「お兄ちゃん。始めてもいい?」

 リセッタの脇に立つと、緊張した面持ちで彼女がそう問いかけてくる。

「ああ。どれから始めてもいいからな」
「うん。わかった」

 普段ほとんど見せない表情。
 あそこまで言ったとはいえ、彼女も初仕事。流石に緊張もするか。

 そういえば、原石の鑑定はどんな風にするんだろうか?
 今まで鑑定する所を見たことがないからこそ、こうやって見る機会。

 ふーっと大きく深呼吸したリセッタは、まず魔光石(マナライト)のひとつを手に取ると、すっと目を閉じた。
 ん? 目で見て判断をしないのか?
 彼女から目を離さず見ていると、しばらくじっとしていたあいつが目を開き、そのまま持っていた魔光石(マナライト)を戻して次の魔光石(マナライト)を手に取った。

 声を発することもなく、順番に五個の原石を持ち替え、同じことを繰り返すリセッタ。
 合間に何かしている様子は見えないけど……鑑定して、選別してるんだよな?

 予想以上に動きのない選別作業に内心戸惑っていると、最後の魔光石(マナライト)を箱に戻すと、それらをふたつのグループに分けた。

「お兄ちゃん。終わったよ」
「そうか。で、どうだった?」
「こっちのふたつは駄目。残りのみっつは問題ないよ」
「ちなみに、何で駄目かまでわかるのか?」
「うん。こっちは真ん中にすごく細い亀裂ができちゃってて、もう一個は半分くらい歪みが出てた」
「え?」

 さっき俺が透けた部分を見た時、どっちもそんな印象は受けなかったけど……。
 亀裂があるという原石を手に取り、もう一度覗き込んでみた。
 ……やっぱり、外から見た限り亀裂があるようには見えない。

「全然そんな風に見えないな」
「貸してみな」
「あ、はい」

 呟きに反応したダルバさんに、俺はそのまま原石を渡すと、彼はカウンターの上にそれを置き、カウンターの下から薄く平たい刃の彫刻刀とハンマーを取り出す。 

 片手に持った彫刻刀を魔光石(マナライト)の上部に垂直に立て、そっと刃を添えたダルバさんは、そのまま反対に手に持ったハンマーを彫刻刀持ち手の底に触れるか触れないかの位置で構えた後、優しくコツンと当てる。
 すると、原石はいともあっさり綺麗に半分に割れた。

「見てみろ」
「はい」
「私もいいですか?」
「ああ」

 俺とリオーネがそれぞれ半分になった魔光石(マナライト)を手にし、断面を覗き込む。

 ……確かに、凄く細い亀裂が走ってる。
 外側からじゃ全然わからなかったのは、亀裂が隙間なく重なっていたから、そのまま素通りして光が見えたってことなんだろう。

「ちなみに、こっちはこんな感じだな」

 ダルバさんの声に目を向けると、もうひとつの魔光石(マナライト)の断面は本来青色であるべき石の一部がうっすら黄色みがかっている。
 魔光石(マナライト)はある程度澄んでいるのに、これも外からじゃまったくわからなかった。

「外側から見ると、全然わかりませんね」
「そうですね。俺も気付けませんでした」

 魔光石(マナライト)を表と断面を交互に覗き込み、感心した声をあげたリオーネに、俺も相槌を打つ。

「どうだ? うちの娘の腕は?」
「これを見極められるなんて、本当に凄いですよ」
「だろ? 俺とはちょっとやり方が違うが、精度は見劣りしねえ。原石の鑑定師としても通用するぜ」
「でしょ? 凄く頑張ったんだもん」

 娘が褒めらたからか。笑顔が止まらないダルバさん。
 リセッタも胸を張り自慢げだ。

「ちなみに。何となくだけど、このみっつならこれが一番魂応(こんおう)するんじゃないかなって思うんだけど。お兄ちゃん。合ってる?」
「え?」

 と。彼女は突然ひとつの魔光石(マナライト)を指差しそう問いかけてきたけど、俺はそれを聞いて目を丸くした。
 確かに残った魔光石(マナライト)の中で、一番魂応(こんおう)する力を持っているのはそれ。だけど、リセッタは魂視(ソウルビジョン)を持ってなんていないはず。

「確かにそうだけど。どうしてわかったんだ?」
「えへへっ。秘密」

 してやったりと言わんばかりに、いたずらっぽくそう口にするリセッタ。
 さっきダルバさんがやり方が違うって言ってたのもあるし、鑑定の方法や魂応(こんおう)に気づけた理由が気になって仕方ない。
 とはいえ、これもまたあいつなりの技術。話せないものを強引に聞くってのも流石にな。

「セルリック」

 俺達のやり取りを見ていたダルバさんがこっちに声を掛けてくると、ニヤニヤしながらリセッタを親指で指差す。

「どうだ? こいつも、そこの嬢ちゃんに負けてないだろ?」
「え? 負けてない、ですか?」

 ん? それってどういう意味なんだ?
 思わずそう声を漏らしたリオーネを見ると、彼女もまたきょとんとしている。

「お父さん!」

 俺達二人が首を傾げたのと、リセッタがダルバさんを怒鳴りつけたのはほぼ同時だった。

「へ、変なこと言わないの! 別に勝ち負けとかないんだから!」

 カウンター越しに少し身を乗り出したリセッタが、まるで猛犬のような形相でダルバさんを睨みつける。

「言葉の綾だ。言葉の綾」
「うるさい! 今度余計なことを言ったら、お母さんに言いつけて当面食事抜きにしてもらうから!」
「わ、わかった! 悪かった。悪かったって!」

