次の日、裕基は朝から面接に向かうため、少し早めに家を出た。昨日の説明会の余韻がまだ残っているが、面接が続く限り気を引き締めないといけない。通い慣れた駅に到着し、改札へ向かおうとした時、ふと気づく。
 「あ、ICカードの残高がない…」
 急いでスマホのアプリを確認すると、残高ゼロ。チャージする時間がないことに気づき、切符売り場へと急ぐ。ホームへのエスカレーター横の自動券売機に向かうと、目の前に信じられない光景が広がっていた。
 「なんだよ、これ…」
 そこには長蛇の列ができており、数十人が券売機を使うために並んでいる。普段はこんなに混むことはないのに、今日は何かのイベントがあるのか、学生や観光客が大量にいる。
 「嘘だろ…時間ないのに…」
 裕基は焦りで手汗が滲むのを感じながら、どうするべきか考える。しかし、券売機の列が動く気配はなく、隣の機械も同様の混雑状態だ。早く面接会場に向かわないといけないのに、どうしてこういう時に限って運が悪いのか。
 「どうしよう…遅刻だけは避けないと…」
 その時、スマホが震えた。ひとみからのメッセージだ。
 「おはよう!面接頑張ってね!私は今日、家でエントリーシート書いてるよ。」
 その一文を見て、裕基は少しだけ気が紛れた。ひとみに返信することで、焦りを少しでも和らげようとメッセージを打つ。
 「おはよう。今、駅で切符買おうとしたら、めちゃくちゃ混んでてさ。遅れそうでヤバい…」
 すぐに返信があり、「それ大変だね!近くに他の券売機とかない?」と書かれている。裕基ははっとして、改札の反対側にある券売機を思い出す。
 「そうだ、反対側にもあった!」
 急いで反対側に回り込むと、そこには比較的短い列ができていた。焦りながらも並び直し、少しだけ冷静さを取り戻す。
 「ありがとう、三木さんのおかげで他の券売機に気づけたよ!」
 「よかった!面接、応援してるね!」
 その言葉に背中を押され、裕基はなんとか切符を購入。列が動くたびに足を踏み出し、ようやく自分の番が来た。切符を受け取り、急いで改札を通る。ホームに駆け上がると、ちょうど電車が滑り込んできた。
 「セーフ…」
 息を切らしながら車内に乗り込み、座席に腰を下ろす。心臓の鼓動がまだ速く、息が整うまで少し時間がかかった。窓の外を眺めながら、さっきの騒動を思い返す。
 「危なかった…でも、なんとか間に合った…」
 気持ちが落ち着いたところで、再びスマホを手に取り、ひとみに報告する。
 「なんとか電車に乗れたよ。アドバイスありがとう!」
 すぐに「よかった!石川君なら大丈夫だよ!」と返信が来て、心が少しだけ和らいだ。電車が走り出し、揺れに身を任せながら、もう一度今日の面接内容を確認する。焦っていたせいで、少し頭がぼんやりしているが、ひとみの言葉が妙に力強く感じられる。
 「俺、もっと落ち着かなきゃな…」
 そう思いながらも、やはりひとみの存在が自分を支えていると実感する。彼女がいることで、困難な状況でもなんとか乗り越えられる気がするのだ。普段から冷静さを欠きがちな自分にとって、ひとみの温かさが何よりの支えになっている。
 「今度、ちゃんとお礼しないとな…」
 そう呟きながら、電車の揺れに合わせてリズムを取る。就職活動は続くが、こうして支え合える友人がいることが、どれほど心強いか。困難や不安を共有できる人がいるだけで、乗り越える力が湧いてくる。
 目的の駅に近づき、裕基は再び気を引き締めた。今日の面接も緊張するだろうが、昨日よりも少しだけ自信が持てている。それはひとみが励ましてくれたからだ。電車が停まり、ドアが開くと、春の柔らかな風が吹き込んできた。
 「よし、行こう」
 気合を入れてホームに降り立ち、会場へ向かう道を歩き出す。心の中に、ひとみの応援が響いている。自分が一人ではないと感じることで、踏み出す勇気が自然と湧いてくる。今日はその気持ちを胸に、しっかりと自分をアピールしよう。
 終