「え? 俺のほうが、ですか?」
「はい」
流石にそれはないだろ。出来の良さは、間違いなくリオーネの方が上。
内心そう思っていたからこそ疑問の声をあげたけど、続く彼女の言葉は、俺が思っていたものとは少し異なっていた。
「私は装飾学校でも装飾品の細工を専攻してきました。でも、逆を言えば、それ以上のことはできないんです。でも、セルリックさんは違うじゃないですか」
憧れの人でも見るような目でこっちを見たセリーヌは、そのまま言葉を続ける。
「宝珠灯の設計から鋳造、装飾に宝珠の研磨。そして魂灯を創るための技術。メルゼーネ様のお弟子さんとしての重圧もある中で、セルリックさんはそんな沢山の技術を活かしお仕事をされているんです。私は装飾の腕はこそ秀でているかもしれませんが、結局それだけ。だから、セルリックさんのほうが全然凄いんですよ」
……なんか、不思議だな。
彼女が紡いでくれた言葉を聞きながら、心に穏やかな気持ちが満ちていく。
ここ数日、リオーネから聞いた様々な言葉。
それらは不思議なくらい俺に多くの気づきを与えてくれて、素直に受け入れさせてくれた。
この島の住人じゃない、見知らぬ相手だったからこその刺激もあるとは思う。
だけど、リオーネは本当に素直で裏がない。だからこそ、彼女の言葉を素直に受け入れられるのかもしれない。
「それはきっと、お互い様です」
「お互い様ですか?」
「ええ」
俺を褒め称えてくれたリオーネの言葉を無にしないよう、笑顔で話しだした。
「確かに俺は、魂灯職人として色々出来ますけど、だからこそ中途半端な技術もあります。でも、一つのことに突出しているってことは、その道でもより名を馳せるだけの力があるってこと。リオーネさんにはそれだけの才能があると思いますし、凄いと思ってます」
「そ、そうですか?」
改めて素直に想いを言葉にすると、リオーネは少し気恥ずかしそうに俯く。
「ええ。そして、本当はそれらを並べて比較するものじゃないのに、俺達は優劣を考え比較し、相手を優れてるって思ってしまってる。だから、お互い様です」
「……ふふっ。そうですね」
リオーネが柔らかい笑みを浮かべたのを見て、少しほっとする。
俺の言葉を受け入れてくれたのが、嬉しかったから。
きっと、リオーネ相手だからこそこう思えたんだな。
リセッタや師匠だって、褒めてくれる時もある。だけど、普段から茶化されたり、厳しい言葉も多く聞いているせいか。どうしても疑り深くなったりもするんだよ。
ちらりと時計を見ると、気づけばもう昼の時間。
時間を忘れて作業していたってことは、意外に仕事に集中はできてたんだなと思う。
「さて。もう少し作業がありますけど、一旦お昼にしましょうか」
「あ、すいません。細工に夢中で、食事の準備を忘れてしまって」
「いいですよ。二人でささっと準備しましょう」
「はい。わかりました」
言葉を交わした俺達は、軽く片付けをしてそのまま工房を後にし、少し遅い昼食の準備を始めたんだ。
§ § § § §
結局、昼食を終えたのは昼の二時前。
後片付けまで済ませた俺達は、そのまま工房に戻り互いに作業を進めた。
ちなみに昨日と違い、リセッタはこの時間に姿を見せなかった。きっと今日は店が忙しいのかもしれないな。
そして、仕事を再開して少しして、俺は無事最後の調光珠も研磨し終えた。
念の為、宝珠灯から外していた取付部に軽く当て、それぞれの宝珠が問題ない大きさになっているか、改めて確認する。
……よし。これなら大丈夫か。
「ふぅ……」
無事に研磨の工程を終え、安堵の息を漏らす。
慣れた作業とはいえ、仕事として請けている以上、失敗はしたくない。
となると、後は魂砂の錬成か。
俺は研磨台の前に座りリオーネに背を向けたまま、表情を引き締める。
ここからが正念場。しっかりと覚悟を決めておかないと。
……なんとなく、俺は思うようになった。
リオーネが望む魂灯を創れるかはわからないけれど、できれば彼女に辛い思いはさせたくないって。
この短い期間で、俺を色々気遣い、時に大事な事を気づかせてくれた彼女に感謝している。だからこそ、そういう魂灯を創って、少しでも恩返ししたい。
