お昼過ぎ。
 あたしは照陽(シャインズサン)に照らされながら、気分転換に王都を散歩していた。

 馬車や人の行き来。整った街並み。
 レトの町なんか目じゃないくらい活気に満ち溢れたこの場所には、平和な日常をはっきりと感じる。
 ま、こういう場所も悪くはないけど、ここに来てもう七ヶ月。流石に見飽きた感があるね。

「あ、あの!」

 ぼんやりしていたあたしは、背後から掛けられた声に足を止めた。
 女の声。だけど聞き慣れた声じゃない。

 まったく。一人の時間を堪能してるってのに。一体誰だい?
 あたしは頭を掻くと、面倒くさそうにその場で振り返る──おや?

「あんたは……」

 目の前に立っていたのは、何時だかに見た栗毛色の髪の若い女。この子は確か……。

「はい。先日お世話になったリオーネです。覚えていらっしゃいますか?」

 あぁ。思い出した。
 前に魂灯(カンテラ)を欲しがってた子じゃないか。

「勿論覚えてるよ。で、目的の物は手に入ったのかい?」
「お陰様で。その節は、本当にありがとうございました」

 リオーネは、未だ緊張した面持ちで頭を下げてくる。
 この態度。ただお礼を言いたいわけじゃなさそうだね。

「いいって。大した事なんてしてないしね。で? 話はそれで終わりかい?」
「あ、いえ。その……少し、お時間をいただけませんか?」

 わざと話を切り上げようとすると、リオーネがおずおずとそう願い出る。

「そうだねぇ。別に暇だ。構わないよ」
「本当ですか?」
「ああ。その代わり、この間の話がどうなったのか、色々聞かせてもらうよ。構わないかい?」
「あ、はい。わかりました」

 念押しのようにあたしがそう口にすると、あの子は背筋を正し、より緊張した表情で頷いてくる。

 しかしあんた。魂灯(カンテラ)の事をセルリックに口止めされてないのかい?
 あまりにあっさりと了承されたもんで、あたしはちょっと拍子抜けする。

 さて。流石に表で話していい内容じゃない。どうするかねぇ……そうだ。

「あんた。宿は取ってるのかい?」
「え? あ、はい」
「じゃ、部屋に案内しな。積もる話もあるし、ここじゃちょっとね」
「わかりました。こちらです」

 あたしの言葉にさらりと返事をしたリオーネが、案内を始めようと迷いなく歩き出す。
 まったく。相変わらず素直過ぎるね。ここまで誰にも騙されてこなかったのは、本気で神の加護でもあるんじゃないかい?

「あ、あの……」

 肩を竦め呆れると、あたしが付いてこないのに気づいたリオーネが、振り返って不安そうな顔をする。

「あー。悪い悪い。じゃ、行こうか」

 セルリックがどんな魂灯(カンテラ)を創ったのか。お手並み拝見といくかね。
 あたしは内心わくわくしながらも、何食わぬ顔のまま、あの子に続き歩き出した。

   § § § § §

 リオーネの泊まっているっていう、質素な宿に着いたあたし達。
 あたしは案内されるまま、あの子の泊まる小さな部屋に通された。

 こっそり無詠唱で部屋に沈黙(サイレント)魔術(マナスペル)を掛け、誰にも聞かれないよう小細工をした後。テーブルを挟みリオーネと席に付いたあたしは、この子が工房に行ってから何があったのか。色々な話を聞き出した。

 あたしの目論見通り、セルリックは魂灯(カンテラ)制作を請け負ったこと。
 リオーネが手持ちに不安があると知って、家に居候させたあげく、この子の作ったペンダントひとつを報酬にしたこと。
 途中、魂灯(カンテラ)の制作工程を見せたなんて話も聞いたけど、あまりに迷いなく話をするのが気になって、

  ──「魂灯(カンテラ)職人の事は話すなと言われてないかい?」

 と尋ねちまった。
 で、リオーネの答えはこう。

  ──「聞きました。ですが、私を導いてくださったあなたになら、構わないかなと思いまして」

 これだから口約束は怖いんだ。
 セルリックめ。ほんとに甘いんだから。

 あと、あたしのいない間に女を一人転がりこませるのは流石にどうかと思ったけど、セルリックは恋愛に関しちゃからっきし。
 露骨に好意を見せている、リセッタの気持ちにすら気づかない鈍感さだ。

