工房を閉めた俺達が家に戻ると、既に夕食の準備が整っていた。
リビングのテーブルに乗っているのはパンにサラダ。そして、焼き上げたポークステーキにソースを掛けた簡素な物。
実はこのステーキ、俺の好きな料理。ってことは、リセッタがこれを選択したのは明白。
勿論、好きな料理を食べられるってのは勿論ありがたいし、嬉しい話だ。
「それじゃ、食べてもいいか?」
「うん!」
「どうぞお召し上がりください」
「では、いただきます」
二人が笑顔で見つめてくる中、俺は早速フォークとナイフでポークステーキを切り分け、それを口に入れた。
……うん。肉の焼き加減もいいし、十分に柔らかい。
普通に焼いたらこうはいかないはず。多分これ、ちゃんとレモーダの果肉に漬けて柔らかくしてるな。
ソースは酸味の強い野菜、トメルトを細かく切って煮詰め、塩で味付けたのか。
これもまたリセッタお得意のやつだな。肉の本来の味を引き立てて美味いんだよな。
「お兄ちゃん。どう?」
「ああ。美味いよ」
率直な感想を聞かせると、リセッタとリオーネが顔を見合わせほっとする。
「じゃあ、私達もいただきましょうか?」
「うん! いっただっきまーす!」
挨拶もそこそこに、二人もまずポークステーキを食べ始めたんだけど。
「すごく美味しい……」
先に至福の表情を見せたのはリオーネだった。
「でしょ? リオーネさんが、ちゃんと言う通り作ってくれたからだよ」
笑顔でそう返すリセッタ……って、あれ?
「これ、リオーネさんが作ったんですか?」
俺がきょとんとすると、リオーネより先にリセッタが反応した。
「えへへ。リセッタが作り方を教えたの。リオーネさんって手際もいいし、ほんと料理も上手だよね」
「そんな事ないですよ。リセッタさんの教え方が良かっただけです」
「もー。褒めても何もでないんだからね!」
お互い少し照れつつも、和気あいあいな二人。
ほんと、リセッタの心遣いもあるとはいえ、昼間とは全然違って仲が良さそうでほっとする。
「でも、普段リセッタが出す味をちゃんと再現できてますし、本当に美味しいですよ」
「そ、そうですか? それなら良かったです」
俺が褒めてやると、リオーネは少し恥じらいを見せる。
その初々しい反応がちょっと可愛い……なんて見とれている場合じゃない。ここは話題を変えよう。
「そういやリセッタ」
「なーに?」
「さっき聞きそびれたけど、お前今日、随分早くここに来たよな。店番は?」
あまりに早く工房に顔を出したのがずっと気になってたんだけど、二人の会話を邪魔しちゃいけないとか考えているうちに聞きそびれてたんだよな。
俺の問いかけに、口に入れたサラダを飲み込んだリセッタが平然とこう口にした。
「お父さんに話して、早めに切り上げさせてもらったの」
「早めに? 夜まで時間もあっただろ?」
「うん。でも、今日はお店も暇だったし、泊まる準備もしたかったから」
「そうか。……は?」
泊まる準備?
「泊まるって、どこにだよ?」
戸惑いながら問いかけた俺に、リセッタが呆れた顔をする。
「お兄ちゃん家以外、あるわけないじゃん」
「いや、あるわけないって。そんなのダルバさんが認めるわけけないだろ」
俺がそう苦言を呈すると、「まったく……」と言いながら、リセッタはスカートのポケットから一通の手紙を差し出してくる。
「はい。お父さんから」
「あ、ああ」
ダルバさんから? っていうか、あの人が許可を出すとかあり得るのか?
疑念が拭えないまま、俺は手紙を手に取ると中身を見てみた。
そこには震えでやや歪んだ文字で、こう書かれていた。
『セルリック
いいか?