そのためには、ちゃんと父親の魂とも向き合い、仕事を前に進めないと。
改めてそう決意し立ち上がると、研磨の工程で使用した道具類の片付けを始めた。
俺が片付け中に工房内をうろうろしている間、リオーネはずっと作業台に向き合っていた。
集中力が凄いんだろう。気が散るような素振りも見せず、ただ彫刻刀を使い、少しずつアーセラを掘り進めている。
アーセラ。職人の女神、か。
目に留まったその姿を見ながら、俺はふとこんなことを思い出した。
師匠は以前、神を信仰してないと話してくれたことがある。
──「神様がいつでも助けてくれるなら言う事ないさ。でも、結局どれだけ神様を信じたって、助けてくれない事もある。だったらちゃんと自分の腕を磨き、技術を学び、仕事を熟せるようになったほうが、信じて待つよりよっぽどいいんだよ」
あの人らしい、現実的な考え方。
でも、宣言通りの実力を持つ師匠だからこその説得力のある言葉は、俺を同じ気持ちにさせるのに十分だった。
勿論、俺もあの人も、信心深い人相手にそんなことを口にしないけど。
……神様が本当にいるなら、リオーネが哀しまない魂灯を創れるようにしてほしいけどな……なんて。急に神頼みしたところで、神様は聞いちゃくれないか。
都合の良すぎる自分に自嘲しながら、邪魔にならないように一通り研磨盤を掃除し片付けた後、工房奥にある椅子に腰を下ろし、遠目に彼女を見守っていると、やっと一段落つく所までいったのか。リオーネが背筋を伸ばし、ふぅっと大きく息を吐いた。
「どうですか?」
「あ、はい。おかげさまで順調です」
俺が声を掛けると、彼女が顔をあげ、いつものように笑顔を見せる。
「セルリックさんの方はどうですか?」
「はい。先程無事、研磨は終わりました」
「そうなんですね。私が早めにお昼を作りに行っていたら、もう少し早く終わっていましたよね?」
「気にしないでください。実際、家事が息抜きになったので捗ったのもありますし」
お互い、普段通りに笑顔を交わす。……いや、交わしていたつもりだった。
だけど、リオーネは気づいたんだろう。こっちの表情が硬いことに。
彼女は先程までの笑顔をすっと隠し、凛とした表情を見せた。
「……そろそろ、お渡ししたほうがいいですよね?」
「……そうですね」
互いに沈黙を挟んだ、少し重苦しい会話。
短く返事した俺の言葉を聞き、リオーネは少しだけ目を伏せた後、目を閉じ片手で紐を引いて、胸元からペンダントを服の外に出した。
そのまま肩に掛かっていた栗毛色の髪を後ろに払うと首の後ろに手を回し、紐を外す。そして、ゆっくりと目を開けながら、胸元の前に置いた両手で持つ。
リオーネがどこか遠い目で、無言のまま愛おしそうにペンダントを見つめる。
きっと、別れを惜しんでいるんだろうな。
その様子をしばらく見守っていると、再び凛とした顔になったリオーネが顔を上げ、俺と視線を重ねた。
「……セルリックさん。よろしくお願いします」
両掌で大事そうにペンダントを持ち直した彼女が、俺の前まで歩み寄り、ゆっくりと差し出してくる。
「……わかりました」
同じように両手を出すと、リオーネがそれを俺の手に乗せてくれた。
決して重くないはずなのに、ずっしりと重さを感じるペンダント。
まだ魂視は使っていない。丁寧な装飾の施されたペンダントをじっと眺めたまま、俺は少しの間沈黙した。
……これを錬成する時には、どうしても魂視を解放しないといけない。
その時には間違いなく、刻まれた魂の記憶を視ることになる。
あそこまで暗い濃紺色に染まっていたこのペンダントに刻まれた魂は、一体どんなものなのか。
それを視ること自体は怖くない。だけど、それを知った後、どうすればいいか。未だに揺らぐ心はある。
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ。失敗は許されないので、責任重大だなって」
俺が動かないことを不思議に思ったのか。リオーネのそんな問いかけに、俺は何とか笑顔を返す。
ただ、この時だけは心の中でアーセラに祈っていた。
リオーネが幸せを感じる想いが、少しでも残っているようにって。
