──「リオーネ。リンダ。助けてくれ……」
……!?
懐かしさに浸っていた俺は、じりっと伝わってきたリオーネの父親の言葉で我に返った。
気分を紛らわせるために、思いを馳せるのは悪いと思ってはいない。
だけど、それをしたところで、この先のことは何も解決しないじゃないか。
今はせめて、少しでもそこから何か光明が見いだせないか、考えてみるべきかもな。
フレアの事を思い出し気持ちに余裕ができた俺は、当時の作業を思い返しながら、頭を整理することにした。
魂視で感じるリオーネの父親の想い。
そこからは未だ苦悩以外視えてこない。
フレデリカ王妃の遺品から魂砂を創った時と、あまりに真逆な状況なのは皮肉だな。
ただ、じゃあ当時も魂灰から魂砂に変える作業が簡単だったかというと、そんなことはない。
ここまでの工程より、この先の工程のほうが難しいからだ。
魂灰から純砂に魂を移し替える工程、魂刻。
文字通り純砂に魂を刻む作業なんだけど、この魂刻こそ、魂灯の出来を大きく左右する要素といっていい。
というのも、どの魂を刻み、どの魂を削ぐか。刻む魂をどれだけの量刻み込むのか。そういった調魂をするからだ。
実際、当時フレアの為に魂砂を創った時も、多少なりとも調魂を行っている。
確かに髪留めには娘への強い愛情が魂が多く刻まれていたし、そういった想いがほとんどを占めていたけれど、僅かながら他の想いも刻まれていた。
例えば、髪留めを造ってくれた職人への感謝だったり、この髪飾りをフレアが喜んでくれるのか不安になっている王妃の想いもそのひとつ。
ただ、純砂にも魂を刻める限界がある。
そのため、フレアに視えない想いを魂刻で刻んでしまうと、他の魂を刻む量が減ったり、最悪刻めなくなってしまう。
しかも、魂灯の本体に付ける燃料部は決して大きくない。だからこそ、フレアに関連しなそうな魂を削ぎ、彼女に関する物のみを刻んだんだ。
ただ……俺は魂昇炎の中で少しずつ灰に姿を変えるペンダントを力なく見つめた。
今回のペンダントにも、苦悩以外の他の魂が刻まれている可能性はゼロじゃない。
でも、ここまで他の記憶を感じ取れない現状、それを見つけ出せるかはかなり望み薄だ。
強すぎる苦悩。その魂を削ぎ、内側にあるかもしれない僅かな想いを探すこともできる。だけど、調魂で削いでしまった魂は霧散し消えてしまい、元に戻すことはできない。
もし、今感じている魂しかなかったとしたら……魂は残らず、魂灯も創れない。
そこまでの危険を冒してまで、ぎりぎりの調魂をすべきなんだろうか。
リオーネだって、少なからず父親の想いを視たいだろうし、苦悩する魂を視る覚悟もしてくれている。
だけど、本当にそれを視せていいのか。改めて刻まれた魂を視たからこそ、俺は未だに悩んでいる。
結局俺は、自分が望む理想を求めて過ぎているだけなんだろうか。
魂灯職人であれば、師匠と同じように、全てを視せるべきなんだろうか。リオーネが覚悟し、望んでいるように……。
自問自答を繰り返しても、未だ答えを導き出せない歯がゆさに、俺は奥歯を噛みながら無言で作業を続けた。
§ § § § §
リオーネが戻ってきて途中少し休憩を挟んだ後、再び仕事を再開して数時間。
「……もう、形もありませんね」
「はい。これで出来上がりです」
硝子の器の上で崩れ落ち、完全に砂と化したペントを遠い目で眺めるリオーネの前で、俺は魔力を送るのを止めた。
魔方陣の光が消えていき、同調するように魂昇炎の炎が小さくなり。魔方陣が消え去ったのと同時に、炎もふっと姿を消し、リオーネの父親の想いを感じる事もなくなった。
魂視を封じた俺は、作業台の下から硝子の器に合う硝子の蓋をそっと重ねた。これで今晩の作業は完了。残すは魂刻のみだ。
「……ふわぁ……」
