「リオーネさんも察していると思いますが、俺が魂灯を創れるか否かでいえば、創る事はできます」
「ほ、本当ですか?」
明るくなったリオーネに、俺は表情を変えずに小さく頷いた。
「ただし、魂灯制作を引き受けるには、幾つか条件があります」
「……きっと、お金の話ですよね?」
一番の心配事だったのか。
リオーネがおずおずとそう聞いてきたけど、俺が首を横に振ると彼女は少し驚いた顔をする。
「え? 違うんですか? 魂灯って、凄く希少で高価だって聞きましたけど」
「ええ。それは間違いないです」
「じゃあ、その……もしかして、お受けしてもらえないんでしょうか?」
だんだん弱気になっていくリオーネに、俺は少し苦笑いしながら再び首を横に振った。
ほんと。素直でいい子だと思うんだけど、早とちりが過ぎる。
ここまでの会話で断られる要素なんて、どこにもなかったと思うんだけど。
「そういうわけじゃないんですが。まずは話を聞いてもらえますか?」
「は、はい。わ、わかりました」
愚痴っぽくなった気持ちを愛想笑いでごまかした俺は、表情を引き締め直し、条件について話し始めた。
「まず、お恥ずかしい話ですが。俺はまだ修行中の身なので、今まで仕事として魂灯制作を請け負ったことがないんです。そんな相手に仕事を依頼する覚悟はありますか?」
「はい。お創りいただけるのなら構いません」
あまりにさらりと受け入れたリオーネに、俺はちょっと驚いた。
普通に考えて、お金をかけて依頼する相手に初仕事だなんて言われたら、絶対気後れするだろうと思っていたからだ。
まあ、彼女がいいならいいか。
次の話に移ろう。
「わかりました。次に、以前お話しした通り、魂灯を創るには魂が篭っている物が必要ですが、それは手元に戻ってこないと思ってください」
「どんな結果になったとしても、ですか?」
「はい。素にする物……今回であれば、先程の形見を代償に創るのが魂灯なので。だから、成功しても失敗しても、形見は手元に残らない。それだけの覚悟をしてください」
思ったより厳しく感じたのか。リオーネの目に迷いが浮かぶ。
実の所、厳しい言葉を掛けはしたけど、失敗する一番の要因はこの魂砂を精製する工程だ。
とはいえ、魂砂をただ精製するだけならそれほど難しいことはないし、俺も失敗することはないと思っている。
ただ、それでも俺は万が一の保険を掛けた。
最悪の場合、失敗したことにした方がいい。そんな気持ちもあったから。
リオーネがすっと目を閉じると、右手で胸元にあるであろうペンダントを、服越しにぎゅっと掴む。
……まるで祈ってるみたいだな。
そんな気持ちを覚えながら、何も言わず見守っていると、彼女がゆっくりと目を開く。
「……はい」
覚悟を決めた、力強い瞳。
そこまでしっかり答えられるなら、きっと大丈夫だな。
リオーネの気持ちに応えるべく、俺もしっかりと頷いた。
「ありがとうございます。あと、成功失敗を問わず、魂灯については絶対に他人に公言しないでください。師匠や俺が魂灯職人であることも、リオーネさんが魂灯を創ってもらったという事実も。勿論、無事完成した物が魂灯である事も」
「わかりました」
この条件には、リオーネも素直に返事をする。
師匠から言われていたかはわからないけど、事前に心構えができていたのかもしれない。
ちなみに、俺も約束の呪詛を使えるし、それを彼女に掛ける事もできたけど、それは考えないことにした。
理由は、何となく素直で真面目なリオーネ相手に、そこまでは不要かなって思ったのがひとつ。
もうひとつは、師匠がきっかけとはいえ、自分の意志で受ける初仕事だからこそ、依頼人である彼女には覚えておいてもらいたいなって思ったからだ。
「それで、最後にお金のお話ですが」
「はい。その……お幾らくらいするんでしょうか?」
流石にこの話には、リオーネも露骨に不安そうな顔を見せた。
実の所、師匠の仕事でしか価格を知らないから、俺も魂灯の世間的な相場はわからない。
ただ、師匠が過去に依頼を受けた時の価格は、決して安くはなかった。
相手にもよったけれど、安くても百金貨を軽く超え、高い時には四桁に届きそうなくらいの値段をつけていた記憶もある。
とはいえ、流石に一般的な家庭に生まれたであろうリオーネが、そこまでの大金を用意できるとは思えない。
それに俺にとっても初仕事なんだ。実績のひとつもない職人相手に、大金を出してもらうのもおかしな話。
まあ、金額に固執はないけど、まずは彼女の予算をきちっと確認して、そこから判断するのが無難だろう。
「お話する前に、失礼なお話を伺いますが。今回、どれくらいのお金を用意してきていますか?」
不躾な質問と思いつつそう尋ねると、リオーネは俯いたまま、様子を伺うようにちらちらとこっちを見てくる。
「えっと……その……帰りの旅費を除いて、三金貨くらいですが……」
……え? 帰りの旅費を除いて三金貨?
