まるで昨日をなぞるかのように、風呂に入った後に朝食を済ませ、そのまま軽く睡眠を取り、次に目覚めたのは昼過ぎだった。
昨日より少し早い目覚めだったのは、ひと仕事を終えて気持ちが楽になったからかもしれない。
そういえば。昨晩は二人とも心配で眠れず、起きたまま俺を待っててくれていたらしい。
それでも俺が目覚めた時には二人は既に起きていて、家事を一通り済ませてくれていた。ほんと、ここ数日の二人の頑張りには頭が上がらないな。
少し遅い昼食をみんなで済ませた後。リビングで紅茶を飲み寛いでいる最中、リセッタには夕食まで家に戻ってもらうように伝えた。
理由は、出来上がった魂灯をリオーネにだけ見せたいと思ったから。
彼女が初めて魂灯に篭った想いを視た時、人に見られなくないような反応をしてしまうかもしれない。そうちゃんと真意を伝えた所、リセッタはそれを素直に受け入れてくれて、
「夕方、食材を買ってから戻ってくるね」
そう言い残し、笑顔で自分の家に帰って行った。
魂灯ができる瞬間に立ち会えないことを残念がらなかったのは、きっとあいつなりにリオーネに配慮したからに違いない。
こういう気遣いがあるからこそ、リセッタは店の看板娘として人気があるんだろう。
§ § § § §
残った俺とリオーネは、そのまま工房に場所を移すと、魂灯制作の作業を始める事にした。
作業台の前の椅子に座り、無言のまま作業の準備を見守るリオーネ。
いつになく真剣な顔をしているのは、きっともうすぐ父親の魂の記憶が視れると思っているからか。
彼女の期待を裏切らない魂灯を創らないとな。
いつものように作業用クロークに身を包んだ俺は、作業机に向かうと仕事を開始した。
作業台の上で分解されている、以前選んだ宝珠灯。
まずは燃料入れの準備からだ。
既に外してある、燃料入れの上側に付けていた部品と光吸珠を手にし、回しながら取り付けた後。光吸珠より下側にある六角形の短い筒の部品に、ゆっくりと調光珠を挿し込んでいく。
しっかりと固定される所まで押し込み、動かなくなったのを確認した所で、これを燃料入れの上からくるくると回し取り付ける。
動きが止まった所で固定用の金具で動かなくして……よし。次はつまみを取り付ける準備だ。
まず、燃料入れのつまみを取り付ける為の円形の穴から、片方が六角形の筒状に、反対がつまみを回してはめる溝が刻まれた円形の穴になっている部品を挿し、六角形側の穴に調光珠を取り付ける。
次に取り付けた筒が上にくるように燃料入れを持ち替えてっと。
後は脇に置いていた紙に乗せた感圧砂をその筒に流し込むだけ。
感圧砂を溢さないよう、紙を折り慎重に持ち上げると、折った紙の先端からその先から穴に少しずつ砂を入れて……これでよし。
紙を作業台に戻し、クロークの袖で額の汗を拭った俺は、感圧砂を入れた穴を塞ぐように、つまみの持ち手と反対。穴と同じく溝の刻まれた棒状の部分を挿し込む。
そのままつまみを右にゆっくりと回しながら、中に押し込んでいく。
ある程度つまみが収まった所で、つまみをが戻りすぎて外れないよう、燃料入れの内側から留め具を付け固定して……さて。これでどうだ?
