俺が視たのと同じ記憶を見たであろうリオーネの顔が歪み、一気に溢れた涙と想いが零れ落ちた。
「私は、お父さんといられれば、幸せだった。お父さんといられれば、笑顔でいられた。あの時だって、学校に行けばきっと、お父さんが喜んでくれる。そう思ったから……学校に行く事を決めたのに……それなのに……なんで……なんでこんな事に……あぁぁぁぁ!」
本音を零し泣き崩れたリオーネは、その場でひたすらに嗚咽を漏らし、涙する。
俺はそんな彼女をただ無言で見守っていた。
残念ながら、どれだけ魂の記憶が視えてもリオーネの心の内を視ることはできないし、二人の間にはそれだけに収まらない、もっと沢山の思い出や記憶もあるはずだ。
それを知らない俺が、リオーネと父親の事を知った気になり、慰めるなんておこがましいと思ったのもある。
だけど、何より俺は、彼女のように大事な人を失った経験がない。だからこそ、こんな時にどんな気持ちになり、どんな言葉が慰めになるかがわからなかった。
以前、出来上がった魂灯を灯したフレアもまた、同じように涙した。
師匠が創った魂灯の炎で、魂の記憶を見た多くの者が涙した。
それだけの光景を目にしてきても、未だに俺は、何を言えば彼女を慰められるかすらわからない。
だからこそ、俺はいつだって思っている。
どんなに偉大だと言われようとも。どれだけ凄く希少な物を創れようとも。
今この時、魂灯職人は無力でしかないんだと。
§ § § § §
魂灯の灯りで照らされた工房を、しばらくの間包んでいた嗚咽。
それが少しずつ落ち着いていき、声が完全に落ち着くと、しばらくして深く呼吸する音がした。
ポケットから取り出したハンカチで涙を拭い、立ち上がったリオーネがゆっくり俺に顔を向けた。
少し目が赤いし、笑顔もない。けれど、表情はどこか少し吹っ切れたように見える。
「すいません。取り乱しちゃって」
「いえ。こちらこそすいません。気の利いた言葉も掛けられなくて」
「いいんです。私が勝手に泣き出しただけですから。きっと困りましたよね?」
やっと小さな笑顔を見せた彼女を見て、俺も返事代わりに無言で笑顔を向けた。
すると、リオーネが突然笑みを隠し、真剣な顔をする。
「あの。ひとつ教えてくれませんか?」
「……はい」
続く質問が何か察しながらも、余計な事を言わずに見つめ返していると、彼女がゆっくりと口を開いた。
「……父のペンダントに刻まれていた魂は、これで全部だったんですか?」
予想しうる質問。だけど、リオーネがそう考えるのは当然だ。
彼女だって、もっと辛い記憶を見るであろうことを覚悟していた。
きっと仕送りの時の手紙の頻度なんかで、父親が苦しんだ事を察していたに違いない。
ただ、俺も自分なりの覚悟を決め調魂し、魂灯を創り上げたからこそ、物怖じすることなく、ゆっくりと首を横に振った。
「……何故、すべてを視せてもらえなかったんですか?」
掛けられた静かな言葉には、怒りも不安も感じない。
ただ素直に真実を知りたい。そう思って聞いてきたように感じる。
「……外で話しましょうか」
話を逸らすかのようにそう告げた俺は、彼女の返事を待たず、ひとり工房の外に出た。
外には誰もいない。ただ工房の中と違い、虫の囁く声や、穏やかな風が草木を揺らす優しい音が心地よく耳に届いている。
丸い銀月が頭上で世界を薄っすら照らす中。庭を出て丘から海を眺められる場所まで歩いた俺は、足を止め雲ひとつない星空を見上げた。
背後が少し明るくなり、リオーネの父親の魂を感じ始めると、少しして魂灯を持ったリオーネが、ゆっくりと俺の脇に並ぶ。
無言のまま言葉を待っている彼女に対し、俺は星空から顔を逸らすことなく、ゆっくりと本音を話しはじめた。
「俺は、魂灯職人という職業に誇りを持っています。だけど、同時にこうも思っているんです。酷い職業だなって」
「え? 何故ですか?」
「物に刻まれた魂を、身勝手に視せることができるから」
この言葉は、別に師匠から言われたわけじゃない。
俺が昔から思っていた事だ。
「今回の依頼。師匠ならきっと、父親の苦悩や絶望が刻まれていても、その全てをリオーネさんに視せてくれたと思います。身勝手に死者の魂を視るのだから、そこまでの覚悟を持って魂に向かい合うべき。そんな信念を持って仕事をする人でしたから」
「でも、セルリックさんはそうしなかった」
「ええ」
「どうしてですか? 私が辛い思いをするだろうと、同情されたんですか?」
「……それも、ひとつの理由ですが」
リオーネの疑問の声に、俺は彼女に顔を向けるとこう答えた。
「一番の理由は、師匠と同じだったからです」
「え?」
魂灯に照らされたリオーネが、はっきりと戸惑いを顔に見せる。
「で、でも。セルリックさんはさっき、メルゼーネ様なら全てを見せるって……」