気の緩みと疲労感から、リオーネの前にも関わらず大きな欠伸をしてしまい、慌てて口を手で塞ぐ。
「ふふっ。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
リオーネのねぎらいの言葉と微笑み。それが疲れた体と心に沁み、俺も自然と笑みになる。
ふと時計を見ると、もう朝の七時前。
思ったより掛かったけど、まずは無事終わっただけでもよしか。
「さて。リオーネさんもお疲れでしょうし、そろそろ家に戻って──」
「おっはよー!」
俺の言葉を遮ったのは、勢いよく工房の扉を開け姿を見せたリセッタだった。
「おはようございます。リセッタさん」
「おはよう。お兄ちゃん。作業は無事終わったの?」
「ああ」
「リオーネさんに手は?」
「出してない」
矢継ぎ早の質問の中に、相変わらずの質問が交ざってたけど、不貞腐れるのも面倒で、テンションを変えずに流れで答えてやる。
「そっか。ならよし」
何がならよしだ。
うんうんと頷くリセッタを見て、俺は内心舌打ちしながらも、表情を変えずにリセッタの前に立った。
「それより、お前はよく眠れたのか?」
「うん。ごめんね。先に休んじゃって」
「別に気にしなくていいさ」
「その代わり、朝食作ってあるから。二人は早くご飯を食べて、お風呂入ったら休んでね」
「え? もうですか!?」
「うん。リセッタも少しは役に立たないとだもん」
驚くリオーネに、リセッタが自慢気に胸を張る。
「言ってくれれば、お手伝いしたのに」
「いいのいいの。じゃ、早く行こ?」
リオーネに笑顔を向ける朝からテンションの高いリセッタ。
疲れている中だとちょっと大変ではあるけど、同時にさっきまで感じていた魂の記憶を忘れられるのもあるから、それはそれで悪くはないか。
俺はリセッタの明るさに感謝しつつ、先に外に出た彼女に続き工房を後にした。
§ § § § §
朝食を済ませた時点で色々満たされたせいか。
眠気が一気に強くなった俺は、二人に話をして風呂は起きてからにすると告げ、そのまま自室のベッドに潜り込み、両手を頭の後ろに回し天井を見た。
流石に魔力も随分消費しているけど、今晩もまた作業がある。
もうひと踏ん張り。だけど、そのひと踏ん張りが大変なんだけどな。
横になったことで、ぼんやりしてきた頭。
流石にこのまま眠れるかと思ったけど、やはり魂刻の事を考えてしまったせいで、そのまま夢の中に飛び込むことができない。
……俺が、リオーネに視せるべきものは何か。
未だ答えが出せていない自分に腹が立つ。ただ、俺は師匠と同じ魂灯職人として生きていくと決めたんだ。
だからこそ、そこだけは譲れない。
──「いいかい? あたしは確かに偉大な師匠。だからって、あんたがあたしと同じ道を歩む必要なんてないんだよ」
あの人はそんな声を掛けてくれたけど、俺は同じ道を歩みたい。だとしたら、俺は……待てよ。同じ?
頭の中でその言葉を復唱した瞬間。俺の脳裏にあったとある記憶が駆け巡る。
浮かんだのは、ずっと一緒に暮らしてきた師匠の姿。
あの人はいつだって仕事に常に前向きで、いつだって笑顔を見せていた。
物心ついて、師匠と同じ道を歩むと決めてからも、ずっとそうだった。
育ての親であり、憧れの師匠であるメルゼーネ。
師匠はいつも強くあった。俺の前で、泣き言ひとつ言わずに。
そう。同じ。同じなんだ。あの人もきっと。
諦めちゃ駄目だ。可能性は極めて低い。だけど信じるんだ。
リオーネの父親の、娘を想う魂の存在を。
手を伸ばし、ぐっと宙を掴む。俺が目指すべき道を進む決意を込めて。
心が決まったせいか。頭に掛かっていた靄が一気に晴れた気分になる。
同時に、安堵の気持ちも生まれたのか。一気に眠りの森に誘われた俺は、そのまま身を委ね意識を手放した。
……!?