俺は燃料を入れる部分から、内側の調光珠を眺めつつ、つまみをゆっくりひねる。
すると、内側にある調光珠がひねった角度に合わせ、少しずつ淡い光を放つのが見えた。
作業の開始前に既に潤滑油は塗っておいたから、つまみが硬い感触はない。念の為、つまみを捻ることのできる最大まで回したり、反対に戻る限界まで戻したりしたけど、ちゃんと調光珠を覆う光の強さが変わってくれた。
調光の原理は案外単純。
つまみを回すことで筒にある感圧砂がつまみと調光珠に挟まれ圧力が掛かると魔力が発生し、それが調光珠に伝搬し発光するんだ。
より明るく調光するには、つまみをより強く光る右側に捻ればいいし、反対に捻れば光が落ち着き、最後には消光する。
この調光珠の光が宝珠灯の燃料である光砂や魂灯の魂砂を輝かせ、その光を光吸珠が吸収。宝珠灯のグローブの中に炎を生み出す。そういう仕組みだ。
ちなみに、今回は用意した宝珠のうち、より魂応の光が強い方を組み込んだ。
昨日の魂刻の際にできる限りの魂を魂砂に刻んだものの、その量は決して多くない。
だからこそ、少しでもきちっと想いが伝わってほしい。そう思っての事だ。
ここまでくればもう、作業はほとんど終わったようなもの。
じっと作業を見つめるリオーネと言葉を交わすことなく、俺は残りの作業を黙々と進めた。
近くに置いてある離油の入った油壷に挿してある細いブラシを手にすると、毛先に付いた油を燃料入れの内側に満遍なく塗っていく。勿論、調光珠や光吸珠にもだ。
丁寧に作業を進め、あらかた離油を塗り終えた後。油壷にブラシを戻した俺は、魂砂の入った硝子の器を開け、先の尖った小さなスプーンを使い、少しずつ燃料入れに入れ始めた。
燃料入れの中から聞こえる、砂が広がるサラサラという小さな音。
その心地よい音を耳にしながら作業を進め、いつしか取り付けた宝珠も砂の中に消え、燃料入れの入口まで砂が敷き詰められた。
元々純砂の時点で分量は計っていたから、ほぼしっかりと燃料入れに収まった魂砂。
それを見届けると、俺は燃料入れの蓋を閉じ、しっかりと鍵をした。
あとはグローブと傘を持ち手を兼ねた金具に順番に取り付け、最後に燃料入れの結合部に挿し金具で固定して……。
「これで、完成ですか?」
「ええ」
リオーネが久々に発した声に小さく頷いた俺は、背筋を伸ばしほっと一息吐いた。
澄んだ球状のグローブに、綺麗な弧を描いた傘。
素直に光を伝えやすくする、作りとしては地味なその魂灯をじっと見つめるリオーネに漂う緊張感。
確かに物は完成。だけど、彼女にとってはここからが本題なんだ。
こんな風にもなるだろう。
「灯してみても、よろしいですか?」
「ちょっと待ってください」
リオーネの方に調光のつまみを向けるよう魂灯を置き直した後、机の隅に置いてある蝋燭に着火の魔術で灯を点けた俺は、一度席を立ち工房内の宝珠灯をひとつずつ消していく。
今日も朝から店の前に閉店の看板を出している。工房の灯りが消えていても誰も不思議がりはしないだろう。
「どうしたんですか?」
「いえ。折角ですし、炎の明るさも見られた方が良いと思ったんで」
未だ緊張気味のリオーネに自然な笑顔を心がけそう返しながら作業を続け、最後に残ったのは、暗い工房の中で唯一輝く蝋燭の優しい光だけ。
「リオーネさん。まずは魂灯を手にしてください」
「は、はい」
作業台の側に戻りながら指示をすると、彼女はおずおずと魂灯の持ち手に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。
作業台を挟み反対に立った俺は、そんなリオーネを見つめこう言った。
「この後、蝋燭も消しますので、その後リオーネさんのタイミングで魂灯に炎を灯してください。いいですか?」
「……はい。わかりました」