……あ。しまった。
流石にこの言い回しじゃ、勘違いさせるじゃないか。
「ああ。すいません。俺がじゃありません」
「え? じゃあ誰がですか?」
「あなたのお父さんがです」
「え? 父がですか?」
困惑の色を強めた彼女に迷いなく頷いた俺は、自分なりの思いを話し始めた。
「リオーネさん。お父さんは出稼ぎに行っている時、手紙で弱音を吐いたりしていましたか?」
「え? い、いえ。そういった事は特に……」
「じゃあ、以前一緒に暮らしていた時はどうですか? 苦しい。辛いって嘆いたり、不安を見せたことは?」
「ありません、けど……」
「ですよね」
彼女の父親が苦悩した記憶の中でも、そういった感情を表に出すのを必死に堪え、隠していた。
だからこそ、彼女の父親も普段、娘の前で弱気を見せてこなかったはずだ。
「師匠もそうでした。俺と暮らしている中で、一度も弱音を吐いたり不安を見せたりしませんでした。きっと一緒に暮らしている俺に心配をかけないようにって、色々気を遣ってくれたんだと思います」
口にした通り、師匠もまたそういった姿を俺に見せてこなかった。私生活でも、仕事でも。
そんな師匠を見続けてきたからこそ、あの人は強い人だって、ずっと思っていたくらいだ。
「リオーネさんのお父さんもきっと、娘に心配をかけたくない。そう思って生きてきたはずです。それなのに、俺の身勝手でリオーネさんにそういった魂を視せてしまったら、折角のお父さんの気遣いを無駄にしてしまう。そう思ったからこそ、俺はそういった魂があっても、視せないと決めたんです」
……師匠と同じだと気づいたからこそ決意を持つことができたけど、今思えばこれも言い訳になるのかもしれない。
師匠のように相手にすべてを視せる覚悟を持つ。そういったこともできたはずだから。
でも、俺はリオーネが、今以上に絶望を背負う必要はないと思った。
さっきだって、父親の死に酷く心を痛め悲しんだんだ。これ以上苦しむ必要なんてないんだから。
俺の言葉を聞き、リオーネは何かを思ったのか。目を逸らし俯いてしまう。
その態度に、俺の心に不安が過る。
この結末は、彼女にとって望まないものだっただろうか?
俺の気持ちが空回りしただけなんだろうか?
「……幻滅しましたか?」
少し不安になり、そんな言葉を口走ると、俯いたまたふっと微笑んだリオーネは、ゆっくりと首を横に振った。
「私は、お父さんといられれば、幸せだった。お父さんといられれば、笑顔でいられた。あの時だって、学校に行けばきっと、お父さんが喜んでくれる。そう思ったから……学校に行く事を決めたのに……それなのに……なんで……なんでこんな事に……あぁぁぁぁ!」
本音を零し泣き崩れたリオーネは、その場でひたすらに嗚咽を漏らし、涙する。
俺はそんな彼女をただ無言で見守っていた。
残念ながら、どれだけ魂の記憶が視えてもリオーネの心の内を視ることはできないし、二人の間にはそれだけに収まらない、もっと沢山の思い出や記憶もあるはずだ。
それを知らない俺が、リオーネと父親の事を知った気になり、慰めるなんておこがましいと思ったのもある。
だけど、何より俺は、彼女のように大事な人を失った経験がない。だからこそ、こんな時にどんな気持ちになり、どんな言葉が慰めになるかがわからなかった。
以前、出来上がった魂灯を灯したフレアもまた、同じように涙した。
師匠が創った魂灯の炎で、魂の記憶を見た多くの者が涙した。
それだけの光景を目にしてきても、未だに俺は、何を言えば彼女を慰められるかすらわからない。
だからこそ、俺はいつだって思っている。
どんなに偉大だと言われようとも。どれだけ凄く希少な物を創れようとも。
今この時、魂灯職人は無力でしかないんだと。
§ § § § §
魂灯の灯りで照らされた工房を、しばらくの間包んでいた嗚咽。
それが少しずつ落ち着いていき、声が完全に落ち着くと、しばらくして深く呼吸する音がした。
ポケットから取り出したハンカチで涙を拭い、立ち上がったリオーネがゆっくり俺に顔を向けた。
少し目が赤いし、笑顔もない。けれど、表情はどこか少し吹っ切れたように見える。
「すいません。取り乱しちゃって」
「いえ。こちらこそすいません。気の利いた言葉も掛けられなくて」
「いいんです。私が勝手に泣き出しただけですから。きっと困りましたよね?」
やっと小さな笑顔を見せた彼女を見て、俺も返事代わりに無言で笑顔を向けた。
すると、リオーネが突然笑みを隠し、真剣な顔をする。
「あの。ひとつ教えてくれませんか?」
「……はい」
続く質問が何か察しながらも、余計な事を言わずに見つめ返していると、彼女がゆっくりと口を開いた。
