいよ」
 そう返信してから、ふと自分のメッセージを見返し、照れくさくなる。言葉が少し優しすぎたかもしれないが、ひとみが頑張っている姿を想像すると、それが自然な気持ちだと思えた。
 空を見上げると、少し雲がかかっているが、太陽の光がその隙間から差し込んでいる。春の日差しに包まれて、冷たい風も少し和らいで感じられる。
 コーヒーを飲みきると、ようやく手も温まり、心の中の冷たさも少しだけ溶けた気がした。これから先も、就職活動はまだまだ続く。だけど、ひとみと励まし合いながら乗り越えていけるかもしれないという希望が、胸の奥でそっと灯っていた。
 「よし、もう少し頑張るか」
 立ち上がり、カップをゴミ箱に捨てて駅へ向かう。次の説明会に向けて、少しだけ気合を入れ直した裕基の足取りは、どこか軽やかだった。人混みの中に紛れて歩きながら、自分の中で芽生えた小さな勇気を大切に抱え、次のステップへと進むのだった。
 終