娘が嬢ちゃんが心配だからっていうから、今回だけは許可したが。
もし娘に手を出したら、承知しねえからな。』
おい。これ、絶対ダルバさん納得してないだろ……。
鬼の形相をした彼の姿が頭に浮かび、背筋が寒くなる。
「ね? だから、リオーネさんが帰るまで、一緒に寝泊まりするから」
「い、いや。一緒にったって。客室は既にリオーネさんが使ってるし、寝る場所もないだろ?」
「それなら心配しなくてもいいですよ」
こっちの疑問に答えたのは、リセッタじゃなくリオーネ。
「私の部屋で一緒に休みましょうってお伝えしましたから」
そう口にする彼女は納得しているのか。普段通りの笑顔を見せている。
うーん……。
まあ、俺も別にリオーネと二人っきりがいいってわけじゃないし、彼女達がいいならいいんだけど。後々ダルバさんや師匠に何を言われるか、わかったもんじゃないのが困りもの。
正直頭を抱えたくなる問題。
とはいえ、リセッタがリオーネを心配する気持ちもわからなくはないし、リオーネと二人っきりよりは間も持つか。俺が余計なことさえしなければ、不安にさせることもないだろうし。
「はぁ……。わかったよ。ただし、揉め事は勘弁だからな。二人共、仲良くやってくれ」
「勿論! リオーネさんとだったら大丈夫だよ。ね?」
「はい。安心してください」
まったく。こっちの気持ちも知らずに。
二人のお気楽な反応に肩を竦めた俺は、再びフォークとナイフを手にすると、もやもやとする気持ちを肉と一緒に噛み切り飲み込んだ。
§ § § § §
食事を終え風呂を準備した俺は、食事の後片付けを済ませた二人に先に入るように促した。
師匠が「風呂くらいゆったりとしたい」っていうだけあり、湯船も風呂場自体も広いから、二人同時に入ってもらっても問題はない。
──「お兄ちゃん。お風呂を急かさなくても、順番じゃ駄目?」
なんてリセッタから提案があったけど、俺は敢えて首を横に振り、家に泊まる以上言うことを聞けという強引な理由で二人同時に風呂に入ってもらってもらい、今はリビングの暖炉の側のソファーで一人ゆっくりとしている。
何でそうしたのかといえば……。
「ふわぁ……」
眠い。ただその一言に尽きる。
目を擦って涙を拭った俺は、暖炉の炎に目を向けながらぼんやりとする。
パチパチと小気味いい音が何気に眠気を誘うけれど、風呂くらいは何とか済ませたい。
ただ、二人が順番に入るのを待っていたら、間違いなく寝落ちする。
そう思ったからこそ、彼女達には悪いけど、風呂に入ってもらうのを急かしたんだ。
ちなみに、最近ここまで疲れた記憶はない。
宝珠灯の整備くらいならそこまで疲弊しないし、久々に根を詰めて仕事をしたからな。
魂灯の事で色々悩んだり考えたりもしてるし、心身共に疲れているのは確かだ。
疲れのお陰か。今は余計なことを考えようとも思わない。
そういう意味じゃ、こういう疲労も悪くはない。
ただ……。
「やっばいな……」
そう独りごちるくらいには眠い。
思っていた以上に眠気がきてる。一人だったら風呂は朝に回してさっさと寝るんだけど……。
パチパチパチ
静かな空間で、薪が立てる音の心地よさ。
宝珠灯と暖炉の炎が照らす淡い室内。
少し前なら、この時間は師匠とくだらない話で歓談してたっけな。
なんだろう。離れてまだ三ヶ月くらいなのに、凄く懐かしい気持ちになっている。今、師匠がいたら──。
「まったく。こんな所で寝ると風邪引くよ」
……え?
