「嫌じゃないってなら、ひとつ助言しとくよ」
「助言、ですか?」
「ああ。あんたはあたしの弟子として立派に成長してる。けどね。同時に堅物だから、融通が利かな過ぎなんだよ」

 そう言った師匠は俺から顔を背け、暖炉の炎をじっと見つめる。

「いいかい? あたしは確かに偉大な師匠。だからって、あんたがあたしと同じ道を歩む必要なんてないんだよ」
「同じ道を、歩む必要はない……」
「そう。ま、こんな偉大な師匠の背中を見てるんだ。憧れるのは仕方ないけどね。だけど、これだけは言っておくよ」

 自慢げにもとれる楽しげな笑みを見せたあの人は、急に真顔になると、またこっちに顔を向けてくる。

「あんたはあたしとは違うんだ。同じ人生を歩んじゃいないし、考え方や性格だって違う。だから、あたしと同じ道にこだわりすぎるんじゃないよ」

 あまりに真剣すぎる瞳に、俺はすぐに返事をできなかった。
 ただ、師匠の助言を聞いて、ふと思う。
 こう言ってくれる師匠と同じ、魂灯(カンテラ)職人としての道を諦めたくはないって。

「助言は嬉しいですけど、それでも俺は、師匠と同じ魂灯(カンテラ)職人でありたいです」
「ふっ。そうかい」

 あの人に負けない真剣な顔で決意を口にすると、師匠はまた小さく笑う。

「じゃ、しっかり気張りな。あんたらしくね」

 そう言い残し立ち上がった師匠が、軽く手を振るとそのままリビングを後にし、自分の部屋に戻って行く。
 そして──。

   § § § § §

「……はっ!?」

 体に感じた何かの感触に、俺ははっと目を開けた。
 さっきまでと変わらない暖炉の前。俺は勿論、ソファーに座ったまま。
 体に感じた感触は……掛けられた毛布か。
 未だぼんやりとしている俺を覗き込んでいたのは、頭にタオルを巻き、湯上がりを感じさせるパジャマ姿の二人の少女──リオーネとリセッタ。

「あ、起こしちゃいましたか?」

 あれ? さっきまで師匠と一緒にいたはずだよな? いや、あれは夢か?

「え? あ、いや。ごめん」

 いつの間に寝ていたのかもわからず、しどろもどろな返事をすると、二人はくすくすっと笑う。

「お兄ちゃん、よっぽど疲れてたんだね。ささっとお風呂入って、ベッドで寝たほうがいいよ?」
「そうですよ。こんな所で寝たら風邪を引きますよ」

 最もな二人の言葉。確かに暖炉の火が消えたらこの部屋だって寒くはなる。
 明日も魂灯(カンテラ)を創る作業があるんだ。今日は早く寝たほうが身のためだな。

「そうだな。悪い。気を遣わせて」
「いいのいいの」

 畳んだ毛布をリセッタに手渡し、俺はソファーから立ち上がって一度大きく伸びをする。

「風呂は終わったら俺が片付けておくから、二人はそのまま休んでいいからな」
「それくらい私がやりますよ」
「リオーネさんのお気遣いは嬉しいですけど、家のことを何もしないと自堕落になりそうなんで。気にせず休んでください」
「確かにお兄ちゃん、掃除とか結構サボるもんね」
「サボってるんじゃない。回数を減らしてるだけだ」
「そんな事言ってさー。クロークの洗濯だって忘れてたじゃん」

 俺の言い訳に鋭く切り返し、目を細め意味ありげに笑うリセッタ。
 やっぱり頭が回らないとボロが出る。このまま話してても俺の粗ばかり突っ込まれそうだ。

「それは言うなって。それじゃ二人共、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
「明日の朝も、美味しいご飯作るからね!」
「ああ。楽しみにしてるよ」

 逃げるように二人に背を向けた俺は、そのまま一人、風呂場の方に歩き始めた。

 しかし……さっきの夢、随分生々しかったな。
 勿論、過去に師匠の夢を見た事はある。ただ、さっきのは寝落ちしたからなのか。現実と夢の境界がさっぱりわからなかった。
 別にあの人が恋しいわけじゃないんだけど。きっと仕事の中で、師匠の事を考え過ぎてるせいかもな。

 ……同じ道、か。
 師匠の背中を追い続けた俺にとって、あの人こそが憧れの道。
 だから、魂灯(カンテラ)職人であり続けたいし、受けた仕事は最後までやり遂げたい。
 とはいえ、そのせいで寝言で悩みを漏らすとか。夢とはいえ何やってんだか。

