その日の朝、裕基は面接がない日ということもあり、少し気を抜きたくてラフな服装を選んでいた。お気に入りのチェック柄のシャツに、少し色落ちしたデニムパンツ、そして白いスニーカー。カジュアルで動きやすく、リラックス感があって自分らしいスタイルだ。
 「今日はこのくらいでいいか。」
 久々にゆっくりできる日なので、街中を散歩しようとアパートを出た。駅前のカフェに立ち寄ってコーヒーをテイクアウトし、商店街をぶらぶらと歩く。土曜日のせいか、人通りが多く、街全体が賑わっている。
 スマホを取り出して、ひとみにメッセージを送る。
 「今日はオフだから、久々に街を散歩してる。」
 すぐに返信が来た。
 「いいね!リフレッシュ大事だよね。何か良いもの見つかるといいね!」
 「ありがとう。ちょっと古着屋でも覗いてみるよ。」
 ふと目に留まったのは、前から気になっていた古着屋。扉を開けると、店内にはヴィンテージの洋服がぎっしりと並んでいる。古着特有の独特な香りが漂い、何とも言えない落ち着きがある。
 「お、これいいかも。」
 ラックにかかっていたデニムジャケットを手に取り、試着してみる。サイズ感もちょうど良く、鏡に映る自分に少し満足しながら、そのまま購入を決意した。
 会計を済ませて店を出ると、目の前に同じチェック柄のシャツを着た青年が歩いているのが見えた。年齢は自分と同じくらいで、デニムパンツに白スニーカーまで同じだ。
 「えっ…まさか…」
 すれ違いざまに軽く目が合い、お互いに「ん?」という表情を浮かべる。まるで鏡を見ているかのような感覚に、裕基は一瞬固まった。
 「そんなことあるか…?」
 少し離れたところからもう一度その青年を確認するが、やはり全く同じ服装だ。偶然にしては出来すぎている光景に、思わず笑ってしまった。
 すぐにひとみにメッセージを送る。
 「今さ、街中で全く同じ服装の人と遭遇したんだけど…どうしよう。」
 ひとみからの返信がすぐに来た。
 「えっ、それすごい偶然だね!双子みたいになってるじゃん。」
 「ほんとにね。あっちも驚いてたっぽいけど、気まずくて話しかけられなかった…」
 「そういう時って、逆に声かけた方が面白かったかもね!」
 「確かに。でも、同じ服の人と並ぶのってなんか恥ずかしいじゃん。」
 「うん、ちょっと気まずいかも。でも、それだけ流行ってる服なのかもね。」
 少し気持ちが落ち着いて、冷静に考えてみると、確かにチェック柄のシャツは定番で、特にこの時期にはよく見かけるアイテムだ。それにしても、ここまでピンポイントで同じコーディネートになるとは思わなかった。
 「でもさ、同じ服でも着てる人が違うと雰囲気変わるよね。石川君の方がきっと似合ってるよ!」
 「ありがと。でも、あっちも結構おしゃれだったよ。」
 「そんなこと言ってる時点で、石川君の方が好感度高いよ!」
 その言葉に、少し照れくさくて頬が熱くなる。偶然の出来事に動揺していたが、ひとみの言葉で自然と心が軽くなった。
 「まあ、考えすぎてもしょうがないか。」
 その後、駅前の公園でベンチに腰掛け、買ったばかりのデニムジャケットを羽織ってみた。先ほどの青年が気になって、周囲をキョロキョロと確認してしまうが、もうどこかに行ってしまったようだ。
 「もしまた同じ人と会ったら、さすがに声かけてみるか。」
 そう呟きながら、もう一度カフェで買ったコーヒーを一口飲む。冷たい風が吹き、デニムジャケットがちょうど良い防寒になっている。偶然同じ服装の人と出会うなんて、普通ならあまり気にしないことだが、こうして笑い話にできることで、なんだか少し特別な一日になった気がする。
 「次は、もう少し個性的な服も選んでみようかな。」
 そんなことを考えながら、スマホを操作し、ひとみにもう一度メッセージを送った。
 「新しいデニムジャケット買ったんだけど、今度見てくれる?」
 「いいね!似合いそう。ぜひ見たいな!」
 「じゃあ、今度の休みにでも着ていくよ。」
 「楽しみにしてる!」
 ひとみとのやり取りを終え、もう一口コーヒーを飲むと、気分がすっかり晴れてきた。偶然のトラブルも、こうして笑い飛ばせるようになったのは、きっとひとみがいつも支えてくれているからだ。
 街は相変わらず賑やかで、人々が楽しそうに行き交っている。同じ服装の青年とすれ違ったことも、今では笑い話に変わっている。ちょっと恥ずかしい出来事すら、こうして共有できる誰かがいるだけで、心が温かくなる。
 「今日はこれで良かったかもな。」
 そう思いながら、少しずつ夕暮れに染まる街を歩き始めた。終わりが近づく一日の中で、偶然が生んだ小さな笑い話が、日常に彩りを与えてくれたのだった。
 終