はっとして目を開けた俺の前に立っていたのは、長い赤髪の女性──師匠メルゼーネだった。
昔からよく見せた呆れ笑い。それが俺の心をほっとさせる。
「す、すいません。気をつけます」
「そうしな。ま、ここはうたた寝には丁度いいけどね。どっこいしょっと」
そう言って、テーブルを挟んだ一人掛けソファーに腰を下ろす師匠。
俺もソファーに座ったまま。ってことは、やっぱり寝落ちしてたのか。そのせいで頭が少しぼんやりしている。
「で。何を悩んでたんだい?」
「え?」
突然の言葉に唖然とした俺の言葉に、師匠は相変わらず呆れ笑いのまま。
「え? じゃないよ。寝言でぶつぶつ言ってたんだから」
「え!? 俺、なんて言ってました!?」
「俺は師匠の弟子でいいのか? なんて言ってたけど。そんなにあたしの弟子は嫌
かい?」
「そ、そんな事ないです!」
俺、師匠の前でそんな寝言を口走ってたのかよ。しかもそれを聞かれるとか。最悪だろって……。
バツが悪くなり髪を掻く俺を見て、あの人はふっと優しい顔をした。
リビングのテーブルに乗っているのはパンにサラダ。そして、焼き上げたポークステーキにソースを掛けた簡素な物。
実はこのステーキ、俺の好きな料理。ってことは、リセッタがこれを選択したのは明白。
勿論、好きな料理を食べられるってのは勿論ありがたいし、嬉しい話だ。
「それじゃ、食べてもいいか?」
「うん!」
「どうぞお召し上がりください」
「では、いただきます」
二人が笑顔で見つめてくる中、俺は早速フォークとナイフでポークステーキを切り分け、それを口に入れた。
……うん。肉の焼き加減もいいし、十分に柔らかい。
普通に焼いたらこうはいかないはず。多分これ、ちゃんとレモーダの果肉に漬けて柔らかくしてるな。
ソースは酸味の強い野菜、トメルトを細かく切って煮詰め、塩で味付けたのか。
これもまたリセッタお得意のやつだな。肉の本来の味を引き立てて美味いんだよな。
「お兄ちゃん。どう?」
「ああ。美味いよ」
率直な感想を聞かせると、リセッタとリオーネが顔を見合わせほっとする。
「じゃあ、私達もいただきましょうか?」
「うん! いっただっきまーす!」
挨拶もそこそこに、二人もまずポークステーキを食べ始めたんだけど。
「すごく美味しい……」
先に至福の表情を見せたのはリオーネだった。
「でしょ? リオーネさんが、ちゃんと言う通り作ってくれたからだよ」
笑顔でそう返すリセッタ……って、あれ?
「これ、リオーネさんが作ったんですか?」
俺がきょとんとすると、リオーネより先にリセッタが反応した。
「えへへ。リセッタが作り方を教えたの。リオーネさんって手際もいいし、ほんと料理も上手だよね」
「そんな事ないですよ。リセッタさんの教え方が良かっただけです」
「もー。褒めても何もでないんだからね!」
お互い少し照れつつも、和気あいあいな二人。
ほんと、リセッタの心遣いもあるとはいえ、昼間とは全然違って仲が良さそうでほっとする。
「でも、普段リセッタが出す味をちゃんと再現できてますし、本当に美味しいですよ」
「そ、そうですか? それなら良かったです」
俺が褒めてやると、リオーネは少し恥じらいを見せる。
その初々しい反応がちょっと可愛い……なんて見とれている場合じゃない。ここは話題を変えよう。
「そういやリセッタ」
「なーに?」
「さっき聞きそびれたけど、お前今日、随分早くここに来たよな。店番は?」
あまりに早く工房に顔を出したのがずっと気になってたんだけど、二人の会話を邪魔しちゃいけないとか考えているうちに聞きそびれてたんだよな。
俺の問いかけに、口に入れたサラダを飲み込んだリセッタが平然とこう口にした。
「お父さんに話して、早めに切り上げさせてもらったの」
「早めに? 夜まで時間もあっただろ?」
「うん。でも、今日はお店も暇だったし、泊まる準備もしたかったから」
「そうか。……は?」
泊まる準備?
「泊まるって、どこにだよ?」
戸惑いながら問いかけた俺に、リセッタが呆れた顔をする。
「お兄ちゃん家以外、あるわけないじゃん」
「いや、あるわけないって。そんなのダルバさんが認めるわけけないだろ」
俺がそう苦言を呈すると、「まったく……」と言いながら、リセッタはスカートのポケットから一通の手紙を差し出してくる。
「はい。お父さんから」
「あ、ああ」
ダルバさんから? っていうか、あの人が許可を出すとかあり得るのか?
疑念が拭えないまま、俺は手紙を手に取ると中身を見てみた。
そこには震えでやや歪んだ文字で、こう書かれていた。
『セルリック
いいか?
