朝食や洗濯など、一通りの家事を済ませた俺は、早速宝珠灯工房に足を運ぶと、普段使用している宝珠灯を一通り灯した後、工房全体を見渡した。
リオーネに、少しでも形見を長く持たせておいてあげたい。
そう思ったからこそ、本来の魂灯制作の順序と異なるやり方でいこうと思っているけれど、本当に大丈夫だろうか?
俺は、そんな一抹の不安を拭えずにいた。
使う燃料で炎の色が違う炎灯や宝珠灯は、最初から使う燃料に合わせて本体を制作するのが一般的。
でも、魂灯はそうはいかない。
何故なら、素にする物に込もっている魂の内容や強さで、炎の色や強さが大きく変わってしまうからだ。
しかも、どんな魂砂になるかは錬成し終えるまでわからない。
だからこそ、先にその作業を進めるのが本来の流れなんだけど、今回俺は、先に本体を準備する事を決めた。
理由の半分は、彼女が形見と別れるまでの時間を与えるため。でも、残りの半分は、未だ俺が魂灯を創るのを迷っていたから。
情けないけど、寝る時に考えていた不安に対する答えは、未だに出せていない。
リオーネを哀しませるかもしれない魂灯を創っていいのか。今もずっとそんな迷いを抱えたまま。
こんな理由で及び腰になっているって知ったら、きっと師匠は呆れるだろうな。
──「あんた、それで本当に、魂灯職人としてやってけるのかい?」
肩を竦め、そんな事を言いながら。
コンコンコン
「はい」
「リオーネです」
おっと。もう戻ってきたのか。
流石にこんな自信なさげな顔、彼女に見せるわけにはいかないよな。
座ったまま無理矢理笑顔を作り顔をほぐすと、その場ですっと立ち上がる。
「入っていいですよ」
「失礼します」
カチャリという音と共に開いた扉に向き直ると、片手に大きめの旅行鞄を、もう片手に炎灯を手にしたリオーネの姿が見えた。
少し息があがり額に汗が滲んでいる。坂道をこれだけの鞄を持って歩くのは、流石にしんどかったか。
俺は彼女に笑顔を向けると、服のポケットから鍵を探りながら歩み寄る。
「どうでしたか? トルネおばさんの作った朝食は」
「はい。凄く美味しかったです」
「それは良かったです。じゃあ、家に行きましょう。荷物を持ちますよ」
「そ、そんな。これくらい大丈夫ですから」
さらりとそう言いながら、彼女の鞄に手を伸ばすと、慌ててリオーネが首を振った。
ほんと、彼女は真面目だな。
「少し汗を掻いてるじゃないですか。それだけの荷物を持って丘を登るのは、かなり大変だったでしょう?」
「そ、それは、その……そうですけど」
「俺もここに住んで長いんで、それくらいわかります。だから、少しくらい楽をしてください。家までなんて、大した距離じゃないですが」
受け入れてもらいやすいよう落ち着いた口調で話すと、一度視線を逸らし戸惑いを見せた彼女が、ちらりとこっちの様子を伺ってくる。
ただ、昨日の仕事の話で、俺が折れない姿勢を見せていたのもあるんだろうか。
「……じゃあ、お願いします」
観念したリオーネは、申し訳無さそうにペコリと頭を下げてくる。
「はい。じゃあ、行きましょう」
笑顔を崩さず彼女から鞄を預かった後、俺は外に出て家の鍵を開けると、そのまま先導して客間に入り、ベッドの側に鞄を置いた。
「わざわざすいません」
「いいですよ。朝からお疲れでしょうし、こちらで自由に寛いでてください。何か口にしたければ、キッチンにある物を飲み食いしていただいても大丈夫ですんで。それじゃ、失礼します」
部屋に入ってきたリオーネにそう伝え、俺はそのまま部屋を出ようとしたんだけど。
「あ、あの……」
彼女が背後から、おずおずとした口調で俺を呼び止めた。
なんだ? 落ち着いたら部屋の掃除でもしたいとか言うんだろうか?
