その日の午後、裕基は大学の図書館で就職活動のための資料をまとめていた。履歴書や面接対策ノートがテーブルの上に広がり、集中力が切れかけていることを感じる。休憩がてら、図書館の自販機で缶コーヒーを買い、テーブルに戻ってきた。
 「よし、これでひと息つける…」
 机の上に缶を置き、プルタブに指をかける。コーヒーの冷たさが手に心地よく、これで頭をリフレッシュできるだろうと思いながら、力を込めて引っ張ったその瞬間、パキッという不吉な音がした。
 「えっ…」
 プルタブが途中で折れ、根元だけが缶に残っている。予想外の事態に一瞬固まり、折れたプルタブを呆然と見つめた。
 「マジかよ…これ、どうすればいいんだ…」
 爪で引っかけようとしても、金属がぎっしり密着していて指が痛い。ペン先を差し込んで無理やり押し下げようとするが、缶が凹むばかりで一向に開かない。
 「なんだこれ…開かないなんて、こんなことあるのか…」
 困り果てた裕基はスマホを取り出し、ひとみにメッセージを送った。
 「缶コーヒー買ったんだけど、プルタブが折れて開かなくなった…どうしよう。」
 するとすぐにひとみから返信が来た。
 「それ、めっちゃショックだね!私も前にやっちゃって、開けられなくて困ったことあるよ。」
 「やっぱりあるんだ…もうこれ、どうやっても無理そう。」
 「缶の縁にスプーンの柄を引っ掛けてテコの原理で押し込むと、意外と開くかも。」
 「なるほど…試してみる。」
 裕基は図書館の自習スペースに備え付けられた給湯室に行き、備品のスプーンを手に取った。缶の縁にスプーンの柄を差し込み、力を入れてテコのように押してみる。すると、缶の蓋が少しだけへこみ、わずかに隙間ができた。
 「お、いけるか?」
 もう少し力を入れると、勢い余ってコーヒーが飛び出し、少しシャツにかかってしまった。
 「うわ、やっちまった…」
 慌ててティッシュで拭き取るが、薄茶色のシミができてしまった。なんとか開けた缶を手に、再び席に戻りながらひとみに報告する。
 「開けられたけど、少しこぼれた…シャツにシミが…」
 すぐにひとみから返信が来た。
 「大丈夫?服についたコーヒーはすぐに水で叩くとシミになりにくいよ!」
 「ありがと、今すぐやってみる。」
 急いで洗面所に駆け込み、濡れタオルでシミを叩くように拭く。完全には消えなかったが、少し薄くなったように感じる。
 「ちょっとマシになったかも。」
 「良かった!石川君、やっぱり焦ってるとドジっ子だね。」
 「からかうなよ…でも、マジで助かった。」
 ひとみの「ふふ、またトラブルがあってもサポートするよ!」というメッセージが自然と心を軽くしてくれる。思わぬトラブルに焦っていた自分が少し恥ずかしくなったが、ひとみと共有できることで気持ちが落ち着いた。
 席に戻り、ようやく缶コーヒーを一口飲むと、冷たさが喉を通り、少し気分が晴れる。苦味と甘味が絶妙に混じり合った味が、疲れた頭をリフレッシュさせてくれる。
 「ようやく一息つけた…」
 スマホに再びひとみからメッセージが届く。
 「開けられて良かったね!でも、石川君って結構ドジなところあるよね。」
 「認めたくないけど、最近はそうかもな…」
 「でも、その素直さがいいんじゃない?ドジしても笑えるって素敵だと思う。」
 その言葉に少し照れくさくなり、自然と頬が熱くなる。自分では格好悪いと思っていた失敗も、ひとみがそう言ってくれることで救われた気がする。
 「ありがとう、三木さんには本当に助けられっぱなしだな。」
 「そんなことないよ。私も石川君が頑張ってるの、ちゃんと見てるから。」
 その言葉が心にしみて、自然と笑顔がこぼれる。缶コーヒーを飲み干し、ようやく落ち着きを取り戻した。就活中の些細なトラブルも、こうして誰かと共有できれば乗り越えられる。それがどれだけ大切なことか、改めて実感する。
 「よし、もう一踏ん張りするか。」
 資料を広げ直し、再び集中モードに入る。トラブルがあっても、それを笑い飛ばせる強さを少しずつ身につけている気がして、心が軽くなった。
 終