「リオーネさんはこちらに座ってください」
「ありがとうございます」
近くのテーブルにあった椅子を作業台の前に置いた俺は、そのまま普段通りに作業机に付いた。
「始める前に、お伝えしておくことがあります」
「はい」
お互い姿勢を正し、机越しに向かい合う。
リオーネは未だ緊張した面持ちをしているけれど、釣られてこっちまで緊張していたら話にならない。
そう心に言い聞かせ、俺は普段通りに話しかけた。
「まず、今回は作業時間が朝方まで掛かるだけでなく、見ていても中々変化が表れません。正直退屈だと思いますので、飽きたり眠くなったりしたら。素直に休んでくださいね」
「わかりました」
「それから、作業とはいっても始まってしまえばかなり余裕がある作業なので、リオーネさんは自由にしてもらって結構です。昼間の作業の続きをしてもらってもいいですし、普段通り話しかけてもらっても大丈夫ですんで」
「はい。ちなみにセルリックさんは、作業を中断して休憩など取れるんですか?」
素直に返事をしていたリオーネが、ふとそんなことを尋ねてくる。
「はい。実の所、この作業は時間が掛かるだけで、中断してもその分時間が押すだけなんですよ」
「そうなんですね。わかりました」
俺の答えを聞き、彼女は追加で質問することもなく、さらりと話を終える。
この質問をしてきた理由は何だ?
疲れたら休んでほしいとか、そういう意図があるんだろうか?
その辺が少し気になったものの、いちいち尋ね返していたら話が進まなそうだし、今は気にしないでおくことにした。
「俺からお話したかった事は以上です。リオーネさんから何かありますか?」
「念の為のなんですが。今回の工程は、終わりまで見ていても問題ないですか?」
お。以前話していた事を覚えてたのか。
以前彼女に仕事を見せてほしいと言われた時、俺はこう伝えていた。
──「そうですね。全部とはいきませんけど、可能な範囲であれば」
これまでの工程は、どちらかといえば本体──宝珠灯に関係する仕事が多かった。
だけど。ここからは魂灯を創るための工程。だからこそ配慮してくれたんだろう。
とはいえ、ここまで説明して椅子まで準備したんだ。流石にこれで見るなとは言わないと思うんだけど。
ちょっと察しの悪い彼女に、俺は小さく笑うとこう答えた。
「はい。この工程の更に後、魂砂の錬成する仕上げはお見せできませんけど。ここまでは問題ないですよ」
「わかりました。後は大丈夫です」
「そうですか。じゃあ、始めますね」
リオーネの答えを聞き、俺は改めて背筋を伸ばすと作業台に目を向けた。
硝子の器の上に乗ったペンダントを見ながら魂視を解放すると、それは見慣れてきた濃紺色の光に覆われる。
心に走る緊張。それを吐き捨てるべく一度深呼吸をすると、俺は静かに両手を魔方陣に向けた。
『魂術師、セルリックの名の下に命ずる。魂を燃やす炎よ。我が前に姿を見せ、その物を魂の灰とせよ』
静かに紡いだ詠唱。
それが終わった直後。先程置いた水晶が白く輝くと、そこからふわりと同じ色の光を帯びた魔法の羽ペンが姿を現す。
それぞれの水晶から生まれたむっつの羽ペン。それは互いに規則正しく、作業台の上を動き始めた。
円を描くように水晶を繋ぐ白い光の線を描き、そこから細かく文字とも文様ともとれる細かな模様を描いていく。
まるで作業机の上で踊るように舞い踊る羽ペンは、硝子の器をすり抜け、その下にも模様を残していく。
「綺麗……」
リオーネの感嘆の声。俺も初めて師匠にこれを見せてもらった時、素直にそんな感想を持った。
ただ、見る側と術者の感じ方は別だ。
この先、暫く視なければいけない想いによっては、気が重くなることだってあるんだから。
羽ペンのダンスを暫く見続けると、正しく光の魔方陣が机に描かれた。
出来を見届けるかのように一度動きを止めた後、すっと空に浮いた羽ペンは、そのまま水晶に戻り、溶け込むように消えていく。
……さて。やるか。
『魂昇炎』