ごくりと唾を飲み込んだ後、返事と共にリオーネが頷いたのを見て、俺も頷き返すと蝋燭の火を手を一振りして消した。
火が消える瞬間、立ち昇った白い煙も一瞬で闇に溶け、一気に仄暗くなった工房内。
窓から入る僅かな月明かりこそあれど、工房を明るくするには物足りない。
リオーネの顔すら殆ど見えない闇の中。大きく深呼吸する音が聞こえた後。
「いきますね」
覚悟を決めた声に続き、ふっと優しい炎が生まれた。
工房を照らしだす、炎の輝き。
炎らしい本来の温かみのある光に照らされたリオーネが、揺らぐ炎をじっと見つめていると、少ししてはっと目を瞠った。
完成した魂灯は、魂視を使わずとも魂の記憶が視える。リオーネにも。勿論、魂術師にも。
俺にも流れ込んできた、魂刻の時にも視えたリオーネの父親が遺した魂の記憶。
そこにあったのは、炎と同じくらいの優しさだった。
昨日より少し早い目覚めだったのは、ひと仕事を終えて気持ちが楽になったからかもしれない。
そういえば。昨晩は二人とも心配で眠れず、起きたまま俺を待っててくれていたらしい。
それでも俺が目覚めた時には二人は既に起きていて、家事を一通り済ませてくれていた。ほんと、ここ数日の二人の頑張りには頭が上がらないな。
少し遅い昼食をみんなで済ませた後。リビングで紅茶を飲み寛いでいる最中、リセッタには夕食まで家に戻ってもらうように伝えた。
理由は、出来上がった魂灯をリオーネにだけ見せたいと思ったから。
彼女が初めて魂灯に篭った想いを視た時、人に見られなくないような反応をしてしまうかもしれない。そうちゃんと真意を伝えた所、リセッタはそれを素直に受け入れてくれて、
「夕方、食材を買ってから戻ってくるね」
そう言い残し、笑顔で自分の家に帰って行った。
魂灯ができる瞬間に立ち会えないことを残念がらなかったのは、きっとあいつなりにリオーネに配慮したからに違いない。
こういう気遣いがあるからこそ、リセッタは店の看板娘として人気があるんだろう。
§ § § § §
残った俺とリオーネは、そのまま工房に場所を移すと、魂灯制作の作業を始める事にした。
作業台の前の椅子に座り、無言のまま作業の準備を見守るリオーネ。
いつになく真剣な顔をしているのは、きっともうすぐ父親の魂の記憶が視れると思っているからか。
彼女の期待を裏切らない魂灯を創らないとな。
いつものように作業用クロークに身を包んだ俺は、作業机に向かうと仕事を開始した。
作業台の上で分解されている、以前選んだ宝珠灯。
まずは燃料入れの準備からだ。
既に外してある、燃料入れの上側に付けていた部品と光吸珠を手にし、回しながら取り付けた後。光吸珠より下側にある六角形の短い筒の部品に、ゆっくりと調光珠を挿し込んでいく。
しっかりと固定される所まで押し込み、動かなくなったのを確認した所で、これを燃料入れの上からくるくると回し取り付ける。
動きが止まった所で固定用の金具で動かなくして……よし。次はつまみを取り付ける準備だ。
まず、燃料入れのつまみを取り付ける為の円形の穴から、片方が六角形の筒状に、反対がつまみを回してはめる溝が刻まれた円形の穴になっている部品を挿し、六角形側の穴に調光珠を取り付ける。
次に取り付けた筒が上にくるように燃料入れを持ち替えてっと。
後は脇に置いていた紙に乗せた感圧砂をその筒に流し込むだけ。
感圧砂を溢さないよう、紙を折り慎重に持ち上げると、折った紙の先端からその先から穴に少しずつ砂を入れて……これでよし。
紙を作業台に戻し、クロークの袖で額の汗を拭った俺は、感圧砂を入れた穴を塞ぐように、つまみの持ち手と反対。穴と同じく溝の刻まれた棒状の部分を挿し込む。
そのままつまみを右にゆっくりと回しながら、中に押し込んでいく。
ある程度つまみが収まった所で、つまみをが戻りすぎて外れないよう、燃料入れの内側から留め具を付け固定して……さて。これでどうだ?