懐かしさに浸っていた俺は、じりっと伝わってきたリオーネの父親の言葉で我に返った。
気分を紛らわせるために、思いを馳せるのは悪いと思ってはいない。
だけど、それをしたところで、この先のことは何も解決しないじゃないか。
今はせめて、少しでもそこから何か光明が見いだせないか、考えてみるべきかもな。
フレアの事を思い出し気持ちに余裕ができた俺は、当時の作業を思い返しながら、頭を整理することにした。
魂視で感じるリオーネの父親の想い。
そこからは未だ苦悩以外視えてこない。
フレデリカ王妃の遺品から魂砂を創った時と、あまりに真逆な状況なのは皮肉だな。
ただ、じゃあ当時も魂灰から魂砂に変える作業が簡単だったかというと、そんなことはない。
ここまでの工程より、この先の工程のほうが難しいからだ。
魂灰から純砂に魂を移し替える工程、魂刻。
文字通り純砂に魂を刻む作業なんだけど、この魂刻こそ、魂灯の出来を大きく左右する要素といっていい。
というのも、どの魂を刻み、どの魂を削ぐか。刻む魂をどれだけの量刻み込むのか。そういった調魂をするからだ。
実際、当時フレアの為に魂砂を創った時も、多少なりとも調魂を行っている。
確かに髪留めには娘への強い愛情が魂が多く刻まれていたし、そういった想いがほとんどを占めていたけれど、僅かながら他の想いも刻まれていた。
例えば、髪留めを造ってくれた職人への感謝だったり、この髪飾りをフレアが喜んでくれるのか不安になっている王妃の想いもそのひとつ。
ただ、純砂にも魂を刻める限界がある。
そのため、フレアに視えない想いを魂刻で刻んでしまうと、他の魂を刻む量が減ったり、最悪刻めなくなってしまう。
しかも、魂灯の本体に付ける燃料部は決して大きくない。だからこそ、フレアに関連しなそうな魂を削ぎ、彼女に関する物のみを刻んだんだ。
ただ……俺は魂昇炎の中で少しずつ灰に姿を変えるペンダントを力なく見つめた。
今回のペンダントにも、苦悩以外の他の魂が刻まれている可能性はゼロじゃない。
でも、ここまで他の記憶を感じ取れない現状、それを見つけ出せるかはかなり望み薄だ。
強すぎる苦悩。その魂を削ぎ、内側にあるかもしれない僅かな想いを探すこともできる。だけど、調魂で削いでしまった魂は霧散し消えてしまい、元に戻すことはできない。
もし、今感じている魂しかなかったとしたら……魂は残らず、魂灯も創れない。
そこまでの危険を冒してまで、ぎりぎりの調魂をすべきなんだろうか。
リオーネだって、少なからず父親の想いを視たいだろうし、苦悩する魂を視る覚悟もしてくれている。
だけど、本当にそれを視せていいのか。改めて刻まれた魂を視たからこそ、俺は未だに悩んでいる。
結局俺は、自分が望む理想を求めて過ぎているだけなんだろうか。
魂灯職人であれば、師匠と同じように、全てを視せるべきなんだろうか。リオーネが覚悟し、望んでいるように……。
自問自答を繰り返しても、未だ答えを導き出せない歯がゆさに、俺は奥歯を噛みながら無言で作業を続けた。
§ § § § §
リオーネが戻ってきて途中少し休憩を挟んだ後、再び仕事を再開して数時間。
「……もう、形もありませんね」
「はい。これで出来上がりです」
硝子の器の上で崩れ落ち、完全に砂と化したペントを遠い目で眺めるリオーネの前で、俺は魔力を送るのを止めた。
魔方陣の光が消えていき、同調するように魂昇炎の炎が小さくなり。魔方陣が消え去ったのと同時に、炎もふっと姿を消し、リオーネの父親の想いを感じる事もなくなった。
魂視を封じた俺は、作業台の下から硝子の器に合う硝子の蓋をそっと重ねた。これで今晩の作業は完了。残すは魂刻のみだ。
「……ふわぁ……」