「はい」
流石にそれはないだろ。出来の良さは、間違いなくリオーネの方が上。
内心そう思っていたからこそ疑問の声をあげたけど、続く彼女の言葉は、俺が思っていたものとは少し異なっていた。
「私は装飾学校でも装飾品の細工を専攻してきました。でも、逆を言えば、それ以上のことはできないんです。でも、セルリックさんは違うじゃないですか」
憧れの人でも見るような目でこっちを見たセリーヌは、そのまま言葉を続ける。
「宝珠灯の設計から鋳造、装飾に宝珠の研磨。そして魂灯を創るための技術。メルゼーネ様のお弟子さんとしての重圧もある中で、セルリックさんはそんな沢山の技術を活かしお仕事をされているんです。私は装飾の腕はこそ秀でているかもしれませんが、結局それだけ。だから、セルリックさんのほうが全然凄いんですよ」
……なんか、不思議だな。
彼女が紡いでくれた言葉を聞きながら、心に穏やかな気持ちが満ちていく。
ここ数日、リオーネから聞いた様々な言葉。
それらは不思議なくらい俺に多くの気づきを与えてくれて、素直に受け入れさせてくれた。
この島の住人じゃない、見知らぬ相手だったからこその刺激もあるとは思う。
だけど、リオーネは本当に素直で裏がない。だからこそ、彼女の言葉を素直に受け入れられるのかもしれない。
「それはきっと、お互い様です」
「お互い様ですか?」
「ええ」
俺を褒め称えてくれたリオーネの言葉を無にしないよう、笑顔で話しだした。
「確かに俺は、魂灯職人として色々出来ますけど、だからこそ中途半端な技術もあります。でも、一つのことに突出しているってことは、その道でもより名を馳せるだけの力があるってこと。リオーネさんにはそれだけの才能があると思いますし、凄いと思ってます」
「そ、そうですか?」
改めて素直に想いを言葉にすると、リオーネは少し気恥ずかしそうに俯く。
「ええ。そして、本当はそれらを並べて比較するものじゃないのに、俺達は優劣を考え比較し、相手を優れてるって思ってしまってる。だから、お互い様です」
「……ふふっ。そうですね」
リオーネが柔らかい笑みを浮かべたのを見て、少しほっとする。
俺の言葉を受け入れてくれたのが、嬉しかったから。
きっと、リオーネ相手だからこそこう思えたんだな。
リセッタや師匠だって、褒めてくれる時もある。だけど、普段から茶化されたり、厳しい言葉も多く聞いているせいか。どうしても疑り深くなったりもするんだよ。
ちらりと時計を見ると、気づけばもう昼の時間。
時間を忘れて作業していたってことは、意外に仕事に集中はできてたんだなと思う。
「さて。もう少し作業がありますけど、一旦お昼にしましょうか」
「あ、すいません。細工に夢中で、食事の準備を忘れてしまって」
「いいですよ。二人でささっと準備しましょう」
「はい。わかりました」
言葉を交わした俺達は、軽く片付けをしてそのまま工房を後にし、少し遅い昼食の準備を始めたんだ。
§ § § § §
結局、昼食を終えたのは昼の二時前。
後片付けまで済ませた俺達は、そのまま工房に戻り互いに作業を進めた。
ちなみに昨日と違い、リセッタはこの時間に姿を見せなかった。きっと今日は店が忙しいのかもしれないな。
そして、仕事を再開して少しして、俺は無事最後の調光珠も研磨し終えた。
念の為、宝珠灯から外していた取付部に軽く当て、それぞれの宝珠が問題ない大きさになっているか、改めて確認する。
……よし。これなら大丈夫か。
「ふぅ……」
無事に研磨の工程を終え、安堵の息を漏らす。
慣れた作業とはいえ、仕事として請けている以上、失敗はしたくない。
となると、後は魂砂の錬成か。
俺は研磨台の前に座りリオーネに背を向けたまま、表情を引き締める。
ここからが正念場。しっかりと覚悟を決めておかないと。
……なんとなく、俺は思うようになった。
リオーネが望む魂灯を創れるかはわからないけれど、できれば彼女に辛い思いはさせたくないって。
この短い期間で、俺を色々気遣い、時に大事な事を気づかせてくれた彼女に感謝している。だからこそ、そういう魂灯を創って、少しでも恩返ししたい。
