その日の午後、面接を終えた裕基は、次の企業説明会へ向かっていた。会場は駅から徒歩5分のはずだったが、初めて行く場所なので不安があった。電車を降りて改札を抜け、駅前のロータリーに出る。スマホで地図アプリを立ち上げ、現在地を確認しながら歩き出す。
「徒歩5分ならすぐだろう…」
そう思いながら、矢印の方向に従って歩き出す。平日の昼下がり、通りを行き交うビジネスマンや学生の群れをかき分けながら、スマホの画面を注視する。しかし、歩けど歩けど目的地の建物が見えてこない。
「おかしいな…ここで曲がるって書いてあるけど」
アプリのナビは「左折」と示しているが、そこには小さな公園があるだけで、ビルらしきものはない。裕基は一旦立ち止まり、公園の入り口にある案内板を確認するが、やはりここではないようだ。
「え、もしかして反対側?」
慌ててスマホを回転させ、もう一度現在地を確認する。すると、なぜか矢印が反対を向いている。どうやら、歩き出す方向を最初から間違えていたようだ。
「マジか…やっぱり、地図苦手だな…」
少し自嘲気味に呟きながら、方向を修正して歩き出す。しかし、再び曲がるポイントで迷い、再度ナビを確認する。すると、またもや矢印がクルクルと回転し、方向が定まらない。
「何なんだよ…もう!」
心の中で焦りが募る。説明会の開始時間が迫っている。裕基は少し歩幅を大きくし、早足で進むが、またもや違う道に入り込んでしまう。スマホの画面を凝視しすぎて、通行人と肩がぶつかり、慌てて謝る。
「すみません…」
その時、スマホが再び震えた。ひとみからのメッセージだ。
「もう会場に着いたよ。石川君、今どこにいる?」
その一文を見て、裕基は自分の情けなさにため息をついた。先に着いているひとみの冷静さが羨ましい。
「迷ってる…スマホのナビがうまくいかなくて」
正直に返信すると、すぐにひとみから電話がかかってきた。
「石川君、大丈夫?どこにいる?」
ひとみの優しい声に、少しだけ安心感が広がる。裕基は自分がいる公園の名前を伝えると、ひとみがクスリと笑ったのがわかった。
「そっか、そこまで来たらあとちょっとだよ。駅から右じゃなくて、左に曲がるのが正解だったの。私も最初間違えそうになったけど、看板が出てたから気づいたんだ」
「マジか…完全に見落としてた」
「大丈夫、私が迎えに行くから、そのまま公園のベンチで待ってて」
電話を切り、裕基は公園のベンチに腰を下ろす。汗が額から流れ落ち、ハンカチで拭いながら一息つく。スマホを握りしめ、冷静になって考えると、ナビにばかり頼って自分で周囲を確認していなかったことに気づいた。
「なんか、全部に頼りすぎてるよな…」
自分の判断力の無さを反省しつつ、緑の多い公園の景色をぼんやりと眺める。少し離れた場所で子供たちが遊んでいる声が響き、穏やかな時間が流れている。そんな中、ひとみが軽く走りながらやってきた。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、助かったよ。ありがとう」
ひとみは息を整えながら微笑む。裕基はその笑顔に少し安堵し、自然と力が抜けた。
「地図アプリ、苦手なんだね」
「うん、方向音痴なんだよな。三木さん、よく迷わず来れたね」
「実は、最初に間違えたから、すぐに看板を確認したの。石川君が来る前に気づけてよかった」
ひとみが少し照れくさそうに言い、裕基は苦笑する。自分だけが失敗していると思っていたが、ひとみも同じように迷いかけたのだ。それを知ると、なんとなく救われた気がした。
「じゃあ、案内してもらっていいかな?」
「もちろん!一緒に行こう」
二人は並んで歩き出し、ひとみの指示に従って進むと、あっという間に目的地のビルが見えてきた。裕基はその距離の近さに驚き、少し拍子抜けしてしまった。
「ほんと、すぐそこだったんだな…」
「地図アプリって、たまに方向感覚狂うよね。でも、大丈夫。私も一緒だから」
その言葉に、裕基の心がふわりと軽くなる。方向を見失った時、誰かが導いてくれるだけで、こんなにも安心できるものなのか。これからも迷った時には、こうして誰かと一緒に考えていけばいいのかもしれない。そんなことを思いながら、裕基はビルのエントランスを見上げ、深呼吸をした。
「よし、次は絶対に迷わないようにしよう」