そんな事を考えながら、俺はリオーネに振り返る。
「どうかしました?」
「あ、その。ちょっと、お願いがあるんですが」
「何でしょうか?」
「え、えっと、その……」
振り返った俺と目が合ったリオーネは、少し言葉を濁し目を逸らす。
家の家事をしたいって程度の話じゃ、こんな反応にはならない気がする。
じゃあ、一体何の話をしたいんだ?
俺が首を傾げると、意を決した彼女が、両手をぎゅっと握り、こう言ってきた。
「もし、差し支えなければなんですが。セルリックさんの仕事を、見させていただくことはできませんか?」
「仕事って、魂灯を創る所をですか?」
「は、はい。その、できる限り、お邪魔にならないようにしますんで」
不安そうに、上目遣いで俺を見てくるリオーネ。
仕事っぷりを見たい、か。どうするかな……。
俺は顎に手をやり少し考え込む。
別に、仕事を見られて恥ずかしいなんて感情はない。
実際の整備や修理なんかでも、街の人の前で作業する機会は普通にあったしな。
今回創るのは魂灯だから、流石に仕事のすべてを見せるってわけにはいかない。
とはいえ、魂砂の錬成は素質や特殊な術が必要だから、見られたからって技術を盗めるような物でもないし。それ以外は炎灯や宝珠灯を制作するのとそれほど大差ない。
リオーネがここで寝泊まりして家事の手伝いをするにしたって、やれる事はたかが知れているし、彼女が暇を持て余す可能性は十分ある。
なにより、この先父親の形見を失うんだ。それまでの工程を目に焼き付けたい。そんな気持ちがあるのかもしれないよな。
過去に師匠が仕事を受けていた時、同じような話を受けて、約束の呪詛を掛けしっかり口止めする環境を整えた上で、一部の工程の立ち会いを許可していた。
リオーネに約束の呪詛をしない。その決断を変えるつもりはない。
万が一、彼女が誰かにこういった話をしないとは限らないけど……ま、いいか。信じたんだしな。
俺は笑顔を浮かべながら、リオーネにこう答えた。
「そうですね。全部とはいきませんけど、可能な範囲であれば」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。それでもよければ」
「ありがとうございます!」
表情が一気に明るくなるリオーネを見て、俺は胸がズキリと痛んだ。
失敗した時の話を伝えてはあるものの、彼女は既にその覚悟を決め、魂灯制作に向き合っている。
それなのに、未だ決心が固まっていない自分が、酷く情けなく感じる。
……ったく。セルリック。しっかりしろ。
彼女だって決心してるんだぞ。仕事を受けた俺が、ちゃんと覚悟を決めなくってどうする。
「……どうしたんですか?」
お礼の言葉に沈黙をしていた俺を不思議に思ったのか。
首を傾げたリオーネが声を掛けてくる。
──「セルリック。あんた、逃げるのかい?」
そんな彼女を見て何故か頭に過ったのは、挑発的な師匠の笑み。
……そうだよな。今更逃げられなんてしない。だったら、はっきりと口にしろ。
少しでも決心を固められるように。
「リオーネさん」
「は、はい」
真剣な顔をした俺に、何かを感じたのか。
緊張しながらも、リオーネが表情を引き締める。
「あの、この先作業するにあたって、先にお伝えしておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
「早ければ、明日午後にはリオーネさんから形見を預かって、魂砂の錬成をする予定です。それまでに、形見を手放す覚悟をしておいてください」
「……はい。よろしくお願いします」
……よろしくお願いします、か。
目を逸らさず、リオーネがしっかりと口にした言葉に、俺は笑みを浮かべ頷いた。
この言葉こそ、彼女が既に覚悟を決めている証。
……ほんと。依頼を受けた職人の方が日和ってるとか。リオーネのほうが、よっぽど魂灯職人の素質がありそうだ。
とはいえ、これで俺も逃げられはしない。
だからこそ、まずはしっかりと向き合って仕事をしないとな。
「お話は以上です。それじゃ、工房でお待ちしてますので、一息吐いて落ち着いてから──」
「大丈夫です! すぐに行きましょう!」
さっきまでの態度から一変。リオーネが胸の前で両手に拳を作り、はっきりとやる気を見せる。
うーん。まあ、本人がいいって言うなら、別に休まなくってもいいとは思うけど。創る側より気合いが入ってるのはどうなんだ? ま、いいけど。
あまりに気持ちの入っている彼女を見ながら、俺は思わず肩を竦めた。
リオーネに、少しでも形見を長く持たせておいてあげたい。
そう思ったからこそ、本来の魂灯制作の順序と異なるやり方でいこうと思っているけれど、本当に大丈夫だろうか?
