お腹が空いて目が覚めると、目の前には起こしてくれると言っていたエリーゼが丸まってすやすやと寝ていた。
 エリーゼも疲れていたんだろう。
 ずっと飛んでくれたわけだしね。

「エリーゼ、起きて。ご飯に行こう」

 上半身を起こすと、エリーゼを揺する。

「ふわーあ……もうそんな時間?」
「もう外は暗いよ」

 窓の外は灯りが見えているものの、もう夜なことがわかる。
 備え付けの時計を見ると、もう19時だ。

「ふーん……じゃあ、ご飯に行きましょう」

 ベッドから降りると、寝ぐせを整え、部屋を出る。
 そして、1階に降りると、食堂に向かった。
 食堂は多くのお客さんで賑わっており、空いている席を探す。

「いらっしゃい。空いてる席に……あそこしかないね」

 おばちゃんがそう言って、唯一空いてるテーブル席を見た。

「わかりました」

 テーブルに行き、席につく。

「皆、楽しそうだね」

 周りのお客さんは仲間や家族っぽい人と食事やお酒を楽しみながら話をしていた。

「なんか暗いことを言いそうね……」
「うん。家族でご飯食べた記憶がない」

 もちろん、今世の話ね。

「あんた、明るい表情で重いことを言うわね……」
「そんなに気にしてないからね」

 あの家はあまりにも家族感がなかったので何も思わないのだ。
 もちろん、育てくれたことには感謝している。
 だが、それ以上の感情はない。
 それはこの世界がゲームであるとか、前世の親こそが親と思っているわけではなく、ただただ同じ家に住んでいるだけの同居人という感じが強いからだ。
 それほどまでに家族で会話もないし、何かをした記憶もない。
 これが貴族だからなのかはわからないが、少し寂しいような気がしないでもない。
 しかし、だからこそ、あっさり家を出るという結論に至れたのだから良しとしたい。

「私がいるわよ……」

 エリーゼがボソッとつぶやいた。
 非常に可愛いツンデレ猫さんだ。

 テーブルの上のエリーゼを撫でていると、新たなお客さんが2名ほど入ってきた。

「あー、ごめんよ。ちょっと満席かなー……」

 おばちゃんが席を見渡しながらお客さんに謝っている。

「エリーゼ」
「あの時のメイドとお嬢様ね」

 お客さん2名は昨夜、道を教えてくれたメイドさんと銀髪のお嬢様だった。

「恩があるし、譲るべき?」
「お好きにどうぞ」

 うーん……

「すみませーん」

 おばちゃんを手招きして呼ぶ。
 すると、おばちゃんがこちらを向き、メイドさんとお嬢様も僕達に気付いた。

「何だい?」

 おばちゃんがこちらにやってきて聞いてくる。

「僕、上で食べますんであの2人にここを譲ってください」
「いいのかい?」
「部屋にデスクがありましたし、そこで食べます。あの2人は道中で迷子になっていた僕らに道を教えてくれた恩人なんで譲りますよ」
「へー……相席でもいいかい?」

 相席……あ、普通はそうなるのか。

「向こうがよろしければ良いですよ。嫌そうなら上で食べます」
「……あんた、何かしたのかい?」
「僕、評判が良くない家の子なんですよ」
「ふーん……」

 おばちゃんはよくわかっていない顔でメイドさんとお嬢様のもとに向かう。

「あんた、どう見ても人畜無害でしょ。貴族の服をやめたからなおさらよ」
「いや、僕、悪だから。悪役貴族」
「そんなつぶらな瞳をして、無理があるわよ」

 どんな悪でも最初はこうだったのかねーと思っていると、メイドさんとお嬢様がこちらにやってきた。

「相席させていただきます」
「ありがとうございます」

 メイドさんとお嬢様が丁寧に頭を下げる。

「いえいえ。1人でテーブルを独占するのも気が引けますし、問題ありませんよ。それよりも昨晩は助かりました。おかげさまで無事、この町にやってこれましたし、感謝しかありません」

 立ち上がって、姿勢を正し、礼を述べる。
 一応、相手が貴族なのでこういう礼儀は大事なのだ。

「いえ、当然のことをしたまでです」

 メイドさんが涼しい顔のまま答える。

「そうですか……あ、どうぞ、かけてください」

 僕達はテーブルにつく。

「ありがとうございます。申し遅れました。私はマリーアンジュ・フォートリエと申します。気軽にマリーとお呼びください。こちらは侍女のリサ」
「リサでございます」

 お嬢様が自己紹介とメイドさんを紹介してくれる。
 正直、名乗るとは思っていなかったし、ただの相席で会話をするとも思っていなかった。

「昨夜、名乗ったかもしれませんが、私はウィリアム・アシュクロフトです。この子はエリーゼ。可愛いでしょ」
「ええ、とっても」

 マリーがエリーゼを見て、ニッコリと笑う。
 エリーゼは恥ずかしそうにぷいっと横を向いた。

「恥ずかしがるなよー」
「ふん」

 いやー、可愛い子だ。
 なでなで。

「ふふっ、時にウィリアム様、アシュクロフト家の方かと思いますが、何故、こちらに?」

 エリーゼを見て、微笑ましい笑みを浮かべていたマリーが聞いてくる。

「あー、錬金術師になりたくて、家を出たんですよ。だから僕はもう貴族じゃなくて、平民ですね。ですので、敬語も結構です」
「い、家を出たんですか?」
「アシュクロフトを?」

 お嬢様もメイドさんも驚いている。

「ええ。この町の魔法学校で錬金術を学び、将来的にはアトリエを開こうと思っているんですよ。今日、学校に行って、入学の手続きと試験を受けてきました」

 結果はまだだけど。

「そうですか……ウィリアム様は家を出ることに抵抗はなかったんですか?」

 ん?

「ウィルでいいよ。あと敬語もいいってば。家は特に……まあ、やりたいことがあるわけだから」
「そ、そう? えーっと、家を継ぐんじゃないの?」
「家は兄が継ぐよ。長男か次男のどっちか。多分、長男じゃないかなー?」

 多分、長男だろう。

「そ、そうなんだ……あれ?」

 マリーがメイドさんを見て、首を傾げる。
 どうしたんだろうか?

「何か?」
「いえ……あ、料理が来たわね」

 マリーが言うようにおばちゃんが3人分の料理を持ってくれたので食べだす。

「マリーはリットから来たの?」
「ええ……え? なんでリットってわかるの?」

 マリーが驚く。

「マリーってメイドさん付きだし、絶対に貴族でしょ。でも、ウチの国にフォートリエっていう貴族の家はないし、昨夜、リットの国境沿いにいて、今、ここにいるならそうでしょ」
「あー……そうね。確かに私はリット王国の貴族よ。魔法学校に留学しに来たの。この国は学問が盛んだし、魔法を学ぼうと思ってね」

 やっぱりそうか。

「魔法科?」
「ええ」
「いいねー。錬金術科と違って、試験も難しいし、実技もあるらしいけど、頑張って」

 そう言うと、マリーの表情が若干、暗くなった。

「お嬢様、食後も勉強です」
「わ、わかってる」

 あまり勉強が得意じゃない子っぽいな。
 魔力は結構ありそうだし、実戦派なのかもしれない。

 僕達はその後も雑談をしながら食事をしていく。
 そして、食事を終えると、マリーとメイドのリサが勉強のために部屋に戻っていったので僕とエリーゼを部屋に戻った。