ひとみと笑い合いながら、二人は説明会の受付へと向かった。歩きながら、裕基はもう一度スマホを確認し、ナビに頼りすぎないよう気をつけると心に誓った。
終
「徒歩5分ならすぐだろう…」
そう思いながら、矢印の方向に従って歩き出す。平日の昼下がり、通りを行き交うビジネスマンや学生の群れをかき分けながら、スマホの画面を注視する。しかし、歩けど歩けど目的地の建物が見えてこない。
「おかしいな…ここで曲がるって書いてあるけど」
アプリのナビは「左折」と示しているが、そこには小さな公園があるだけで、ビルらしきものはない。裕基は一旦立ち止まり、公園の入り口にある案内板を確認するが、やはりここではないようだ。
「え、もしかして反対側?」
慌ててスマホを回転させ、もう一度現在地を確認する。すると、なぜか矢印が反対を向いている。どうやら、歩き出す方向を最初から間違えていたようだ。
「マジか…やっぱり、地図苦手だな…」
少し自嘲気味に呟きながら、方向を修正して歩き出す。しかし、再び曲がるポイントで迷い、再度ナビを確認する。すると、またもや矢印がクルクルと回転し、方向が定まらない。
「何なんだよ…もう!」
心の中で焦りが募る。説明会の開始時間が迫っている。裕基は少し歩幅を大きくし、早足で進むが、またもや違う道に入り込んでしまう。スマホの画面を凝視しすぎて、通行人と肩がぶつかり、慌てて謝る。
「すみません…」
その時、スマホが再び震えた。ひとみからのメッセージだ。
「もう会場に着いたよ。石川君、今どこにいる?」
その一文を見て、裕基は自分の情けなさにため息をついた。先に着いているひとみの冷静さが羨ましい。
「迷ってる…スマホのナビがうまくいかなくて」
正直に返信すると、すぐにひとみから電話がかかってきた。
「石川君、大丈夫?どこにいる?」
ひとみの優しい声に、少しだけ安心感が広がる。裕基は自分がいる公園の名前を伝えると、ひとみがクスリと笑ったのがわかった。
「そっか、そこまで来たらあとちょっとだよ。駅から右じゃなくて、左に曲がるのが正解だったの。私も最初間違えそうになったけど、看板が出てたから気づいたんだ」
「マジか…完全に見落としてた」
「大丈夫、私が迎えに行くから、そのまま公園のベンチで待ってて」
電話を切り、裕基は公園のベンチに腰を下ろす。汗が額から流れ落ち、ハンカチで拭いながら一息つく。スマホを握りしめ、冷静になって考えると、ナビにばかり頼って自分で周囲を確認していなかったことに気づいた。
「なんか、全部に頼りすぎてるよな…」
自分の判断力の無さを反省しつつ、緑の多い公園の景色をぼんやりと眺める。少し離れた場所で子供たちが遊んでいる声が響き、穏やかな時間が流れている。そんな中、ひとみが軽く走りながらやってきた。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、助かったよ。ありがとう」
ひとみは息を整えながら微笑む。裕基はその笑顔に少し安堵し、自然と力が抜けた。
「地図アプリ、苦手なんだね」
「うん、方向音痴なんだよな。三木さん、よく迷わず来れたね」
「実は、最初に間違えたから、すぐに看板を確認したの。石川君が来る前に気づけてよかった」
ひとみが少し照れくさそうに言い、裕基は苦笑する。自分だけが失敗していると思っていたが、ひとみも同じように迷いかけたのだ。それを知ると、なんとなく救われた気がした。
「じゃあ、案内してもらっていいかな?」
「もちろん!一緒に行こう」
二人は並んで歩き出し、ひとみの指示に従って進むと、あっという間に目的地のビルが見えてきた。裕基はその距離の近さに驚き、少し拍子抜けしてしまった。
「ほんと、すぐそこだったんだな…」
「地図アプリって、たまに方向感覚狂うよね。でも、大丈夫。私も一緒だから」
その言葉に、裕基の心がふわりと軽くなる。方向を見失った時、誰かが導いてくれるだけで、こんなにも安心できるものなのか。これからも迷った時には、こうして誰かと一緒に考えていけばいいのかもしれない。そんなことを思いながら、裕基はビルのエントランスを見上げ、深呼吸をした。
「よし、次は絶対に迷わないようにしよう」
ひとみと笑い合いながら、二人は説明会の受付へと向かった。歩きながら、裕基はもう一度スマホを確認し、ナビに頼りすぎないよう気をつけると心に誓った。
終