何となく嫌な予感がした俺は、続けざまに質問を重ねた。
「ちなみに、滞在費はお幾らくらいあるんですか?」
「え、えっと。きっとできあがるまで四、五日くらいかなと思っていたので、その三金貨から出そうとしてました」
しゅ、宿泊費込みで三金貨って……。
それを聞いた瞬間、俺は頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑えた。
いや。その手持ちじゃ、魂灯を創る以前に破綻してるだろ。
一金貨は百銀貨。
確かトルネさんの宿代って、三食食事付きで一日二十銀貨だったよな。
俺や師匠がきちんと宝珠灯や魂灯を創ったとしたら、大体二十日は掛かる。つまり、滞在するだけで四金貨は要るんだけど……。
「あの、ちょっと言いにくいんですが。それだと滞在費だけで赤字です」
「え? そうなんですか!?」
「はい。普段通りに魂灯を創るとしたら、二十日は掛かりますし」
「そんなに!?」
目を見開いたリオーネの顔色がみるみる悪くなり、表情が暗くなる。
まあそうもなるよな。この時点で、彼女は俺に仕事を依頼できるだけのお金を持ち合わせてないって事になるわけで。
俯き落ち込むリオーネを見て、俺もちょっと胸が痛む。
とはいえ、宝珠灯制作ならともかく、流石に魂灯を創る仕事でタダ働きってわけいにもいかない。
うーん……。
一応日数に関しては短縮する術もあるし、そこはどうにかできそうだけど、実はもうひとつ懸念がある。せめてそっちは予想が外れてくれたらいいんだけど……。
痛々しいくらい落ち込んでいる彼女相手に、こんな事を聞くのはどうかと思う。けど、俺は心に魔物を宿し聞いてみた。
「リオーネさん」
「……はい……」
「ここまで聞いてしまったので、包み隠さず話してください。もし魂灯を創り、旅費を含めてすべてのお金を使ったとして、故郷に戻った後に生活するお金は残っていますか?」
「……その……ごめんなさい」
……やっぱりこの子、世間知らずじゃないか。
ついに耐えきれなくなった俺は、大きなため息と共に頭を抱えた。
といっても、落胆した理由の半分はリオーネだけど、もう半分は違う。
師匠。これを知ってて俺に仕事を回しただろ……。
頭に浮かんだのは、あの人のしてやったりの笑み。
だから『人の良い工房主がいる』とか言って、リオーネをここに向かわせたのか。やっと合点がいった。
──「いいかい? 宝珠灯職人としてなら、タダ働きだろうが好きにしな。だけど、魂灯職人としては誇りを捨てちゃ駄目だ。少しでもいい。絶対に対価となる金は取りな」
昔、俺にそう言っていた師匠。
どう考えたって、今回の話は完全に矛盾してるだろうが。ったく……。
「はぁ……」
思わず吐《つ》いたため息が、綺麗にリオーネのものと重なる。
はっとした俺達は、思わず目を合わせた。
願いが叶わない事に気落ちした彼女は、また目に涙を溜めている。
その痛々しさは、今までで一番酷い。
リセッタがたまに料理作りでやらかしてこんな顔をしてたけど、それを見た時に感じた気持ちも重なって、正直きついったりゃありゃしない。
本当なら、魂灯を手にするなんてリオーネには不相応。
絶対に断るべき依頼なんだけど……ったく。仕方ない。
「わかりました。じゃあ、追加で条件を出します」
頭をガシガシと掻きそう前置きをすると、俺は彼女の返事も待たずに話を始めた。
「ほ、本当ですか?」
明るくなったリオーネに、俺は表情を変えずに小さく頷いた。
「ただし、魂灯制作を引き受けるには、幾つか条件があります」
「……きっと、お金の話ですよね?」
一番の心配事だったのか。
リオーネがおずおずとそう聞いてきたけど、俺が首を横に振ると彼女は少し驚いた顔をする。
「え? 違うんですか? 魂灯って、凄く希少で高価だって聞きましたけど」
「ええ。それは間違いないです」
「じゃあ、その……もしかして、お受けしてもらえないんでしょうか?」
だんだん弱気になっていくリオーネに、俺は少し苦笑いしながら再び首を横に振った。
ほんと。素直でいい子だと思うんだけど、早とちりが過ぎる。
