「リオーネさん。一緒に町に行きませんか?」
「……え? あの、何かあったんですか?」
「いえ。本体に取り付ける宝珠(オーブ)や、今後の食材を買い込んだりしたいなと。リオーネさんも遠路はるばるレトの町まで来たんですし、観光も兼ねてご一緒しませんか?」

 リオーネの醸し出す負の空気を気にかけず、俺は自然にそう誘ってみた。

「勿論、お疲れなら俺一人で行ってくるんで、休んでてもらってもいいですけど。どうしますか?」

 そんな、逃げの選択肢を残すのも忘れずに。
 まあ、こう言ったところで。

「あ、はい。折角なので、ご一緒してもいいですか?」

 そう返ってくるのは目に見えてたけど。

「じゃあ、準備しますね。ちょっとお待ち下さい」

 俺は作業用クロークを壁に戻すと、戻りがけに炎が灯った宝珠灯(ランタン)を手に取り、立ち上がったリオーネの脇に立つ。

「それじゃ、行きましょうか」
「は、はい」

 突然の誘いに戸惑う彼女を連れ、工房を出ると玄関に鍵を掛け、庭の入口の柱に掛けてある案内札をめくり『準備中』に変更すると、俺達はレトに繋がる道を歩きながら、草原の広がる丘を降りていった。

 町に着くまでの時間。
 星空の下、俺はこちらから話題を振り、彼女と他愛のない話をし続けた。

 リオーネの故郷の村や、オルバレイア王国の王都オルロードがどんな所だったのか。
 装飾の学校とはどんな所で、どんな事を学んだのか。 
 柔らかい月明かりに照らされながら、俺の質問に答えるリオーネは、まだちょっと戸惑った顔をしている。
 だけど、さっきまでの気落ちした空気は感じない。

 正直落ち込んだ顔を見るくらいなら、こういった顔を見ている方がよっぽど気楽。
 だからこそ、俺は必死に話を切らさないよう、何とかレトの町まで会話を繋ぎきった。

   § § § § §

 ポラナの島はそれほど大きくないし、観光名所というわけでもない。
 そんな島にある港町レトもまた、決して大きな町とは言い難いけど、ずっとこの辺に住んできた俺からすれば、十分活気はある方だと思う。

 海沿いの道から町に入ると、街灯の灯りの先に見える近くの漁港では、漁師達が色々話をしたり、各々の船に乗って海星魚(シースター)が輝く海へ漁に出る光景が見える。
 街灯で照らされながら道なりに露天が立ち並ぶ市場を歩いていくと、そこでは野菜や肉、魚介類の店が立ち並び、町の住人達が買い出しに来ている姿があった。

 やっぱりこの時間、昼食の素材を探している人達が多くて、いつも通り賑わっている。繁盛しているのはいいけど、落ち着いて品物が見られなさそうだし、こっちは後回しにするか。

「最初はどこに行くんですか?」
「昨日話していた宝飾店に行こうと思います」

 リオーネにそう答えながら、俺は彼女を連れ露天の区画を抜け、奥にある商店街に足を向けた。
 店先に外灯を付け、明るく照らし出されている武器屋に道具屋。服屋なんかと並んで建っている一軒の店、ダルバ宝飾店。
 俺は店主の名前を取って付けられたその店の扉を開けると、ゆっくりと中に入っていった。

  カランカラン

 扉の上の鐘が奏でる心地よい音と共に目に飛び込んできた店内は、幾つかの商品棚に仕切られ少し手狭。
 普段も客足は少ないけれど、今は丁度誰もいないようだ。

 音に反応し、奥のカウンターの椅子に座っていた店主がこっちを見る。
 髪のない頭に、茶色の長い髭を蓄えた頑強そうな中年男性。彼がこの店の店主、ダルバさんだ。

「おお。セルリックじゃねえか」
「どうも」

 にこやかな笑顔を見せたダルバさんに、こっちも笑顔で軽く頭を下げる。

「え? お兄ちゃん!?」

 と、そのやり取りを聞いて反応し、店を区切る大きな棚の裏から飛び出してきた、ワンピースにエプロンをした少女がいた。
 胸まで掛かる長い金髪のツインテールが特徴の、十七歳の割にちょっと幼く見えるこの少女こそ、この間リオーネにも話したリセッタだ。