気の緩みと疲労感から、リオーネの前にも関わらず大きな欠伸をしてしまい、慌てて口を手で塞ぐ。
「ふふっ。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
リオーネのねぎらいの言葉と微笑み。それが疲れた体と心に沁み、俺も自然と笑みになる。
ふと時計を見ると、もう朝の七時前。
思ったより掛かったけど、まずは無事終わっただけでもよしか。
「さて。リオーネさんもお疲れでしょうし、そろそろ家に戻って──」
「おっはよー!」
俺の言葉を遮ったのは、勢いよく工房の扉を開け姿を見せたリセッタだった。
「おはようございます。リセッタさん」
「おはよう。お兄ちゃん。作業は無事終わったの?」
「ああ」
「リオーネさんに手は?」
「出してない」
矢継ぎ早の質問の中に、相変わらずの質問が交ざってたけど、不貞腐れるのも面倒で、テンションを変えずに流れで答えてやる。
「そっか。ならよし」
何がならよしだ。
うんうんと頷くリセッタを見て、俺は内心舌打ちしながらも、表情を変えずにリセッタの前に立った。
「それより、お前はよく眠れたのか?」
「うん。ごめんね。先に休んじゃって」
「別に気にしなくていいさ」
「その代わり、朝食作ってあるから。二人は早くご飯を食べて、お風呂入ったら休んでね」
「え? もうですか!?」
「うん。リセッタも少しは役に立たないとだもん」
驚くリオーネに、リセッタが自慢気に胸を張る。
「言ってくれれば、お手伝いしたのに」
「いいのいいの。じゃ、早く行こ?」
リオーネに笑顔を向ける朝からテンションの高いリセッタ。
疲れている中だとちょっと大変ではあるけど、同時にさっきまで感じていた魂の記憶を忘れられるのもあるから、それはそれで悪くはないか。
俺はリセッタの明るさに感謝しつつ、先に外に出た彼女に続き工房を後にした。
§ § § § §
朝食を済ませた時点で色々満たされたせいか。
眠気が一気に強くなった俺は、二人に話をして風呂は起きてからにすると告げ、そのまま自室のベッドに潜り込み、両手を頭の後ろに回し天井を見た。
流石に魔力も随分消費しているけど、今晩もまた作業がある。
もうひと踏ん張り。だけど、そのひと踏ん張りが大変なんだけどな。
横になったことで、ぼんやりしてきた頭。
流石にこのまま眠れるかと思ったけど、やはり魂刻の事を考えてしまったせいで、そのまま夢の中に飛び込むことができない。
……俺が、リオーネに視せるべきものは何か。
未だ答えが出せていない自分に腹が立つ。ただ、俺は師匠と同じ魂灯職人として生きていくと決めたんだ。
だからこそ、そこだけは譲れない。
──「いいかい? あたしは確かに偉大な師匠。だからって、あんたがあたしと同じ道を歩む必要なんてないんだよ」
あの人はそんな声を掛けてくれたけど、俺は同じ道を歩みたい。だとしたら、俺は……待てよ。同じ?
頭の中でその言葉を復唱した瞬間。俺の脳裏にあったとある記憶が駆け巡る。
浮かんだのは、ずっと一緒に暮らしてきた師匠の姿。
あの人はいつだって仕事に常に前向きで、いつだって笑顔を見せていた。
物心ついて、師匠と同じ道を歩むと決めてからも、ずっとそうだった。
育ての親であり、憧れの師匠であるメルゼーネ。
師匠はいつも強くあった。俺の前で、泣き言ひとつ言わずに。
そう。同じ。同じなんだ。あの人もきっと。
諦めちゃ駄目だ。可能性は極めて低い。だけど信じるんだ。
リオーネの父親の、娘を想う魂の存在を。
手を伸ばし、ぐっと宙を掴む。俺が目指すべき道を進む決意を込めて。
心が決まったせいか。頭に掛かっていた靄が一気に晴れた気分になる。
同時に、安堵の気持ちも生まれたのか。一気に眠りの森に誘われた俺は、そのまま身を委ね意識を手放した。