ここまでの会話で断られる要素なんて、どこにもなかったと思うんだけど。
「そういうわけじゃないんですが。まずは話を聞いてもらえますか?」
「は、はい。わ、わかりました」
愚痴っぽくなった気持ちを愛想笑いでごまかした俺は、表情を引き締め直し、条件について話し始めた。
「まず、お恥ずかしい話ですが。俺はまだ修行中の身なので、今まで仕事として魂灯制作を請け負ったことがないんです。そんな相手に仕事を依頼する覚悟はありますか?」
「はい。お創りいただけるのなら構いません」
あまりにさらりと受け入れたリオーネに、俺はちょっと驚いた。
普通に考えて、お金をかけて依頼する相手に初仕事だなんて言われたら、絶対気後れするだろうと思っていたからだ。
まあ、彼女がいいならいいか。
次の話に移ろう。
「わかりました。次に、以前お話しした通り、魂灯を創るには魂が篭っている物が必要ですが、それは手元に戻ってこないと思ってください」
「どんな結果になったとしても、ですか?」
「はい。素にする物……今回であれば、先程の形見を代償に創るのが魂灯なので。だから、成功しても失敗しても、形見は手元に残らない。それだけの覚悟をしてください」
思ったより厳しく感じたのか。リオーネの目に迷いが浮かぶ。
実の所、厳しい言葉を掛けはしたけど、失敗する一番の要因はこの魂砂を精製する工程だ。
とはいえ、魂砂をただ精製するだけならそれほど難しいことはないし、俺も失敗することはないと思っている。
ただ、それでも俺は万が一の保険を掛けた。
最悪の場合、失敗したことにした方がいい。そんな気持ちもあったから。
リオーネがすっと目を閉じると、右手で胸元にあるであろうペンダントを、服越しにぎゅっと掴む。
……まるで祈ってるみたいだな。
そんな気持ちを覚えながら、何も言わず見守っていると、彼女がゆっくりと目を開く。
「……はい」
覚悟を決めた、力強い瞳。
そこまでしっかり答えられるなら、きっと大丈夫だな。
リオーネの気持ちに応えるべく、俺もしっかりと頷いた。
「ありがとうございます。あと、成功失敗を問わず、魂灯については絶対に他人に公言しないでください。師匠や俺が魂灯職人であることも、リオーネさんが魂灯を創ってもらったという事実も。勿論、無事完成した物が魂灯である事も」
「わかりました」
この条件には、リオーネも素直に返事をする。
師匠から言われていたかはわからないけど、事前に心構えができていたのかもしれない。
ちなみに、俺も約束の呪詛を使えるし、それを彼女に掛ける事もできたけど、それは考えないことにした。
理由は、何となく素直で真面目なリオーネ相手に、そこまでは不要かなって思ったのがひとつ。
もうひとつは、師匠がきっかけとはいえ、自分の意志で受ける初仕事だからこそ、依頼人である彼女には覚えておいてもらいたいなって思ったからだ。
「それで、最後にお金のお話ですが」
「はい。その……お幾らくらいするんでしょうか?」
流石にこの話には、リオーネも露骨に不安そうな顔を見せた。
実の所、師匠の仕事でしか価格を知らないから、俺も魂灯の世間的な相場はわからない。
ただ、師匠が過去に依頼を受けた時の価格は、決して安くはなかった。
相手にもよったけれど、安くても百金貨を軽く超え、高い時には四桁に届きそうなくらいの値段をつけていた記憶もある。
とはいえ、流石に一般的な家庭に生まれたであろうリオーネが、そこまでの大金を用意できるとは思えない。
それに俺にとっても初仕事なんだ。実績のひとつもない職人相手に、大金を出してもらうのもおかしな話。
まあ、金額に固執はないけど、まずは彼女の予算をきちっと確認して、そこから判断するのが無難だろう。
「お話する前に、失礼なお話を伺いますが。今回、どれくらいのお金を用意してきていますか?」
不躾な質問と思いつつそう尋ねると、リオーネは俯いたまま、様子を伺うようにちらちらとこっちを見てくる。
「えっと……その……帰りの旅費を除いて、三金貨くらいですが……」
……え? 帰りの旅費を除いて三金貨?
