その日の午後、裕基は就職説明会の帰り道、少し遠回りして公園を抜けるコースを歩いていた。面接の緊張が解けたせいか、少し肩の力が抜け、春の心地よい風が背中を押しているように感じた。
 「今日はうまく話せたかな…」
 スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
 「面接終わった!緊張したけど、なんとか話せたよ。」
 すぐに返信が来た。
 「お疲れ様!大丈夫、石川君ならきっと良い印象だったはずだよ。」
 「ありがとう。ひとまずホッとしてるよ。」
 公園を抜けて大通りに出ると、次の信号がちょうど赤になったばかりだった。歩行者信号が点滅しているのを見て、少し急げば間に合うかもしれないと、思わず足を速めた。
 「いけるか…?」
 しかし、信号が変わる一瞬前に、警備員が腕を横に出して止めに入った。目の前で手をかざされ、思わず立ち止まる。
 「あ、すみません…」
 「危ないので、次の信号をお待ちください。」
 警備員の言葉に納得しつつも、わずかに遅れた自分の判断が少し悔しくて、ため息が漏れる。
 「あと一歩だったのに…」
 スマホを取り出して、再びひとみに報告する。
 「信号、ギリギリで渡れなかった…警備員さんに止められた。」
 すぐに返信が来た。
 「あるある!私も急いで渡ろうとしたら、警備員さんにピシッと止められることあるよ。」
 「ほんと、あと一歩だったのに。なんか恥ずかしかった。」
 「でも、止められた方が安全だからね。焦らず行こう!」
 その言葉に少し救われた気持ちになり、自然と笑顔がこぼれる。焦っていた自分を少し反省しつつ、信号が変わるのを待つ。
 「三木さんの言う通りだよな。焦ってもいいことないし。」
 「うん、ゆっくり行こう!面接もうまくいったみたいだし、今日はのんびりしようよ。」
 信号が青に変わり、ようやく大通りを渡る。歩きながら、先ほどの警備員さんが真面目な表情で見守っているのが目に入る。自分が無理に渡ろうとしていたら、車に轢かれた可能性もあるかもしれない。そう考えると、少し怖くなった。
 「無理して渡らなくて良かったかもな…」
 そう呟きながら歩き続け、駅前のベンチに腰を下ろした。冷たい缶コーヒーを買って一口飲むと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
 ひとみからまたメッセージが届く。
 「今日はどこか寄り道するの?それともすぐ帰る?」
 「公園を少し歩いてから帰ろうと思ってたけど、もう駅まで来ちゃった。」
 「そっか。ゆっくりしてから帰ってもいいんじゃない?リラックス大事だし。」
 「そうだね。少しここで休憩するよ。」
 缶コーヒーを握りしめながら、ひとみとのやり取りが心をほぐしてくれるのを感じた。面接後の緊張が少しずつ解け、心地よい疲労感が体中に広がっている。
 「次の面接もうまくいくといいな…」
 そんなことを考えながら、ふと気づく。自分一人で抱え込んでいると、どうしても焦ってしまうが、こうして誰かと話すだけで自然と落ち着けるのだ。
 「ほんと、三木さんがいてくれて助かるよ。」
 無意識にそう呟き、スマホにもう一度メッセージを送った。
 「ありがとうな。こうして話すだけで気が楽になるよ。」
 「そう言ってもらえると嬉しい!私も石川君の話を聞けて安心できるし。」
 少し照れながら、そのメッセージを眺める。自分が思っている以上に、ひとみは自分を気にかけてくれているのだと思うと、自然と胸が温かくなる。
 「次はもう少し落ち着いて信号を待つよ。」
 「うん、それがいいね!急がば回れって言うし。」
 そのやり取りが心に染みて、少しだけ目尻が緩む。小さな失敗も、こうして笑い飛ばせる関係があるだけで、日々のストレスが和らぐのだと実感した。
 「今日はこのままのんびり帰るよ。」
 「うん、ゆっくりしてね。」
 電車が来るまでの間、もう少しだけ駅前で風を感じながら過ごすことにした。街中の喧騒が耳に心地よく響き、少しずつ心が解放されていく。自分を急かさないことで、自然と落ち着きを取り戻せる。そんなささやかな気づきが、今日の収穫だったかもしれない。
 「よし、焦らずにいこう。」
 缶コーヒーを飲み干し、捨てたあと、再び歩き出す。夕焼けが少しずつ濃くなり、オレンジ色の光が街を包んでいる。今日もなんとか乗り越えた自分を少しだけ誇らしく思いながら、裕基はゆっくりと駅へと歩を進めた。
 終