 更衣室に入り、鏡に写る冴えない自分に思わず自嘲しながら、俺はそのままさっさと風呂に入ることにした。

   § § § § §

 翌日。
 思ったより目覚めの良かった俺は、三人での朝食を済ませた後、早速工房に篭もり、原石の研磨を始めることにした。

 リオーネは朝食の後片付け。リセッタはダルバさんに昼間は家のことをしろと言われてるらしく、朝食を済ませた後に渋々家に帰っていき、今工房には俺一人。

  ──「あーあ。三人でいるの、凄く楽しいのに」

 なんて、リセッタは食事中に頬杖を突き、ため息を漏らしてたけど、昨日みたいに午後には顔を出しそうな気もするし、そこまでに原石の研磨は済ませておきたいな。

 頬をピシャッと叩いた俺は、いつものように作業用クロークを身に纏うと、作業の準備を始めた。
 作業台から昨日切り出した原石を手に取り、工房の奥。円柱の石をふたつ重ねた型をした低い研磨台の側にある、小さなローテーブルにそれらを並べる。
 そのまま流れで近くの収納棚まで行き、研磨台と同じ直径の、目の粗さが違う削磨鋼(パーリシュトスティール)を使った幾つかの研磨盤を手にし、研磨台まで戻ると側の研磨盤を立てかけられるスタンドに縦に並べた。

 最後に、作業台に戻って今回使う宝珠灯(ランタン)本体を手にすると、昨日と同じ流れで各部品へと分けた後、燃料部の上側にある光吸珠(アブソープション)を取り付ける部品をくるくると回し、上から取り外した。
 この部品の下側には、調光珠(ディミング)を挿し込む六角形の部品もあるんだけど、今回の原石はこれらに合うよう研磨する必要があるから、これだけ研磨台に持っていき、大きさを確認しながら削り、磨いていくんだ。
 研磨台に戻り、原石を置いているテーブルにさっき外した部品も置いた俺は、そのまま台の前に置かれた椅子に腰を下ろすと、研磨盤の一番目が荒い物を手に取り研磨台に乗せた。

 さて。これで準備はよし。
 まずは光吸石(インヘールライト)から研磨開始だ。

 俺は宝珠灯(ランタン)の部品と昨日切り出した光吸石(インヘールライト)のひとつを手に取り、取り付け場所との大きさを見比べる。
 形は薄い円柱状……うん。大体こんな感じか。
 頭の中で大体の大きさをイメージした俺は、そのまま研磨台に少し魔力(マナ)を込めた。淡い光を帯びた研磨台。すると、上半分がゆっくりと回転し始めた。

 普通の研磨台は下にあるペダルを利用して、速度の強弱を自分の足で付けて動かすんだけど、高価な物であればこうやって魔力(マナ)を使って調整できる物もある。
 勿論、師匠が使っているのは後者。お陰で足が疲れる事もなくって助かるけど、一応工房には足踏み型の研磨台もある。
 必ずしもこの工房だけで作業できるとは限らないからこそ、そっちで鍛錬を欠かさないようにしてるんだ。

 さて。いくか。
 まず、取付部に近い大きさになるまで一気に削っていくわけだけど、そのためには研磨台をを回転させ削っていく必要がある。 
 回転速度が安定した所で、俺は手にした光吸石(インヘールライト)の広い面を盤面に当てた。
 シャーッという独特の音と共に、少しずつ盤面に石の粉が線となって、うっすらと黒い円を描く。

 削った石の粉が勢いよく飛び散ったりということはない。といっても、これは研磨台を魔力(マナ)で動かしているからだ。
 その原理は、研磨盤に魔術(マナスペル)固定(フィックス)の付与がされていて、魔力(マナ)に反応してその効果が発生するというもの。
 これらの魔道具(マナアイテム)は師匠が若い頃に生まれたらしいんだけど、これが宝珠灯(ランタン)業界に革新をもたらしたんだ、なんてあの人は言ってたっけ。

 ちなみに、原石の切り出しの時は光吸石(インヘールライト)の方が手間がかかったけど、研磨に関しては魔光石(マナライト)の方が手間がかかる。
 理由は切り出す時と同じ。硬度が違うからだ。
 魔光石(マナライト)の方が柔らかく割れやすいからこそ、切り出しは早いけど研磨ではより神経を使うんだ。
 勿論、どちらから研磨してもいいんだけど、師匠は常に光吸石(インヘールライト)から作業していた。

  ──「先に硬い物から始めて腕を慣らす。そういうのも大事なんだよ」

 あの人が教えてくれた理由がこれ。
 勿論俺も、その順番で作業するようにしている。
 向きを変えながら、少しずつ綺麗な円柱を削り出していく中で届く、耳障りの良い研磨時の独特の音。
 それが集中力を高めてくれる──かと思っていたんだけど。俺は少しして、自分の異変に気づき手を止めた。