 まあ、あの子ももう二十。多少は浮いた話がないとからかい甲斐もないし、今回は大目に見といてやるかね。

「ちなみに、あそこに置かれているのが例の魂灯(カンテラ)かい?」
「はい」

 ひとしきり話を聞いた後。部屋の奥、窓際にある机の上に乗った宝珠灯(ランタン)を指差すと、リオーネが素直に頷く。

「折角だ。ちょっと見せてもらってもいいかい?」
「少々お待ち下さい」

 そう言って席を立ったあの子は、窓のカーテンを閉め部屋を暗くすると、魂灯(カンテラ)をテーブルまで運んでくる。

「どうぞ」
「ありがとさん。点けても構わないかい?」
「はい」

 見た瞬間わかったけど、本体はあたしの作った物を使い回しかい。
 まったく。既製品を使うにしたって、自分が作った宝珠灯(ランタン)もあっただろうに。
 とはいえ、きっとあの子のことだ。より良い物を創ってやりたい、なんて思ってこれを選んだのかもしれないね。

 で。本題の魂灯(カンテラ)としての出来はっと……。

 あたしがゆっくりとツマミを捻ると、グローブの中に淡い光を放つ炎が生まれ、そこから魂の想いが伝わってくる。

 ……へぇ。やるじゃないか。
 流れ込んでくる想いを視ながら、あたしは素直に感心した。

 以前あたしが魂視(ソウルビジョン)で見た時、あのペンダントには濃紺色の絶望しか視えなかった。あまりに強いその魂の記憶に、他の魂さえかき消されてる。あたしですらそう思ったくらいだ。

 だからこそ、魂灯(カンテラ)職人としての現実の厳しさを味わわせるかって、この子をセルリックの下に行かせたんだけど。
 あの子は絶望しか見えなかったペンダントから、こんな優しい父親の魂を見つけ出したんだね。

 苦悩する魂の欠片すらまったく感じない。ってことは、あの子は調魂(ちょうこん)で負の魂を綺麗に削ぎきったってこと。
 こんなことをしたら、最悪魂灯(カンテラ)を創ることすらできなくなっただろうに。どんな博打をしてるんだい。セルリックは。

 ……ま、あの子らしいけどね。
 セルリックはなんだかんだ優しい子だ。
 きっとそうなるかもしれない覚悟を持って、それでも逃げずにペンダントに挑んだ。
 だからこそ、この魂を見つけ出せたんだろうね。
 それもまた、魂灯(カンテラ)職人としての個性であり才能。(わる)かない。

「……いい魂灯(カンテラ)だね」
「はい。セルリックさんは、本当に素晴らしい物を創ってくださりました」

 魂灯(カンテラ)の出来が思ったより良くて、自然と微笑んだあたしに、リオーネも愛おしむかのような微笑みを浮かべた直後、ふっと表情を引き締めた。

「あの。大変失礼なご質問をさせてください」
「なんだい?」
「あの……あなたは、メルゼーネ様ではありませんか?」

 お。そうきたかい。
 ま、魂灯(カンテラ)の事も知ってたし、人の良い工房主がいるなんて言ってけしかけたんだ。そりゃ勘ぐるのも当たり前か。

「もしそうだとしたら、あたしを恨むかい?」

 あたしは敢えて笑顔を崩さず、そう尋ねてみた。

 オルロードからポラナの島まで行くのだって、旅費も随分掛かるし、そのせいでこの子が苦しんだ可能性もある。
 大体、魂灯(カンテラ)を欲しいと聞いていたのに、相手にせずに未熟な弟子を充てがったんだ。それこそ恨まれたって仕方ない。

 だけど、そんなあたしの心配をとよそに、リオーネは微笑んだまま首を横に振った。

「いえ。お金がない私相手じゃ割に合わない。そう思われても仕方ありませんし、それに……」

 そこまで言ったあの子は、どこかうっとりとした顔をする。

「メルゼーネ様のお陰で、セルリックさんという素晴らしい方に出会えましたから」

 ……ははーん。
 恥ずかしげもなくそう口にするとか。
 そういうことかい。
 この子の反応に、あたしは思わずにんまりしちまう。
 ま、すぐにからかうのは簡単。だけど、今は流石に無粋かね。

「そうかい。それなら良かった」

 敢えてそれ以上の事を口にしなかったあたしに、リオーネが少しためらいがちな顔をすると、その身を小さくする。

「あ、あの。メルゼーネ様にひとつ、大変厚かましいお話があるんですが……」

 厚かましい話?
 まさか、セルリックと付き合いたいとでも言うのかね?

