その朝、裕基は久しぶりに晴れた空を見上げながら、今日こそは気持ち良く一日をスタートさせたいと考えていた。昨夜のうちに洗濯しておいたシャツが、ちょうど乾いているはずだと思い、クローゼットを開ける。
 「さて、今日はあの白シャツで決めるか。」
 ハンガーにかかっているシャツを手に取った瞬間、嫌な予感がした。布地を触ってみると、なんとなく冷たく、しかも少し湿り気がある。
 「うそだろ…まだ乾いてないのかよ。」
 思わず顔をしかめてシャツを広げると、背中の部分が特に湿っている。昨夜干しておいたにもかかわらず、夜中の湿度が高かったのか、しっかり乾ききっていなかったらしい。
 「マジか…今日これで行こうと思ってたのに…」
 洗濯機の乾燥機能を使うべきだったと後悔しながら、他に着られる服がないか探すが、他のシャツはシワシワだったり、少し汚れていたりで、どうにもならない。
 「もうこれで行くしかないか…」
 ひとまずシャツを着てみるが、背中に冷たさがまとわりつき、なんとも気持ち悪い。鏡に映った自分を見ると、見た目には問題なさそうだが、自分の中で違和感が拭えない。
 スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送った。
 「洗濯したシャツ、まだ湿ってた…どうしよう。」
 すぐに返信が来た。
 「あるある!私も朝着ようと思った服が乾いてなくて、仕方なくそのまま着たことあるよ。」
 「やっぱりあるんだ…なんか背中が冷たくて気持ち悪い。」
 「そういう時はドライヤーで乾かすのもアリだよ!特に背中の部分だけでも。」
 「なるほど、やってみる!」
 すぐに洗面所に向かい、シャツを着たままドライヤーを手に取る。背中部分に温風を当てながら、少しずつ湿り気を飛ばしていく。風が当たるたびに生地がふわりと揺れ、湿っていた部分が少しずつ乾いていく感覚が心地良い。
 「これでマシかな…?」
 もう一度鏡を確認すると、湿っていた部分が乾き始め、冷たさが消えている。ようやく安堵の息をつきながら、ひとみに報告する。
 「ドライヤーでなんとか乾いたよ。教えてくれてありがとう!」
 「良かった!やっぱりドライヤー便利だよね。」
 「助かったよ。三木さんがいなかったら、そのまま着て行ってたかも。」
 「ふふ、そんな石川君も可愛いけどね。」
 その言葉に少し照れながら、自然と笑顔がこぼれる。ささいなトラブルでも、ひとみと共有するだけで不安が和らぐ。朝から少し焦ったが、こうして誰かとやり取りできることで気持ちが整った。
 「よし、これで出かけられる。」
 準備を整え、アパートを出た。外はすっかり晴れ渡り、春の暖かな風が吹き抜けていく。背中の違和感もほとんどなくなり、歩くたびに軽やかな気持ちになる。
 電車に乗り込み、スマホを開いてひとみからのメッセージをもう一度見返す。
 「本当に三木さんがいると助かるな…」
 ふと、自然に口からこぼれた言葉に自分でも驚き、顔が少し赤くなる。ひとみとのやり取りが、自分の日常に欠かせない存在になりつつあると実感しながら、次の駅までの短い時間をぼんやりと過ごす。
 会社の最寄り駅に着き、電車を降りて歩き出すと、背中に当たる日差しが暖かく、湿っていたシャツもすっかり乾いたようだ。周りには同じようにビジネスバッグを抱えた人々が忙しなく歩いている。
 「今日は順調に行きますように…」
 そんなささやかな願いを抱きながら、会社のビルへと向かう。朝からのちょっとしたトラブルも、こうして笑い飛ばせる相手がいることで、日々が少しずつ楽になっていく。
 昼休みに入ると、ひとみからまたメッセージが届いた。
 「午前中、うまくいった?」
 「うん、バタバタしたけどなんとかやれたよ。ドライヤー作戦、本当に助かった。」
 「良かった!また困ったら相談してね。」
 「ありがとう。三木さんがいると、ほんと心強いよ。」
 「ふふ、石川君が頑張ってると私も元気出るよ。」
 メッセージのやり取りをしながら、自然と笑みがこぼれる。湿ったシャツのトラブルも、今となっては笑い話だ。日常のささやかな困りごとを、こうして共有できる相手がいるだけで、心が温かくなる。
 「次からは、ちゃんと乾燥機使うか。」
 そんなことを考えながら、午後の仕事に向けて気持ちを切り替えた。誰かがいるだけで、小さなトラブルも乗り越えられる。それを実感しながら、今日もまた一歩、前へと進んでいく。
 終