俺は燃料を入れる部分から、内側の調光珠を眺めつつ、つまみをゆっくりひねる。
すると、内側にある調光珠がひねった角度に合わせ、少しずつ淡い光を放つのが見えた。
作業の開始前に既に潤滑油は塗っておいたから、つまみが硬い感触はない。念の為、つまみを捻ることのできる最大まで回したり、反対に戻る限界まで戻したりしたけど、ちゃんと調光珠を覆う光の強さが変わってくれた。
調光の原理は案外単純。
つまみを回すことで筒にある感圧砂がつまみと調光珠に挟まれ圧力が掛かると魔力が発生し、それが調光珠に伝搬し発光するんだ。
より明るく調光するには、つまみをより強く光る右側に捻ればいいし、反対に捻れば光が落ち着き、最後には消光する。
この調光珠の光が宝珠灯の燃料である光砂や魂灯の魂砂を輝かせ、その光を光吸珠が吸収。宝珠灯のグローブの中に炎を生み出す。そういう仕組みだ。
ちなみに、今回は用意した宝珠のうち、より魂応の光が強い方を組み込んだ。
昨日の魂刻の際にできる限りの魂を魂砂に刻んだものの、その量は決して多くない。
だからこそ、少しでもきちっと想いが伝わってほしい。そう思っての事だ。
ここまでくればもう、作業はほとんど終わったようなもの。
じっと作業を見つめるリオーネと言葉を交わすことなく、俺は残りの作業を黙々と進めた。
近くに置いてある離油の入った油壷に挿してある細いブラシを手にすると、毛先に付いた油を燃料入れの内側に満遍なく塗っていく。勿論、調光珠や光吸珠にもだ。
丁寧に作業を進め、あらかた離油を塗り終えた後。油壷にブラシを戻した俺は、魂砂の入った硝子の器を開け、先の尖った小さなスプーンを使い、少しずつ燃料入れに入れ始めた。
燃料入れの中から聞こえる、砂が広がるサラサラという小さな音。
その心地よい音を耳にしながら作業を進め、いつしか取り付けた宝珠も砂の中に消え、燃料入れの入口まで砂が敷き詰められた。
元々純砂の時点で分量は計っていたから、ほぼしっかりと燃料入れに収まった魂砂。
それを見届けると、俺は燃料入れの蓋を閉じ、しっかりと鍵をした。
あとはグローブと傘を持ち手を兼ねた金具に順番に取り付け、最後に燃料入れの結合部に挿し金具で固定して……。
「これで、完成ですか?」
「ええ」
リオーネが久々に発した声に小さく頷いた俺は、背筋を伸ばしほっと一息吐いた。
澄んだ球状のグローブに、綺麗な弧を描いた傘。
素直に光を伝えやすくする、作りとしては地味なその魂灯をじっと見つめるリオーネに漂う緊張感。
確かに物は完成。だけど、彼女にとってはここからが本題なんだ。
こんな風にもなるだろう。
「灯してみても、よろしいですか?」
「ちょっと待ってください」
リオーネの方に調光のつまみを向けるよう魂灯を置き直した後、机の隅に置いてある蝋燭に着火の魔術で灯を点けた俺は、一度席を立ち工房内の宝珠灯をひとつずつ消していく。
今日も朝から店の前に閉店の看板を出している。工房の灯りが消えていても誰も不思議がりはしないだろう。
「どうしたんですか?」
「いえ。折角ですし、炎の明るさも見られた方が良いと思ったんで」
未だ緊張気味のリオーネに自然な笑顔を心がけそう返しながら作業を続け、最後に残ったのは、暗い工房の中で唯一輝く蝋燭の優しい光だけ。
「リオーネさん。まずは魂灯を手にしてください」
「は、はい」
作業台の側に戻りながら指示をすると、彼女はおずおずと魂灯の持ち手に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。
作業台を挟み反対に立った俺は、そんなリオーネを見つめこう言った。
「この後、蝋燭も消しますので、その後リオーネさんのタイミングで魂灯に炎を灯してください。いいですか?」
「……はい。わかりました」
ごくりと唾を飲み込んだ後、返事と共にリオーネが頷いたのを見て、俺も頷き返すと蝋燭の火を手を一振りして消した。
火が消える瞬間、立ち昇った白い煙も一瞬で闇に溶け、一気に仄暗くなった工房内。
窓から入る僅かな月明かりこそあれど、工房を明るくするには物足りない。
リオーネの顔すら殆ど見えない闇の中。大きく深呼吸する音が聞こえた後。
「いきますね」
覚悟を決めた声に続き、ふっと優しい炎が生まれた。
工房を照らしだす、炎の輝き。
炎らしい本来の温かみのある光に照らされたリオーネが、揺らぐ炎をじっと見つめていると、少ししてはっと目を瞠った。
完成した魂灯は、魂視を使わずとも魂の記憶が視える。リオーネにも。勿論、魂術師にも。
俺にも流れ込んできた、魂刻の時にも視えたリオーネの父親が遺した魂の記憶。
そこにあったのは、炎と同じくらいの優しさだった。