 彼女の今までにない圧に、ダルバさんもタジタジ。
 この展開、どうすればいいんだ?
 リセッタにここまでキレられたら、流石に俺もなだめ方はわからないし、なだめる言葉も浮かばない。

「もうっ! ね、お兄ちゃん。続きを進めてもいい?」

 と。突然リセッタがこっちを見ると、さっきまでの事なんてなかったかのような──いや、どこか圧があるのは変わらない、硬い笑みのままそう口にする。

 あまりの変わり身の早さに、何かをごまかしたのは見え見え。だけど、下手に何か聞こうものなら、さっきのダルバさんの二の舞いになりかねない。
 ここは下手に事を荒立てないほうがよさそうだな……。
 
「あ、ああ。悪いけど、光吸石(インヘールライト)の方も頼んでいいか?」
「うん。任せて!」

 にっこりと笑ったリセッタは、元気よく返事をするとそのまま再びカウンターに向かい、残りの原石の鑑定を再開したんだけど。それが終わるまでのしばらくの間、俺達を何とも気まずい沈黙が包んだのは必然だったと思う。

   § § § § §

 リセッタが一通りの鑑定を終え、残ったのは魔光石(マナライト)がみっつと光吸石(インヘールライト)がよっつ。
 俺は彼女が選別してくれた、問題ないと鑑定された原石の中から選ぶ事にした。
 魂応(こんおう)する光の強さからすると……。

「じゃあ、魔光石(マナライト)はこのふたつ。光吸石(インヘールライト)はこのふたつをいただけますか?」
「わかった。リセッタ。こいつを布袋に入れてくれ」
「うん」

 リセッタはカウンターの裏に回り込み、箱を背後の台に移し作業を始める。

「それで、お代は幾らですか?」
「合わせて五銀貨ってところだな」
「え? それって安すぎませんか?」
「そりゃ、加工前の原石だからな。鑑定したとはいえ、相場はこんなもんだ」

 普段購入している調光珠(ディミング)は、ひとつで大体三十銀貨はするだろ。
 確かに加工前の原石とはいえ、ちょっと値段が安い気がする。
 とはいえ、自分で原石を買った事もなければ、師匠が原石を買っている所も見たことがない。比較する物がない以上、言い値を信じるしかないか。
 俺は腰に付けたポーチから財布袋を取り出し、そこから五銀貨を手にした。

「お父さん。これでいい?」
「ああ」

「じゃあ、これで」

 リセッタがカウンターに置いてくれた原石の入った布袋を用意してくれたのを見て、俺はそのままダルバさんに銀貨を手渡そうとしたんだけど。

「待て」

 彼はそれを制すると、リセッタの方を見た。

「リセッタ。これはお前の取り分だ。受け取れ」
「え? 何で?」

 リセッタが不思議そうな顔をすると、ダルバさんが真面目な顔をする。

「決まってるだろ。仕事をした奴が報酬を得る。それが当たり前だからな。これはお前が()()()()として初めて仕事をした報酬だ。素直に受け取れ」

 ひとりの宝飾職人として娘を認めた。そう言ってもいい言葉に、リセッタは少し戸惑いを見せている。
 でも、こいつもそれだけ頑張ってきたんだもんな。

「それなら……」

 俺は手にした銀貨を財布袋に戻すと、一枚の金貨を手に、リセッタの前に置いた。

「じゃあ、これで」
「はっ!? おいセルリック。それは幾らなんでも高すぎだ!」
「そ、そうだよお兄ちゃん! 流石に一金貨は多すぎだよ!」

 突然の心変わりに、二人が思わず目を丸くする。
 俺は二人に笑ってみせると、まずダルバさんに顔を向けた。

「リセッタにとっての初仕事だし、鑑定だけと言えばそうかもしれません。だけど、わざわざ俺のためにここまで努力を重ねてきて、仕事を物にしてくれたんで。そんな感謝の気持ちで色を付けただけです」

 そこまで口にした後、今度はリセッタの方を見る。

「いいか? 今後仕事を頼む時は、ちゃんと相場に合わせて仕事料を払う。だけど、この件だけじゃなく、お前には色々助けてもらってるからさ。だから、今回だけは受け取ってくれないか?」

 重い言葉にならないように気をつけながら、笑顔を絶やさず素直な気持ちでそう伝えると、少し呆けていたリセッタは次の瞬間、はにかみながら笑顔を見せた。

「仕方ないなぁ。お兄ちゃんのわがまま、聞いてあげる。はい」
「悪い。ありがとな」
「まったく。謝るくらいなら、こんな大金渡さなきゃいいのに」

 俺が原石の入った布袋を受け取ると、リセッタが呆れた顔をする。
 未だ顔が赤いところを見ると、きっと照れ隠しだな。何気にこいつとの付き合いも長いから、そんなのはすぐわかる。

「ま、そこは出来の悪い兄だって、大目に見とけって」

 布袋をポーチに仕舞った俺は、彼女の変化に触れることなく笑ってごまかした。