俺は、そんな一抹の不安を拭えずにいた。
使う燃料で炎の色が違う炎灯や宝珠灯は、最初から使う燃料に合わせて本体を制作するのが一般的。
でも、魂灯はそうはいかない。
何故なら、素にする物に込もっている魂の内容や強さで、炎の色や強さが大きく変わってしまうからだ。
しかも、どんな魂砂になるかは錬成し終えるまでわからない。
だからこそ、先にその作業を進めるのが本来の流れなんだけど、今回俺は、先に本体を準備する事を決めた。
理由の半分は、彼女が形見と別れるまでの時間を与えるため。でも、残りの半分は、未だ俺が魂灯を創るのを迷っていたから。
情けないけど、寝る時に考えていた不安に対する答えは、未だに出せていない。
リオーネを哀しませるかもしれない魂灯を創っていいのか。今もずっとそんな迷いを抱えたまま。
こんな理由で及び腰になっているって知ったら、きっと師匠は呆れるだろうな。
──「あんた、それで本当に、魂灯職人としてやってけるのかい?」
肩を竦め、そんな事を言いながら。
コンコンコン
「はい」
「リオーネです」
おっと。もう戻ってきたのか。
流石にこんな自信なさげな顔、彼女に見せるわけにはいかないよな。
座ったまま無理矢理笑顔を作り顔をほぐすと、その場ですっと立ち上がる。
「入っていいですよ」
「失礼します」
カチャリという音と共に開いた扉に向き直ると、片手に大きめの旅行鞄を、もう片手に炎灯を手にしたリオーネの姿が見えた。
少し息があがり額に汗が滲んでいる。坂道をこれだけの鞄を持って歩くのは、流石にしんどかったか。
俺は彼女に笑顔を向けると、服のポケットから鍵を探りながら歩み寄る。
「どうでしたか? トルネおばさんの作った朝食は」
「はい。凄く美味しかったです」
「それは良かったです。じゃあ、家に行きましょう。荷物を持ちますよ」
「そ、そんな。これくらい大丈夫ですから」
さらりとそう言いながら、彼女の鞄に手を伸ばすと、慌ててリオーネが首を振った。
ほんと、彼女は真面目だな。
「少し汗を掻いてるじゃないですか。それだけの荷物を持って丘を登るのは、かなり大変だったでしょう?」
「そ、それは、その……そうですけど」
「俺もここに住んで長いんで、それくらいわかります。だから、少しくらい楽をしてください。家までなんて、大した距離じゃないですが」
受け入れてもらいやすいよう落ち着いた口調で話すと、一度視線を逸らし戸惑いを見せた彼女が、ちらりとこっちの様子を伺ってくる。
ただ、昨日の仕事の話で、俺が折れない姿勢を見せていたのもあるんだろうか。
「……じゃあ、お願いします」
観念したリオーネは、申し訳無さそうにペコリと頭を下げてくる。
「はい。じゃあ、行きましょう」
笑顔を崩さず彼女から鞄を預かった後、俺は外に出て家の鍵を開けると、そのまま先導して客間に入り、ベッドの側に鞄を置いた。
「わざわざすいません」
「いいですよ。朝からお疲れでしょうし、こちらで自由に寛いでてください。何か口にしたければ、キッチンにある物を飲み食いしていただいても大丈夫ですんで。それじゃ、失礼します」
部屋に入ってきたリオーネにそう伝え、俺はそのまま部屋を出ようとしたんだけど。
「あ、あの……」
彼女が背後から、おずおずとした口調で俺を呼び止めた。
なんだ? 落ち着いたら部屋の掃除でもしたいとか言うんだろうか?
そんな事を考えながら、俺はリオーネに振り返る。
「どうかしました?」
「あ、その。ちょっと、お願いがあるんですが」
「何でしょうか?」
「え、えっと、その……」
振り返った俺と目が合ったリオーネは、少し言葉を濁し目を逸らす。
家の家事をしたいって程度の話じゃ、こんな反応にはならない気がする。
じゃあ、一体何の話をしたいんだ?
