その日の午後、裕基は大学のラウンジで面接対策ノートを整理していた。座っているソファは少し古びており、クッションがへたれているため、座るたびに形を整えないとバランスが悪い。何度も座り直して、ようやくしっくりくる位置を見つけたところだった。
「よし、これで大丈夫か。」
膝の上にノートを開き、志望動機の見直しを始める。面接を控えているため、少しでも自分の考えをまとめておきたかった。今日のテーマは自己PR。自分の強みをどう伝えるか、言葉のチョイスに悩んでいると、誰かが近づいてくる気配がした。
「ここ、座っていいですか?」
声の主は友人の健允だった。物静かで、あまり自分から話しかけてこないタイプだが、最近は同じ就活生として励まし合うことが多くなっていた。
「ああ、いいよ。」
裕基がそう言うと、健允は遠慮なくソファに腰を下ろした。だが、その瞬間、さっきせっかく整えたクッションがぐしゃりと潰れ、バランスが崩れてしまう。
「あ、ちょっと待って…」
健允は不思議そうに振り返り、裕基の表情を見て首をかしげた。
「どうした?」
「いや、さっきちょうどクッション整えたばかりで…」
「ああ、そういうことか。悪い。」
健允は特に気にする様子もなく、クッションを適当に叩いて整え直すが、どうにも元通りにはならない。結局、裕基はため息をつきながらもう一度クッションを整え直した。
「これ、座り心地が悪いんだよな。」
「確かに、へたれてるからな。でも、このソファが一番静かに作業できるんだよ。」
二人は並んで座り直し、それぞれノートを開いた。裕基は再び面接対策に集中しようとするが、どうしてもクッションが気になってしまい、背中がもぞもぞと動いてしまう。
「なんか、気になるな…」
そんなぼやきを聞き逃さず、健允がぽつりと言った。
「そんなに気になるなら、もう一度整えればいい。」
「いや、もう何度もやり直したんだよ。さっきやっとベストな形にしたところで…」
「なるほど。そういう時は、クッションそのものを諦めるという選択肢もある。」
その冷静すぎる発言に、思わず笑ってしまった。確かに、完璧を求めすぎると逆に疲れてしまうのかもしれない。
「そうだな、少し気にしすぎかもしれない。」
「就活も同じだ。完璧を求めすぎると、逆に本来の自分が出せなくなる。」
健允の言葉にハッとさせられる。確かに、面接でも緊張しすぎて、本来の自分を見失っていると感じることが多かった。彼の物静かだが的確なアドバイスが、じわりと心に染みる。
「確かに…ちょっと肩の力抜いてもいいかもな。」
スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
「ラウンジでクッション整えたのに、健允が座ってぐちゃぐちゃにしていった…」
すぐに返信が来た。
「ふふ、それって健允君らしいね。でも、そういう時ってなんか笑っちゃうよね。」
「そうなんだよ。さっき完璧に整えたばかりだったから、ちょっと残念だったけど。」
「でも、きっと石川君が真剣すぎるから、ちょっとリラックスさせてくれたんじゃない?」
「そうかも。健允に言われて、少し気が楽になったよ。」
「良かった!たまには完璧を求めないのも大事だよね。」
その言葉に自然と笑みがこぼれた。自分の性格を見抜いているひとみの言葉が、何よりも励みになる。健允は無言でノートを書き続けているが、隣にいるだけで少し安心感があった。
「健允、お前って意外と人を和ませる才能あるよな。」
「そうか?ただ、自分のやりたいようにやっているだけだ。」
「その自然体が、いいんだと思う。」
「そうなら良いが。」
そんな無表情のままの返答が、逆に面白くて、また笑ってしまった。こうして自分の凝り固まった考えをほぐしてくれる仲間がいることに感謝しつつ、裕基はもう一度面接対策ノートに目を落とした。
「完璧じゃなくてもいい。自分らしさを大切にしよう。」