「……父のペンダントに刻まれていた魂は、これで全部だったんですか?」
予想しうる質問。だけど、リオーネがそう考えるのは当然だ。
彼女だって、もっと辛い記憶を見るであろうことを覚悟していた。
きっと仕送りの時の手紙の頻度なんかで、父親が苦しんだ事を察していたに違いない。
ただ、俺も自分なりの覚悟を決め調魂し、魂灯を創り上げたからこそ、物怖じすることなく、ゆっくりと首を横に振った。
「……何故、すべてを視せてもらえなかったんですか?」
掛けられた静かな言葉には、怒りも不安も感じない。
ただ素直に真実を知りたい。そう思って聞いてきたように感じる。
「……外で話しましょうか」
話を逸らすかのようにそう告げた俺は、彼女の返事を待たず、ひとり工房の外に出た。
外には誰もいない。ただ工房の中と違い、虫の囁く声や、穏やかな風が草木を揺らす優しい音が心地よく耳に届いている。
丸い銀月が頭上で世界を薄っすら照らす中。庭を出て丘から海を眺められる場所まで歩いた俺は、足を止め雲ひとつない星空を見上げた。
背後が少し明るくなり、リオーネの父親の魂を感じ始めると、少しして魂灯を持ったリオーネが、ゆっくりと俺の脇に並ぶ。
無言のまま言葉を待っている彼女に対し、俺は星空から顔を逸らすことなく、ゆっくりと本音を話しはじめた。
「俺は、魂灯職人という職業に誇りを持っています。だけど、同時にこうも思っているんです。酷い職業だなって」
「え? 何故ですか?」
「物に刻まれた魂を、身勝手に視せることができるから」
この言葉は、別に師匠から言われたわけじゃない。
俺が昔から思っていた事だ。
「今回の依頼。師匠ならきっと、父親の苦悩や絶望が刻まれていても、その全てをリオーネさんに視せてくれたと思います。身勝手に死者の魂を視るのだから、そこまでの覚悟を持って魂に向かい合うべき。そんな信念を持って仕事をする人でしたから」
「でも、セルリックさんはそうしなかった」
「ええ」
「どうしてですか? 私が辛い思いをするだろうと、同情されたんですか?」
「……それも、ひとつの理由ですが」
リオーネの疑問の声に、俺は彼女に顔を向けるとこう答えた。
「一番の理由は、師匠と同じだったからです」
「え?」
魂灯に照らされたリオーネが、はっきりと戸惑いを顔に見せる。
「で、でも。セルリックさんはさっき、メルゼーネ様なら全てを見せるって……」
……あ。しまった。
流石にこの言い回しじゃ、勘違いさせるじゃないか。
「ああ。すいません。俺がじゃありません」
「え? じゃあ誰がですか?」
「あなたのお父さんがです」
「え? 父がですか?」
困惑の色を強めた彼女に迷いなく頷いた俺は、自分なりの思いを話し始めた。
「リオーネさん。お父さんは出稼ぎに行っている時、手紙で弱音を吐いたりしていましたか?」
「え? い、いえ。そういった事は特に……」
「じゃあ、以前一緒に暮らしていた時はどうですか? 苦しい。辛いって嘆いたり、不安を見せたことは?」
「ありません、けど……」
「ですよね」
彼女の父親が苦悩した記憶の中でも、そういった感情を表に出すのを必死に堪え、隠していた。
だからこそ、彼女の父親も普段、娘の前で弱気を見せてこなかったはずだ。
「師匠もそうでした。俺と暮らしている中で、一度も弱音を吐いたり不安を見せたりしませんでした。きっと一緒に暮らしている俺に心配をかけないようにって、色々気を遣ってくれたんだと思います」
口にした通り、師匠もまたそういった姿を俺に見せてこなかった。私生活でも、仕事でも。
そんな師匠を見続けてきたからこそ、あの人は強い人だって、ずっと思っていたくらいだ。
「リオーネさんのお父さんもきっと、娘に心配をかけたくない。そう思って生きてきたはずです。それなのに、俺の身勝手でリオーネさんにそういった魂を視せてしまったら、折角のお父さんの気遣いを無駄にしてしまう。そう思ったからこそ、俺はそういった魂があっても、視せないと決めたんです」
……師匠と同じだと気づいたからこそ決意を持つことができたけど、今思えばこれも言い訳になるのかもしれない。
師匠のように相手にすべてを視せる覚悟を持つ。そういったこともできたはずだから。
でも、俺はリオーネが、今以上に絶望を背負う必要はないと思った。
さっきだって、父親の死に酷く心を痛め悲しんだんだ。これ以上苦しむ必要なんてないんだから。
俺の言葉を聞き、リオーネは何かを思ったのか。目を逸らし俯いてしまう。
その態度に、俺の心に不安が過る。
この結末は、彼女にとって望まないものだっただろうか?
俺の気持ちが空回りしただけなんだろうか?
「……幻滅しましたか?」
少し不安になり、そんな言葉を口走ると、俯いたまたふっと微笑んだリオーネは、ゆっくりと首を横に振った。