何となく嫌な予感がした俺は、続けざまに質問を重ねた。
「ちなみに、滞在費はお幾らくらいあるんですか?」
「え、えっと。きっとできあがるまで四、五日くらいかなと思っていたので、その三金貨から出そうとしてました」
しゅ、宿泊費込みで三金貨って……。
それを聞いた瞬間、俺は頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑えた。
いや。その手持ちじゃ、魂灯を創る以前に破綻してるだろ。
一金貨は百銀貨。
確かトルネさんの宿代って、三食食事付きで一日二十銀貨だったよな。
俺や師匠がきちんと宝珠灯や魂灯を創ったとしたら、大体二十日は掛かる。つまり、滞在するだけで四金貨は要るんだけど……。
「あの、ちょっと言いにくいんですが。それだと滞在費だけで赤字です」
「え? そうなんですか!?」
「はい。普段通りに魂灯を創るとしたら、二十日は掛かりますし」
「そんなに!?」
目を見開いたリオーネの顔色がみるみる悪くなり、表情が暗くなる。
まあそうもなるよな。この時点で、彼女は俺に仕事を依頼できるだけのお金を持ち合わせてないって事になるわけで。
俯き落ち込むリオーネを見て、俺もちょっと胸が痛む。
とはいえ、宝珠灯制作ならともかく、流石に魂灯を創る仕事でタダ働きってわけいにもいかない。
うーん……。
一応日数に関しては短縮する術もあるし、そこはどうにかできそうだけど、実はもうひとつ懸念がある。せめてそっちは予想が外れてくれたらいいんだけど……。
痛々しいくらい落ち込んでいる彼女相手に、こんな事を聞くのはどうかと思う。けど、俺は心に魔物を宿し聞いてみた。
「リオーネさん」
「……はい……」
「ここまで聞いてしまったので、包み隠さず話してください。もし魂灯を創り、旅費を含めてすべてのお金を使ったとして、故郷に戻った後に生活するお金は残っていますか?」
「……その……ごめんなさい」
……やっぱりこの子、世間知らずじゃないか。
ついに耐えきれなくなった俺は、大きなため息と共に頭を抱えた。
といっても、落胆した理由の半分はリオーネだけど、もう半分は違う。
師匠。これを知ってて俺に仕事を回しただろ……。
頭に浮かんだのは、あの人のしてやったりの笑み。
だから『人の良い工房主がいる』とか言って、リオーネをここに向かわせたのか。やっと合点がいった。
──「いいかい? 宝珠灯職人としてなら、タダ働きだろうが好きにしな。だけど、魂灯職人としては誇りを捨てちゃ駄目だ。少しでもいい。絶対に対価となる金は取りな」
昔、俺にそう言っていた師匠。
どう考えたって、今回の話は完全に矛盾してるだろうが。ったく……。
「はぁ……」
思わず吐《つ》いたため息が、綺麗にリオーネのものと重なる。
はっとした俺達は、思わず目を合わせた。
願いが叶わない事に気落ちした彼女は、また目に涙を溜めている。
その痛々しさは、今までで一番酷い。
リセッタがたまに料理作りでやらかしてこんな顔をしてたけど、それを見た時に感じた気持ちも重なって、正直きついったりゃありゃしない。
本当なら、魂灯を手にするなんてリオーネには不相応。
絶対に断るべき依頼なんだけど……ったく。仕方ない。
「わかりました。じゃあ、追加で条件を出します」
頭をガシガシと掻きそう前置きをすると、俺は彼女の返事も待たずに話を始めた。


