その日の夕方、裕基は就活で着ていたスーツのまま、最寄り駅近くのコンビニに立ち寄った。朝から面接続きでほとんど食事を取っていなかったため、手軽に食べられるお弁当を買うことにした。
 「疲れたな…今日はこれくらいで勘弁してくれ…」
 弁当コーナーを物色し、迷った末にチキン南蛮弁当を手に取る。レジに並ぶと、数人前に並んでいた中学生たちが楽しそうにお菓子を大量に買っている姿が目に入り、思わず微笑んだ。
 「若いっていいな…」
 ようやく自分の番が回り、店員が淡々とバーコードを読み取っていく。疲れが溜まっているせいか、ぼんやりとレジ台を見つめながら、財布を取り出す。
 「お会計、680円です。」
 小銭を探そうとしたその時、ふと脳裏に違和感がよぎる。
 「あ、ポイントカード…忘れた…」
 いつも使っているコンビニのポイントカードが、就活用のサブバッグに入れっぱなしだったことを思い出した。普段はメインのリュックに入れているのに、今日は気合を入れてスーツを着たため、サブバッグに変えたことをすっかり忘れていた。
 「あ、ポイントカードないです…」
 店員は慣れた様子で「かしこまりました」と言って、特に気にすることもなく会計を済ませた。だが、裕基の中にはやり場のないモヤモヤ感が残っている。
 「何やってんだ、俺…」
 スマホを取り出し、ひとみにメッセージを送る。
 「コンビニでポイントカード忘れた…地味にショック。」
 すぐにひとみから返信が来た。
 「あるある!私もやっちゃうよ。カードたくさんあると、どれ入れたか忘れちゃうんだよね。」
 「そうなんだよ…普段はちゃんと持ってるのに、今日はサブバッグだったから忘れた。」
 「就活用のバッグに変えるとき、ついカード類を移し忘れるよね。でも、大丈夫!ポイントくらいまた貯めればいいし!」
 その言葉に少しだけ気持ちが軽くなり、自然と笑みがこぼれる。確かに、そんなに大事なことでもない。けれど、こういう小さな失敗が、疲れている時には妙に心に響くものだ。
 「三木さんがそう言ってくれると、なんか気が楽になるな。」
 「ふふ、ポイントカードなんて気にしない気にしない!」
 弁当を袋に入れて店を出ると、日が傾きかけており、街全体が夕焼けに包まれていた。暖かなオレンジ色の光がビルに反射し、ほんのりと空気が冷たくなる。
 「こんな日もあるか…」
 駅のベンチに腰掛け、ようやく落ち着きを取り戻した。コンビニの袋から弁当を取り出し、フタを開けるとチキン南蛮の甘酸っぱい匂いが広がる。スマホを手に取り、ひとみにもう一度メッセージを送る。
 「とりあえず、ご飯食べて落ち着くわ。チキン南蛮弁当ゲットした。」
 「いいね!あれ美味しいよね。疲れてる時にはちょうどいいかも。」
 「うん、これ食べたら元気出る気がする。」
 ひとみの返信を確認しながら、一口食べる。タルタルソースのまろやかさと南蛮酢の酸味が絶妙にマッチしており、疲れた体にしみ込むようだ。
 「やっぱり、これにして正解だったな…」
 少し前までのモヤモヤが嘘のように消えていく。小さな失敗も、こうして誰かに話すことで自然と笑い話に変わる。ひとみの言う通り、ポイントなんてまた貯めればいい。今はこうして、暖かいご飯を食べてリフレッシュすることが大事だ。
 「三木さんって、本当にすごいな…」
 ひとみとのやり取りを思い返しながら、ふと気づく。就活がうまくいかない時や、ちょっとした失敗があった時でも、彼女がいるだけで心が軽くなる。自分の中でぐちゃぐちゃに絡まっていた感情が、少しずつ解けていくようだ。
 「よし、気を取り直して頑張ろう。」
 弁当を食べ終え、最後の一口を飲み込むと、体の奥から力が湧いてくる気がした。今日一日の疲れも、こうして誰かと共有できることで、少しずつ解消されていく。
 「次はちゃんとポイントカード持ってこよう。」
 そんなささやかな決意を胸に、裕基は電車に乗り込んだ。夕暮れの空がゆっくりと暗くなり始め、街の明かりがぽつぽつと灯っていく。日常の小さな失敗を笑い飛ばし、明日への力に変える。そうして裕基はまた一歩前へと進んでいくのだった。
 終