口にした炎の名に続き、水晶達に魔力を送り込むと、魔方陣がより強く輝いた後、硝子の器を覆うように白き炎が立ち昇り、ペンダント共々覆い尽くした。
「この炎、熱くないですよね?」
「ええ。特殊な炎なんで、ペンダントもすぐに燃え尽きたりしませんよ」
リオーネの疑問に、俺は魔力を維持したまま答える。
口にした通り、炎がすぐさまペンダントを焦がし、灰にするようなことはない。
というのも、物がすぐに燃え尽きると、魂も一緒に消えてしまうからだ。
物に刻まれた魂は、正しく形あるからこそ、そこに留まっていられる。
物が朽ち果てれば、当然魂も朽ち果て消える。普通の炎で燃え尽き灰になっても同様だ。
ただ、それでは純砂に魂を移し、魂砂にすることはできない。
だからこそ、この魂昇炎でゆっくりと魂をペンダントに強く刻みながら燃やし、灰になっても消えない魂。魂灰に変えていくんだ。
「さっきの魔方陣が描かれるのも綺麗でしたけど、この炎も綺麗ですね」
「そうですね。ただ、ここから先はこの炎をひたすら見続けるだけなんで、飽きると思いますよ」
冗談じみた笑顔を向けリオーネにそう話したけれど、これが楽かと言われればそんなことはない。
彼女にとっては魔方陣の内側にあるペンダントが白い炎に包まれている神秘的な光景。
だけど、俺の中には炎が立ち昇った瞬間から、濃紺色のペンダントに刻まれた魂の想いが、じんわりと流れ込んできているからだ。
直接触れているわけじゃないからこそ、意識が完全にもっていかれる程の強烈さはない。
それでも、心の端にへばりつくかのように想いがずっと頭を掠め、リオーネの父親の苦悩の声が聞こえ続けるのは決して気持ちいいものじゃない。
魂灯職人は心が強くなければならない。そんな理由の一つがこれだ。
ずっと感じていても、辛くない想いならいい。
だけど、今回のような想いに晒されながら作業を続けるとなれば、心が弱っていては途中で集中を切らし、失敗する可能性が出てくる。
この工程で失敗をすれば、結果として何も残らない。遺品も。魂灯も。
だからこそ、心を強く持ち、魂の想いに対し他人事のように思えるだけの強さがなければ、魂灯職人としてやっていけないんだ。
「あの。このまま少し眺めていても大丈夫ですか?」
「ええ。どうぞ」
「ありがとうございます」
一度俺に微笑んだ後。椅子に座ったまま、切なげな、だけど優しげな瞳でじっとペンダントを見つめるリオーネ。
きっと別れを惜しんでいるに違いない。そんな事を思いながら、俺は苦悩する彼女の父親の声を心で聞きながらも、炎を絶やさないよう作業に集中した。
「ありがとうございます」
近くのテーブルにあった椅子を作業台の前に置いた俺は、そのまま普段通りに作業机に付いた。
「始める前に、お伝えしておくことがあります」
「はい」
お互い姿勢を正し、机越しに向かい合う。
リオーネは未だ緊張した面持ちをしているけれど、釣られてこっちまで緊張していたら話にならない。
そう心に言い聞かせ、俺は普段通りに話しかけた。
「まず、今回は作業時間が朝方まで掛かるだけでなく、見ていても中々変化が表れません。正直退屈だと思いますので、飽きたり眠くなったりしたら。素直に休んでくださいね」
「わかりました」
「それから、作業とはいっても始まってしまえばかなり余裕がある作業なので、リオーネさんは自由にしてもらって結構です。昼間の作業の続きをしてもらってもいいですし、普段通り話しかけてもらっても大丈夫ですんで」
「はい。ちなみにセルリックさんは、作業を中断して休憩など取れるんですか?」
素直に返事をしていたリオーネが、ふとそんなことを尋ねてくる。
「はい。実の所、この作業は時間が掛かるだけで、中断してもその分時間が押すだけなんですよ」
「そうなんですね。わかりました」
俺の答えを聞き、彼女は追加で質問することもなく、さらりと話を終える。
この質問をしてきた理由は何だ?
疲れたら休んでほしいとか、そういう意図があるんだろうか?