そのためには、ちゃんと父親の魂とも向き合い、仕事を前に進めないと。
改めてそう決意し立ち上がると、研磨の工程で使用した道具類の片付けを始めた。
俺が片付け中に工房内をうろうろしている間、リオーネはずっと作業台に向き合っていた。
集中力が凄いんだろう。気が散るような素振りも見せず、ただ彫刻刀を使い、少しずつアーセラを掘り進めている。
アーセラ。職人の女神、か。
目に留まったその姿を見ながら、俺はふとこんなことを思い出した。
師匠は以前、神を信仰してないと話してくれたことがある。
──「神様がいつでも助けてくれるなら言う事ないさ。でも、結局どれだけ神様を信じたって、助けてくれない事もある。だったらちゃんと自分の腕を磨き、技術を学び、仕事を熟せるようになったほうが、信じて待つよりよっぽどいいんだよ」
あの人らしい、現実的な考え方。
でも、宣言通りの実力を持つ師匠だからこその説得力のある言葉は、俺を同じ気持ちにさせるのに十分だった。
勿論、俺もあの人も、信心深い人相手にそんなことを口にしないけど。
……神様が本当にいるなら、リオーネが哀しまない魂灯を創れるようにしてほしいけどな……なんて。急に神頼みしたところで、神様は聞いちゃくれないか。
都合の良すぎる自分に自嘲しながら、邪魔にならないように一通り研磨盤を掃除し片付けた後、工房奥にある椅子に腰を下ろし、遠目に彼女を見守っていると、やっと一段落つく所までいったのか。リオーネが背筋を伸ばし、ふぅっと大きく息を吐いた。
「どうですか?」
「あ、はい。おかげさまで順調です」
俺が声を掛けると、彼女が顔をあげ、いつものように笑顔を見せる。
「セルリックさんの方はどうですか?」
「はい。先程無事、研磨は終わりました」
「そうなんですね。私が早めにお昼を作りに行っていたら、もう少し早く終わっていましたよね?」
「気にしないでください。実際、家事が息抜きになったので捗ったのもありますし」
お互い、普段通りに笑顔を交わす。……いや、交わしていたつもりだった。
だけど、リオーネは気づいたんだろう。こっちの表情が硬いことに。
彼女は先程までの笑顔をすっと隠し、凛とした表情を見せた。
「……そろそろ、お渡ししたほうがいいですよね?」
「……そうですね」
互いに沈黙を挟んだ、少し重苦しい会話。
短く返事した俺の言葉を聞き、リオーネは少しだけ目を伏せた後、目を閉じ片手で紐を引いて、胸元からペンダントを服の外に出した。
そのまま肩に掛かっていた栗毛色の髪を後ろに払うと首の後ろに手を回し、紐を外す。そして、ゆっくりと目を開けながら、胸元の前に置いた両手で持つ。
リオーネがどこか遠い目で、無言のまま愛おしそうにペンダントを見つめる。
きっと、別れを惜しんでいるんだろうな。
その様子をしばらく見守っていると、再び凛とした顔になったリオーネが顔を上げ、俺と視線を重ねた。
「……セルリックさん。よろしくお願いします」
両掌で大事そうにペンダントを持ち直した彼女が、俺の前まで歩み寄り、ゆっくりと差し出してくる。
「……わかりました」
同じように両手を出すと、リオーネがそれを俺の手に乗せてくれた。
決して重くないはずなのに、ずっしりと重さを感じるペンダント。
まだ魂視は使っていない。丁寧な装飾の施されたペンダントをじっと眺めたまま、俺は少しの間沈黙した。
……これを錬成する時には、どうしても魂視を解放しないといけない。
その時には間違いなく、刻まれた魂の記憶を視ることになる。
あそこまで暗い濃紺色に染まっていたこのペンダントに刻まれた魂は、一体どんなものなのか。
それを視ること自体は怖くない。だけど、それを知った後、どうすればいいか。未だに揺らぐ心はある。
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ。失敗は許されないので、責任重大だなって」
俺が動かないことを不思議に思ったのか。リオーネのそんな問いかけに、俺は何とか笑顔を返す。
ただ、この時だけは心の中でアーセラに祈っていた。
リオーネが幸せを感じる想いが、少しでも残っているようにって。