ひとみと健允のおかげで、少しだけ気持ちが楽になった気がした。今日もまた、ささやかな気づきを得て、前へ進む勇気をもらえた。終わりの見えない就活の中で、こうして支え合える仲間がいることが、何よりの力になっていると感じた。
終
「よし、これで大丈夫か。」
膝の上にノートを開き、志望動機の見直しを始める。面接を控えているため、少しでも自分の考えをまとめておきたかった。今日のテーマは自己PR。自分の強みをどう伝えるか、言葉のチョイスに悩んでいると、誰かが近づいてくる気配がした。
「ここ、座っていいですか?」
声の主は友人の健允だった。物静かで、あまり自分から話しかけてこないタイプだが、最近は同じ就活生として励まし合うことが多くなっていた。
「ああ、いいよ。」
裕基がそう言うと、健允は遠慮なくソファに腰を下ろした。だが、その瞬間、さっきせっかく整えたクッションがぐしゃりと潰れ、バランスが崩れてしまう。
「あ、ちょっと待って…」
健允は不思議そうに振り返り、裕基の表情を見て首をかしげた。
「どうした?」
「いや、さっきちょうどクッション整えたばかりで…」
「ああ、そういうことか。悪い。」
健允は特に気にする様子もなく、クッションを適当に叩いて整え直すが、どうにも元通りにはならない。結局、裕基はため息をつきながらもう一度クッションを整え直した。
「これ、座り心地が悪いんだよな。」
「確かに、へたれてるからな。でも、このソファが一番静かに作業できるんだよ。」
二人は並んで座り直し、それぞれノートを開いた。裕基は再び面接対策に集中しようとするが、どうしてもクッションが気になってしまい、背中がもぞもぞと動いてしまう。
「なんか、気になるな…」
そんなぼやきを聞き逃さず、健允がぽつりと言った。
「そんなに気になるなら、もう一度整えればいい。」
「いや、もう何度もやり直したんだよ。さっきやっとベストな形にしたところで…」
「なるほど。そういう時は、クッションそのものを諦めるという選択肢もある。」
その冷静すぎる発言に、思わず笑ってしまった。確かに、完璧を求めすぎると逆に疲れてしまうのかもしれない。
「そうだな、少し気にしすぎかもしれない。」
「就活も同じだ。完璧を求めすぎると、逆に本来の自分が出せなくなる。」
健允の言葉にハッとさせられる。確かに、面接でも緊張しすぎて、本来の自分を見失っていると感じることが多かった。彼の物静かだが的確なアドバイスが、じわりと心に染みる。
「確かに…ちょっと肩の力抜いてもいいかもな。」
スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
「ラウンジでクッション整えたのに、健允が座ってぐちゃぐちゃにしていった…」
すぐに返信が来た。
「ふふ、それって健允君らしいね。でも、そういう時ってなんか笑っちゃうよね。」
「そうなんだよ。さっき完璧に整えたばかりだったから、ちょっと残念だったけど。」
「でも、きっと石川君が真剣すぎるから、ちょっとリラックスさせてくれたんじゃない?」
「そうかも。健允に言われて、少し気が楽になったよ。」
「良かった!たまには完璧を求めないのも大事だよね。」
その言葉に自然と笑みがこぼれた。自分の性格を見抜いているひとみの言葉が、何よりも励みになる。健允は無言でノートを書き続けているが、隣にいるだけで少し安心感があった。
「健允、お前って意外と人を和ませる才能あるよな。」
「そうか?ただ、自分のやりたいようにやっているだけだ。」
「その自然体が、いいんだと思う。」
「そうなら良いが。」
そんな無表情のままの返答が、逆に面白くて、また笑ってしまった。こうして自分の凝り固まった考えをほぐしてくれる仲間がいることに感謝しつつ、裕基はもう一度面接対策ノートに目を落とした。
「完璧じゃなくてもいい。自分らしさを大切にしよう。」
ひとみと健允のおかげで、少しだけ気持ちが楽になった気がした。今日もまた、ささやかな気づきを得て、前へ進む勇気をもらえた。終わりの見えない就活の中で、こうして支え合える仲間がいることが、何よりの力になっていると感じた。
終