娘が嬢ちゃんが心配だからっていうから、今回だけは許可したが。
もし娘に手を出したら、承知しねえからな。』
おい。これ、絶対ダルバさん納得してないだろ……。
鬼の形相をした彼の姿が頭に浮かび、背筋が寒くなる。
「ね? だから、リオーネさんが帰るまで、一緒に寝泊まりするから」
「い、いや。一緒にったって。客室は既にリオーネさんが使ってるし、寝る場所もないだろ?」
「それなら心配しなくてもいいですよ」
こっちの疑問に答えたのは、リセッタじゃなくリオーネ。
「私の部屋で一緒に休みましょうってお伝えしましたから」
そう口にする彼女は納得しているのか。普段通りの笑顔を見せている。
うーん……。
まあ、俺も別にリオーネと二人っきりがいいってわけじゃないし、彼女達がいいならいいんだけど。後々ダルバさんや師匠に何を言われるか、わかったもんじゃないのが困りもの。
正直頭を抱えたくなる問題。
とはいえ、リセッタがリオーネを心配する気持ちもわからなくはないし、リオーネと二人っきりよりは間も持つか。俺が余計なことさえしなければ、不安にさせることもないだろうし。
「はぁ……。わかったよ。ただし、揉め事は勘弁だからな。二人共、仲良くやってくれ」
「勿論! リオーネさんとだったら大丈夫だよ。ね?」
「はい。安心してください」
まったく。こっちの気持ちも知らずに。
二人のお気楽な反応に肩を竦めた俺は、再びフォークとナイフを手にすると、もやもやとする気持ちを肉と一緒に噛み切り飲み込んだ。
§ § § § §
食事を終え風呂を準備した俺は、食事の後片付けを済ませた二人に先に入るように促した。
師匠が「風呂くらいゆったりとしたい」っていうだけあり、湯船も風呂場自体も広いから、二人同時に入ってもらっても問題はない。
──「お兄ちゃん。お風呂を急かさなくても、順番じゃ駄目?」
なんてリセッタから提案があったけど、俺は敢えて首を横に振り、家に泊まる以上言うことを聞けという強引な理由で二人同時に風呂に入ってもらってもらい、今はリビングの暖炉の側のソファーで一人ゆっくりとしている。
何でそうしたのかといえば……。
「ふわぁ……」
眠い。ただその一言に尽きる。
目を擦って涙を拭った俺は、暖炉の炎に目を向けながらぼんやりとする。
パチパチと小気味いい音が何気に眠気を誘うけれど、風呂くらいは何とか済ませたい。
ただ、二人が順番に入るのを待っていたら、間違いなく寝落ちする。
そう思ったからこそ、彼女達には悪いけど、風呂に入ってもらうのを急かしたんだ。
ちなみに、最近ここまで疲れた記憶はない。
宝珠灯の整備くらいならそこまで疲弊しないし、久々に根を詰めて仕事をしたからな。
魂灯の事で色々悩んだり考えたりもしてるし、心身共に疲れているのは確かだ。
疲れのお陰か。今は余計なことを考えようとも思わない。
そういう意味じゃ、こういう疲労も悪くはない。
ただ……。
「やっばいな……」
そう独りごちるくらいには眠い。
思っていた以上に眠気がきてる。一人だったら風呂は朝に回してさっさと寝るんだけど……。
パチパチパチ
静かな空間で、薪が立てる音の心地よさ。
宝珠灯と暖炉の炎が照らす淡い室内。
少し前なら、この時間は師匠とくだらない話で歓談してたっけな。
なんだろう。離れてまだ三ヶ月くらいなのに、凄く懐かしい気持ちになっている。今、師匠がいたら──。
「まったく。こんな所で寝ると風邪引くよ」
……え?
はっとして目を開けた俺の前に立っていたのは、長い赤髪の女性──師匠メルゼーネだった。
昔からよく見せた呆れ笑い。それが俺の心をほっとさせる。
「す、すいません。気をつけます」
「そうしな。ま、ここはうたた寝には丁度いいけどね。どっこいしょっと」
そう言って、テーブルを挟んだ一人掛けソファーに腰を下ろす師匠。
俺もソファーに座ったまま。ってことは、やっぱり寝落ちしてたのか。そのせいで頭が少しぼんやりしている。
「で。何を悩んでたんだい?」
「え?」
突然の言葉に唖然とした俺の言葉に、師匠は相変わらず呆れ笑いのまま。
「え? じゃないよ。寝言でぶつぶつ言ってたんだから」
「え!? 俺、なんて言ってました!?」
「俺は師匠の弟子でいいのか? なんて言ってたけど。そんなにあたしの弟子は嫌
かい?」
「そ、そんな事ないです!」
俺、師匠の前でそんな寝言を口走ってたのかよ。しかもそれを聞かれるとか。最悪だろって……。
バツが悪くなり髪を掻く俺を見て、あの人はふっと優しい顔をした。


