その日の夕方、裕基は仕事終わりに駅前のスーパーに立ち寄った。冷蔵庫を開けると、食材がほとんど残っておらず、晩ご飯をどうしようかと悩んでいたため、急遽買い物をすることにした。仕事が長引き、疲れが溜まっているが、今日だけは自炊を頑張ってみようと意気込む。
 「何作ろうかな…」
 スーパーに入ると、店内は仕事帰りの人々で賑わっていた。特売コーナーをチェックし、鶏むね肉とブロッコリー、そして簡単に作れるパスタソースをカゴに入れる。ちょうどお買い得になっていたサラダパックも手に取り、これでバランスが取れたと満足気に頷いた。
 「よし、これで足りるかな。」
 レジへ向かうと、数人の列ができていたが、そこまで長くはない。ようやく順番が回ってきて、カゴをレジ台に置き、店員がテキパキとバーコードを読み取っていく。
 「合計780円です。」
 スマホ決済で支払いを済ませ、カゴを手に取りそのまま出口へ向かう。店を出て歩き始めたところで、ふと気づく。カゴの中には食材がそのまま入っており、袋に入っていない。
 「あっ、レジ袋もらい忘れた…」
 立ち止まって茫然とする。最近はエコバッグを持ち歩くようにしているが、今日は持ってきていなかった。レジ袋をもらうつもりでいたのに、支払いを済ませた瞬間にすっかり忘れていた。
 「どうしよう、これ…」
 そのまま持ち帰ろうかとも思ったが、鶏肉やパスタソースがむき出しのままでは少し恥ずかしい。仕方なく店に戻り、レジ近くのセルフ袋売り場でレジ袋を購入した。
 「またお金使っちゃった…」
 袋詰めをしながら、ひとみにメッセージを送る。
 「スーパーでレジ袋もらい忘れて、結局買い直した…」
 すぐに返信が来た。
 「それ、めっちゃわかる!私もたまにやっちゃう。支払い終わると安心しちゃって、そのまま出ちゃうんだよね。」
 「そうなんだよ…せっかくエコバッグ持っていこうと思ってたのに、今日は忘れてたし。」
 「あるある!疲れてるとそうなるんだよね。でも、気にしないで次から気をつければOK!」
 その励ましに自然と笑顔がこぼれる。確かに、疲れているといつもやっていることを忘れてしまう。特に今日は仕事が長引いて、頭がぼんやりしていたせいかもしれない。
 「ありがとう、三木さんがそう言ってくれると気が楽になる。」
 「ふふ、私も同じだから気にしないで!」
 スーパーを出て、袋を持って歩き始めると、少しだけ冷たい風が吹き抜ける。駅前のイルミネーションがちらちらと光り、冬の訪れを感じさせた。
 「ちゃんと袋に入れて持ち帰れて良かった…」
 カゴに入れたまま持って帰るという最悪の事態は避けられたものの、無駄にお金を使ってしまったことが少し悔しい。ひとみにもう一度メッセージを送る。
 「次からはもっと落ち着いて行動するよ。」
 「うん、焦らずにね!石川君、真面目だから自分を責めすぎないように!」
 「ありがとう。三木さんがそう言ってくれると、本当に安心するよ。」
 「私も石川君が元気でいてくれると安心だからね!」
 その言葉に胸が温かくなり、自然と肩の力が抜けた。自分だけが失敗しているわけじゃない。誰にでもあるささいなミスだと分かるだけで、少し心が軽くなる。
 「今日はこれでリフレッシュしよう。」
 アパートに戻り、袋をキッチンに置きながら、ふとそのレジ袋が少し大きすぎることに気づく。
 「そういえば、サイズも間違えたかも…」
 またもや小さな失敗に苦笑しながら、食材を冷蔵庫に入れていく。こうして思い返してみると、失敗も含めて日常の一部だと感じられ、なんだか笑えてくる。
 「まあ、これも経験か。」
 夕食の準備をしながら、ひとみからのメッセージがもう一つ届いていた。
 「今日は疲れてるんだから、ゆっくり休んでね!」
 「ありがとう、晩ご飯食べたら早めに寝るよ。」
 「うん、それがいい!おやすみなさい!」
 冷蔵庫を閉め、料理を始めると、鶏肉を焼く音がパチパチと心地よく響いた。少しの失敗も、こうして笑いに変えられる自分がいる。それができるのは、きっとひとみが支えてくれているからだと感じた。
 「今日はこれで良かったかもな。」
 失敗も含めて一日が終わりに近づき、心がほっとする瞬間が訪れた。料理の香りが部屋中に広がり、冷たい夜風が窓を揺らしている。明日も、きっとなんとかなる。そんな気持ちで、裕基は穏やかな夜を迎えた。
 終