俺が首を傾げると、意を決した彼女が、両手をぎゅっと握り、こう言ってきた。
「もし、差し支えなければなんですが。セルリックさんの仕事を、見させていただくことはできませんか?」
「仕事って、魂灯を創る所をですか?」
「は、はい。その、できる限り、お邪魔にならないようにしますんで」
不安そうに、上目遣いで俺を見てくるリオーネ。
仕事っぷりを見たい、か。どうするかな……。
俺は顎に手をやり少し考え込む。
別に、仕事を見られて恥ずかしいなんて感情はない。
実際の整備や修理なんかでも、街の人の前で作業する機会は普通にあったしな。
今回創るのは魂灯だから、流石に仕事のすべてを見せるってわけにはいかない。
とはいえ、魂砂の錬成は素質や特殊な術が必要だから、見られたからって技術を盗めるような物でもないし。それ以外は炎灯や宝珠灯を制作するのとそれほど大差ない。
リオーネがここで寝泊まりして家事の手伝いをするにしたって、やれる事はたかが知れているし、彼女が暇を持て余す可能性は十分ある。
なにより、この先父親の形見を失うんだ。それまでの工程を目に焼き付けたい。そんな気持ちがあるのかもしれないよな。
過去に師匠が仕事を受けていた時、同じような話を受けて、約束の呪詛を掛けしっかり口止めする環境を整えた上で、一部の工程の立ち会いを許可していた。
リオーネに約束の呪詛をしない。その決断を変えるつもりはない。
万が一、彼女が誰かにこういった話をしないとは限らないけど……ま、いいか。信じたんだしな。
俺は笑顔を浮かべながら、リオーネにこう答えた。
「そうですね。全部とはいきませんけど、可能な範囲であれば」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。それでもよければ」
「ありがとうございます!」
表情が一気に明るくなるリオーネを見て、俺は胸がズキリと痛んだ。
失敗した時の話を伝えてはあるものの、彼女は既にその覚悟を決め、魂灯制作に向き合っている。
それなのに、未だ決心が固まっていない自分が、酷く情けなく感じる。
……ったく。セルリック。しっかりしろ。
彼女だって決心してるんだぞ。仕事を受けた俺が、ちゃんと覚悟を決めなくってどうする。
「……どうしたんですか?」
お礼の言葉に沈黙をしていた俺を不思議に思ったのか。
首を傾げたリオーネが声を掛けてくる。
──「セルリック。あんた、逃げるのかい?」
そんな彼女を見て何故か頭に過ったのは、挑発的な師匠の笑み。
……そうだよな。今更逃げられなんてしない。だったら、はっきりと口にしろ。
少しでも決心を固められるように。
「リオーネさん」
「は、はい」
真剣な顔をした俺に、何かを感じたのか。
緊張しながらも、リオーネが表情を引き締める。
「あの、この先作業するにあたって、先にお伝えしておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
「早ければ、明日午後にはリオーネさんから形見を預かって、魂砂の錬成をする予定です。それまでに、形見を手放す覚悟をしておいてください」
「……はい。よろしくお願いします」
……よろしくお願いします、か。
目を逸らさず、リオーネがしっかりと口にした言葉に、俺は笑みを浮かべ頷いた。
この言葉こそ、彼女が既に覚悟を決めている証。
……ほんと。依頼を受けた職人の方が日和ってるとか。リオーネのほうが、よっぽど魂灯職人の素質がありそうだ。
とはいえ、これで俺も逃げられはしない。
だからこそ、まずはしっかりと向き合って仕事をしないとな。
「お話は以上です。それじゃ、工房でお待ちしてますので、一息吐いて落ち着いてから──」
「大丈夫です! すぐに行きましょう!」
さっきまでの態度から一変。リオーネが胸の前で両手に拳を作り、はっきりとやる気を見せる。
うーん。まあ、本人がいいって言うなら、別に休まなくってもいいとは思うけど。創る側より気合いが入ってるのはどうなんだ? ま、いいけど。
あまりに気持ちの入っている彼女を見ながら、俺は思わず肩を竦めた。