「お兄ちゃん、いらっしゃい!」

 俺に何時ものように愛嬌ある笑顔を向けてきた彼女が、次の瞬間ちょっと驚いた顔で動きを止める。
 視線の動きからすると、後ろにいるリオーネを見たんだろう。

「いらっしゃい。お嬢さん」
「あ、はい。お邪魔してます」
「この辺じゃ見ない顔だが、この町にはどんな用事で?」
「え、えっと……」

 ダルバさんが気さくにそう尋ねると、俺に並んだリオーネがこっちに困った顔を向けてくる。
 流石に初めて入る店だし、ちょっと緊張してるのか。ここは素直に俺が紹介しておいたほうがよさそうだな。

「ああ、この人はリオーネさんって言って、俺に宝珠灯(ランタン)制作を依頼しにきたお客さんです」
「あの、リオーネと言います」
「おお、そうだったか。俺はダルバ。この店の店主をしてる。で、そっちがリセッタ。俺の可愛い娘だ。よろしくな」

 ぺこりと頭を下げたリオーネに、ダルバさんが笑顔でそう説明した。
 普段ならすぐに挨拶するリセッタは未だ反無反応。対するリオーネはというと、彼女の名前を聞いた瞬間、こっちに笑顔を見せる。

「セルリックさん。もしかして、彼女があのスープを作られた方ですか?」
「ええ」
「やっぱり! 初めまして、リセッタさん。あのスープ、本当に美味しかったです!」

 リオーネがにこにこしながらそう口にしたんだけど、それを聞いたリセッタは彼女に見せていた表情をそのままに、こっちに顔を向けてきた。

「お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「えっと。この人、何でリセッタの作ったスープのこと知ってるの?」
「ああ。昨日あれをベースに、パスタソースを作って振る舞ったから」
「振る舞ったって……どういうこと?」

 少し低い声になったリセッタが、ずいっと俺に歩み寄り、白い目で見上げてくる。
 っていうか、何でこんな反応をしてるんだ? まあいいけど。

「いや。昨日紅月(レッドムーン)が昇る直前、彼女が仕事の話で工房を尋ねてきたんだ。流石にそんな時間に、宿に帰すわけにもいかないだろ?」
「それで?」
「だから一晩泊まってもらった時に、お前のスープをアレンジしたパスタを出したんだよ」
「……はぁっ!? 一晩、泊まったぁっ!?」

 俺が包み隠さずそう伝えた瞬間、目を皿のようにした親子の驚愕した声が被った。
 っていうか、ダルバさんまでなんで驚いてるんだ?
 思わずそっちを見ると、彼が未だ驚愕した顔のまま話しかけてくる。

「お前、今はメルゼーネが出掛けてて、一人暮らしだよな?」
「ええ」
「それなのに、家に泊めたのか?」
「はい。でも、リオーネさんも極夜地域に来たのは初めてで、時間感覚がおかしかったんです。別に悪気があってあんな遅い時間に工房に来たわけじゃないですし、仕方ないじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだが……」

 ぼりぼりと頭を掻くダルバさんの視線が、そのままリオーネに向く。

「お嬢さん。失礼だが、年は幾つだい?」
「えっと、十七ですが」
「あんたも年頃だ。こいつに急にそう誘われて、不安にならなかったのかい?」

 急に込み入った話をしだすダバルさん。
 流石にリオーネも戸惑ってるんじゃないか? と思ってそっちを見ると、そこには凛とした顔の彼女がいた。

「不安がなくはなかったです。でも、依頼についてお話していく中で、セルリックさんが誠実な人だっていうのは十分感じました。だからこそ、数日居候するご提案も受け入れて、ご一緒させていただいています」
「……はぁぁぁぁっ!? 居候!?」

 彼女の話を聞いた瞬間。少しの間を置いて、またも親子の驚き声が綺麗に重なった。