朝の澄んだ空気が部屋の窓から流れ込む中、裕基は今日も面接に向けて準備をしていた。連日続く説明会や面接に少し疲れが溜まっているが、これも就職活動の一環だと思い、気合を入れ直す。
 「今日はしっかり決めたいな…」
 そう呟きながら、クローゼットを開けてスーツを取り出す。昨日の面接が終わった後、ちゃんとアイロンをかけて吊るしておいたため、しわひとつなくきれいだ。シャツも新しいものに変え、準備を進める。
 「よし、これで完璧だな…」
 そう思ってスーツのジャケットを羽織った瞬間、バチッと音がして腕に痛みが走った。
 「うわっ!痛っ…」
 思わず声を上げて腕をさすり、何が起きたのか理解するまで数秒かかる。どうやら静電気が発生してしまったようだ。指先に残る微かな痛みが、朝の静けさに響くようで、妙に悔しい気持ちになる。
 「なんでまた…」
 ジャケットをもう一度整えようとした瞬間、今度はズボンの裾に触れた時に再びバチッと音がして、今度は足元がピリッと痛む。裕基は少しイライラしながら、手のひらでズボンを払うが、静電気特有のパチパチ感がどうにも拭えない。
 「今日は運が悪いな…」
 ため息をつきながら、脱衣所に向かい、ハンドクリームを手に取って丁寧に塗り込む。乾燥が原因だと知っているが、朝の忙しい時間にこういうトラブルが続くと、どうしても気持ちが落ち込んでしまう。
 クリームを塗った後、もう一度ジャケットを羽織り直し、静かにズボンの裾を持ち上げてみる。今度はパチッという音もなく、なんとか落ち着いた様子だ。
 「よし、これで大丈夫…」
 気を取り直してスマホを確認すると、ひとみからのメッセージが届いている。
 「おはよう!今日はどこかの企業の面接だっけ?緊張しすぎないようにね!」
 その優しい一言に、裕基は思わず笑みがこぼれる。自分のバタバタした朝が、少しだけ癒される気がした。
 「おはよう。今さっき静電気にやられてさ、朝からバチバチしてる。でも、なんとか準備できたよ。」
 返信を送ると、すぐにひとみからのメッセージが返ってきた。
 「わかる!私も冬の朝とかよくパチパチしちゃう。ハンドクリームとか使うと少しマシになるよ!」
 「さっき塗ってみたら、少し落ち着いたよ。ありがとね!」
 その言葉が心にしみて、朝の慌ただしさが少しだけ和らぐ。こうして失敗やトラブルを共有できる相手がいることで、気持ちが救われるのがわかる。
 靴を履き、玄関で再度鏡をチェックする。ネクタイが少し曲がっていたので直し、髪型を整える。今日は二次面接なので、少しでも印象を良くしようと気合を入れる。
 「よし、これでいける」
 駅へ向かう途中、ふと周りの景色が目に入る。街路樹には新緑が芽吹き、春の気配が感じられる。静電気トラブルで出発が少し遅れたが、電車の時間には余裕がある。
 電車に乗り込み、座席に腰を下ろす。隣には通勤途中のサラリーマンが新聞を広げている。自分もスマホで今日の企業情報を再確認しながら、ふと朝の出来事を思い返す。
 「静電気にまで振り回されるなんてな…」
 思わず苦笑いしながら、ひとみとのやり取りを思い出す。困ったときにすぐに励ましてくれる彼女の存在が、どれだけ大きな支えになっているのかを改めて感じた。
 「もし、面接がうまくいったら、何かお礼しようかな…」
 そんなことを考えていると、少しずつ緊張がほぐれてきた。窓の外を流れる景色が、春の陽射しでキラキラと輝いている。電車が目的の駅に近づき、ゆっくりと減速していく。
 ホームに降り立ち、少し冷たい風がスーツの裾を揺らす。静電気のせいで心が乱れかけたけれど、ひとみのおかげでなんとか持ち直せた。今日はきっと、うまくいく。そう信じて、足取りを軽くしながら会場へ向かった。
 面接の順番を待つ間、少し緊張がぶり返してきたが、ひとみからの「応援してるよ!」というメッセージが届き、自然と肩の力が抜けた。こうして支えてくれる人がいるから、自分も頑張れるのだと、静かに胸に刻む。
 深呼吸を一つして、ドアをノックする。面接官たちの「どうぞ」という声が聞こえ、ゆっくりと扉を開けた。心の中で「大丈夫」と唱えながら、笑顔で挨拶をする。
 「よろしくお願いいたします!」
 一歩踏み出したその瞬間、なぜか背中にパチッと静電気が走ったが、もう気にしない。今日はこれくらいでは負けないと、強く自分に言い聞かせながら、面接に臨んだ。
 終