「どうしたんだい? 言ってみな」

 様子を窺うリオーネを促すと、あの子はおずおずとこんな事を聞いてきた。

「あの……どこかに、よい宝珠灯(ランタン)工房はありませんか?」
宝珠灯(ランタン)工房? 魂灯(カンテラ)はできたんだろ? そんなのを知ってどうする気だい? まさか、折角弟子が創った魂灯(カンテラ)を売ろうなんてこと──」
「そ、そんな事は絶対にしません! ただ、その……」

 そう疑ったあたしに両手を振って否定したリオーネは、また身を小さくすると、自信なさげに話し出す。

「私、その……宝珠灯(ランタン)の装飾職人を目指そうと思ってるんです」
「は? 宝珠灯(ランタン)のかい?」
「は、はい。でも伝手もないので、どうすればいいかわからなくて。それで、何処かそういった修行を許してくれる工房を知ってらっしゃらないかと……」

 あの子の声が弱々しく、より小さくなる。
 ふーむ……。
 宝珠灯(ランタン)のっていうからには、特化した職人になりたいって事。わざわざそんな職人を目指すってことは……。

 あたしの中で何かが繋がり、同時にニヤけ顔が隠せなくなる。
 ここまできたら、あたしだってもう好奇心は抑えられなかった。

「リオーネ。あんた、セルリックに惚れたね?」
「え? あ、えっと。その……」

 あたしの言葉に、一気に顔を真っ赤にした
リオーネは、俯いたまましどろもどろになる。
 ははっ。ほんと、若いってのはいいねぇ。
 セルリックの所に行かせた甲斐があったってもんだ。

 さて。リオーネの恋心は一旦置いとくとして。
 この子の実力の片鱗は、この間見せてもらったペンダントでわかってる。
 装飾学校に行く以前にあれを作り上げたっていうんだ。磨きゃ光るのは間違いない。

 ……セルリックは、とかく装飾が苦手。
 うまくすりゃ、この子を装飾の師匠にする事もできるか。それも面白そうだね。

「そうだねぇ。ひとついい工房を知ってるけど」
「え? 本当ですか!?」
「ああ」

 はっと顔を上げたリオーネに、あたしは表向き真面目な顔をした。
 流石にヘラヘラしてたら、威厳もへったくれもないからね。

「本気で宝珠灯(ランタン)と向き合う気があるなら、紹介してもいいけれど」
「そ、それじゃ──」
「但し」

 喜びを見せ緩んだあの子の心を引き締めるべく、あたしは言葉を遮り真面目な顔でこう告げる。

「確かにその工房は、腕を磨くのに最適。だけど、普通の工房なんかよりより高い品質と技術を求められるし、何より職人としてだけでなく、人としての礼儀作法も身につけなきゃいけない」
「礼儀作法、ですか?」
「ああ。勿論片手間じゃなくね。それでもやれるかい?」

 意味深過ぎる言葉に、流石にリオーネも俯いたまま考え込む。
 さて。どう出る?
 敢えて無言のまま、じっと答えを待っていると。

「……はい。是非、お願いします」

 リオーネは真剣な表情で、こちらに深々と頭を下げた。

 ……ふん。細かな確認もせず受け入れるなんて。ほんと、世間知らずは恐ろしいね。
 あまりに素直過ぎる反応に、あたしはふっと笑う。
 ま、こういう真っ直ぐな所もまた職人の才能かね。

「じゃ、決まりだ。いいかい? ここからは工房について説明するけど、もう引き返せすなんて言わせないよ。覚悟しな」
「は、はい!」

 覚悟を決めたあの子に頷き返すと、あたしはその工房について話を始めたんだ。

   § § § § §

「それじゃ、家で荷物をまとめたら、言った通りに事を進めな。話は通しておくから」
「は、はい。よろしくお願いします」
「じゃ、達者でね」
「はい。ありがとうございました」

 宿の外に出たあたしは、未だ緊張と不安を露骨に顔に見せているリオーネに笑いかけると、あの子に背を向けその場を後にした。

 しっかし。
 工房の話をするにつれ、愕然としていくあの子の顔はほんと面白かった。
 それでも逃げずに受け入れたあたり、余程弟子が気に入ったんだろうね。
 将来嫁になるのはリオーネかリセッタか。はたまた別の誰かか。
 ま、セルリックは鈍感だし、そんな日は何時になるやら……。

 人混みの中を歩きながら未来に思いを馳せたあたしは、建物に挟まれた窮屈な青空に浮かぶ白い雲を、ぼんやりと眺めた。

 まさかセルリックが、あそこまでの魂灯(カンテラ)を創り上げるとはね。報酬の話や口止めに関しちゃ不満もあるけど、あの子なりによく頑張ったじゃないか。
 だけど、職人としてはまだ半人前。もう少し鍛えてやらないと、あたしも安心して後を継がせられないからね。

 ……あんた。もう少しであたしも、そっちに行ける。
 けど、弟子やリオーネのためにも、もう暫く踏ん張らないとね。あの子達に伝えるべき事は、まだ残ってるんだから。

 だから、悪いがもう少し待っててもらうよ。
 ……ね。セルリック。

   〜To Be Continued〜