その辺が少し気になったものの、いちいち尋ね返していたら話が進まなそうだし、今は気にしないでおくことにした。
「俺からお話したかった事は以上です。リオーネさんから何かありますか?」
「念の為のなんですが。今回の工程は、終わりまで見ていても問題ないですか?」
お。以前話していた事を覚えてたのか。
以前彼女に仕事を見せてほしいと言われた時、俺はこう伝えていた。
──「そうですね。全部とはいきませんけど、可能な範囲であれば」
これまでの工程は、どちらかといえば本体──宝珠灯に関係する仕事が多かった。
だけど。ここからは魂灯を創るための工程。だからこそ配慮してくれたんだろう。
とはいえ、ここまで説明して椅子まで準備したんだ。流石にこれで見るなとは言わないと思うんだけど。
ちょっと察しの悪い彼女に、俺は小さく笑うとこう答えた。
「はい。この工程の更に後、魂砂の錬成する仕上げはお見せできませんけど。ここまでは問題ないですよ」
「わかりました。後は大丈夫です」
「そうですか。じゃあ、始めますね」
リオーネの答えを聞き、俺は改めて背筋を伸ばすと作業台に目を向けた。
硝子の器の上に乗ったペンダントを見ながら魂視を解放すると、それは見慣れてきた濃紺色の光に覆われる。
心に走る緊張。それを吐き捨てるべく一度深呼吸をすると、俺は静かに両手を魔方陣に向けた。
『魂術師、セルリックの名の下に命ずる。魂を燃やす炎よ。我が前に姿を見せ、その物を魂の灰とせよ』
静かに紡いだ詠唱。
それが終わった直後。先程置いた水晶が白く輝くと、そこからふわりと同じ色の光を帯びた魔法の羽ペンが姿を現す。
それぞれの水晶から生まれたむっつの羽ペン。それは互いに規則正しく、作業台の上を動き始めた。
円を描くように水晶を繋ぐ白い光の線を描き、そこから細かく文字とも文様ともとれる細かな模様を描いていく。
まるで作業机の上で踊るように舞い踊る羽ペンは、硝子の器をすり抜け、その下にも模様を残していく。
「綺麗……」
リオーネの感嘆の声。俺も初めて師匠にこれを見せてもらった時、素直にそんな感想を持った。
ただ、見る側と術者の感じ方は別だ。
この先、暫く視なければいけない想いによっては、気が重くなることだってあるんだから。
羽ペンのダンスを暫く見続けると、正しく光の魔方陣が机に描かれた。
出来を見届けるかのように一度動きを止めた後、すっと空に浮いた羽ペンは、そのまま水晶に戻り、溶け込むように消えていく。
……さて。やるか。
『魂昇炎』
口にした炎の名に続き、水晶達に魔力を送り込むと、魔方陣がより強く輝いた後、硝子の器を覆うように白き炎が立ち昇り、ペンダント共々覆い尽くした。
「この炎、熱くないですよね?」
「ええ。特殊な炎なんで、ペンダントもすぐに燃え尽きたりしませんよ」
リオーネの疑問に、俺は魔力を維持したまま答える。
口にした通り、炎がすぐさまペンダントを焦がし、灰にするようなことはない。
というのも、物がすぐに燃え尽きると、魂も一緒に消えてしまうからだ。
物に刻まれた魂は、正しく形あるからこそ、そこに留まっていられる。
物が朽ち果てれば、当然魂も朽ち果て消える。普通の炎で燃え尽き灰になっても同様だ。
ただ、それでは純砂に魂を移し、魂砂にすることはできない。
だからこそ、この魂昇炎でゆっくりと魂をペンダントに強く刻みながら燃やし、灰になっても消えない魂。魂灰に変えていくんだ。
「さっきの魔方陣が描かれるのも綺麗でしたけど、この炎も綺麗ですね」
「そうですね。ただ、ここから先はこの炎をひたすら見続けるだけなんで、飽きると思いますよ」
冗談じみた笑顔を向けリオーネにそう話したけれど、これが楽かと言われればそんなことはない。
彼女にとっては魔方陣の内側にあるペンダントが白い炎に包まれている神秘的な光景。
だけど、俺の中には炎が立ち昇った瞬間から、濃紺色のペンダントに刻まれた魂の想いが、じんわりと流れ込んできているからだ。
直接触れているわけじゃないからこそ、意識が完全にもっていかれる程の強烈さはない。
それでも、心の端にへばりつくかのように想いがずっと頭を掠め、リオーネの父親の苦悩の声が聞こえ続けるのは決して気持ちいいものじゃない。
魂灯職人は心が強くなければならない。そんな理由の一つがこれだ。
ずっと感じていても、辛くない想いならいい。
だけど、今回のような想いに晒されながら作業を続けるとなれば、心が弱っていては途中で集中を切らし、失敗する可能性が出てくる。
この工程で失敗をすれば、結果として何も残らない。遺品も。魂灯も。
だからこそ、心を強く持ち、魂の想いに対し他人事のように思えるだけの強さがなければ、魂灯職人としてやっていけないんだ。
「あの。このまま少し眺めていても大丈夫ですか?」
「ええ。どうぞ」
「ありがとうございます」
一度俺に微笑んだ後。椅子に座ったまま、切なげな、だけど優しげな瞳でじっとペンダントを見つめるリオーネ。
きっと別れを惜しんでいるに違いない。そんな事を思いながら、俺は苦悩する彼女の父親の声を心で聞きながらも、炎を絶やさないよう作業に集中した。


