その日の夕方、裕基は久しぶりに自炊をしようと思い立った。就活で忙しい日々が続き、最近はコンビニ弁当やファストフードばかりだったため、少しでも気分転換がしたかった。何を作ろうかと考えた結果、以前ひとみが話していた「トマトチキン煮込み」に挑戦することにした。
 「確か、鶏肉とトマト缶、玉ねぎとニンニクを使って…」
 スマホでレシピを確認しながら、キッチンに立つ。鶏もも肉を一口大に切り、塩コショウを振ってからフライパンで焼き始める。油がジュワッと弾け、香ばしい匂いが立ち上る。
 「いい感じだな…」
 次に、薄切りにした玉ねぎとみじん切りにしたニンニクを加え、さらに炒める。火加減に気をつけながら、トマト缶を投入し、煮込み開始。トマトの酸味と鶏肉の旨味が混ざり合い、食欲をそそる香りが広がっていく。
 「ここで調味料を入れて…っと」
 塩、砂糖、コンソメを加え、味見をしてみる。しかし、どうもコクが足りない。何度か味を調整してみるが、なぜか味が締まらない感じがする。
 「なんか、ぼやけた味だな…」
 スマホでレシピを見直すと、「ウスターソースを加えるとコクが増します」と書かれている。しかし、冷蔵庫を開けてもウスターソースが見当たらない。棚をひっくり返しても、瓶の姿はどこにもない。
 「マジか…ウスターソース、切らしてたのか…」
 仕方なく、そのまま煮込むが、やはり味が決まらない。コクがないせいで、なんとなく物足りない仕上がりになってしまった。失敗したかもしれないと、ため息が漏れる。
 その時、スマホが震えた。ひとみからのメッセージが届いている。
 「今日、自炊してるんだって?何作ってるの?」
 裕基は正直に返信した。
 「トマトチキン煮込みなんだけど、味がぼやけててさ。ウスターソースがなくて困ってる。」
 ひとみからすぐにアドバイスが届く。
 「ウスターソースがないなら、少し醤油を入れるとコクが出るかも。あと、隠し味にケチャップとか。」
 「なるほど…ちょっとやってみる。」
 ひとみの言葉に背中を押され、醤油を少量加え、さらにケチャップもほんの少し入れてみた。スプーンで味見をすると、今までとは違ってしっかりとしたコクが感じられる。
 「おお、これだ…!」
 思わず声が出てしまうくらい、味がぐっと引き締まった。ひとみにすぐ報告する。
 「うまくいった!醤油とケチャップで一気に味が決まったよ。ありがとう!」
 ひとみからの返信が来る。
 「やったね!料理って、ちょっとした工夫で変わるから面白いよね。」
 「ほんとだよ。おかげでなんとか成功した。」
 鍋の中で煮込まれたチキンが、しっかりと赤く染まり、程よく煮詰まっている。もう一度味見をしてみると、先ほどの物足りなさが嘘のように消え、トマトの酸味と鶏肉の旨味が絶妙に調和している。
 「これなら大丈夫だな。」
 食卓に煮込みをよそい、ご飯と一緒に食べ始める。口に入れた瞬間、トマトのフレッシュな酸味と鶏肉の柔らかさが心地よく、ほのかに感じる醤油のコクが全体を引き締めている。
 「うまい…これ、意外とアリかも。」
 一口一口噛みしめながら、ふとひとみのことを思い出す。料理がうまくいかなかった時、すぐにアドバイスをくれる彼女の存在が、本当にありがたい。普段から自炊しているひとみだからこそ出せるアイデアなのだろう。
 「今度、三木さんにお礼しないとな…」
 そう思いながら食べ続け、ふとメッセージを送る。
 「三木さんがいたら、もっと美味しく作れたかも。今度、一緒に料理しようか?」
 ひとみからすぐに返事が来た。
 「いいね!石川君が作る料理、食べてみたいな。」
 「じゃあ、今度は二人で作ろう。」
 そのやり取りに、自然と笑顔がこぼれる。料理がうまくいかなかった時も、こうして助けてくれる誰かがいるだけで、結果が変わる気がする。ひとみと一緒に料理をする自分を想像しながら、最後の一口を口に運んだ。
 窓の外には、夜の気配が少しずつ濃くなっている。街灯がポツリポツリと灯り始め、部屋の中に柔らかな影を落としている。今日の料理は失敗しかけたが、結果的に美味しく仕上がったことに安堵し、裕基は一息ついた。
 「次は何を作ろうかな…」
 そんなことを考えながら、少しだけ自信がついた自分がいる。料理も就活も、工夫と助け合いがあれば、きっと乗り越えられる。そんな気持ちを胸に、次のチャレンジに向けてまた歩き出そうと思った。
 終