「えーっと、錬金術になってアトリエを開きたいという夢がありまして、それで家を出たんです。もちろん、父にも了承を得てます」
「そ、そうなんですか。それはご立派ですね……え? 錬金術師? あ、ホントに錬金術科を希望している」
おばちゃんがちょっと驚いたのは錬金術かより魔法科の方が人気だからだ。
錬金術師も儲かる仕事ではあるが、それ以上に儲かり、名誉なのが魔法使いなのである。
多分、この学校も魔法使い志望で魔法科に通う学生の方が多い。
「なりたいんです」
「そうですか……せっかく、これだけの魔力があるのにもったいない気もしますが、本人の希望なら仕方がないでしょう。えーっと……寮に入るんですね? すみませんが、ウチの寮は貴族と平民が合同なんですけど、よろしいですか?」
他所の学校はトラブル防止のために別のところが多いだろう。
「構いません。それと僕は家を出たので平民です」
「そ、そこまで……あ、それで町の奨学金を希望しているんですか?」
「ええ。いずれはこの町でアトリエを開きたいと思っています」
「そ、そうですか……わかりました。では、この書類は受理します。錬金術科ですと、筆記試験のみになります。いつ受験を希望しますか? 来週までならいつでも構いません」
うーん……
「寮はいつから入れるんですか?」
「合格となればいつからでも大丈夫ですよ。もちろん、今月分の金貨3枚は必要になりますが……」
なら早い方が良いな。
「じゃあ、今から試験を受けたいです」
「わかりました。では、奥にある部屋で待っててください。準備をしますので」
おばちゃんが右奥にある扉を指差す。
「あそこですね。わかりました」
頷くと、奥に行き、扉を開ける。
部屋は8畳くらいの応接室であり、対面式のソファーとその間にローテーブルが置いてあった。
「ここで試験? 教室のイメージがあった」
「錬金術志望は少ないからだね。多分、魔法科ならまとめて試験をするから教室とかだと思うよ」
「錬金術師は人気ないんだ……」
「逆に魔法使いが花形なんだよ」
そう答えて、ソファーに腰かける。
そのまましばらく待っていると、紙を持ったおばちゃんが部屋に入ってきた。
「お待たせしました。試験を開始します」
おばちゃんは対面に腰かけると、1枚の紙をテーブルに置いた。
「1枚だけですか?」
「錬金術科はちょっと試験の難易度を落としているんです。理由はまあ、志望者が少ないからですね」
すべり止めになってそう……
「わかりました」
「では、時間は1時間です。どうぞ」
おばちゃんが笑顔で勧めてきたので問題をざらっと見てみた
「どう?」
エリーゼが首を傾げながら聞いてくる。
「落ちることはないと思うよ」
ぶっちゃけ簡単すぎる。
試験の難易度を落としていることもあるが、僕自身が勉強には自信があるからだ。
伊達に引きこもって勉強をしてない。
「じゃあ、終わったら起こしてちょうだい」
エリーゼがそう言ってソファーで丸まったので試験を解き始める。
特に詰まることもなく、すらすらと解いていくと、30分程度ですべての問題を解き終えたので最後に一問目からチェックをしていった。
そして、最後までチェックをし、ケアレスミスがないことを確認すると、答案用紙をテーブルに置く。
「できました」
「はい。お疲れ様です。合否は2日後にお知らせしますのでまたこちらに来てもらえますか?」
「わかりました。エリーゼ、起きて。帰るよ」
「んー? もう終わったの? さすがはウィルねー」
エリーゼは起きると、身体を伸ばしてあくびをする。
「このくらいならね。では、これで失礼します」
エリーゼを抱えると、立ち上がって一礼し、部屋を出た。
そして、学校の敷地を出ると、宿屋に向かって歩いていく。
「順調ね」
「うん、今のところはね」
試験も大丈夫だろうし、目標に向かって上手く進んでいる。
「身体の方は大丈夫? 休んでから試験を受ければ良かったのに」
「お金のことを考えると、早めに寮に入りたかったからね」
それにこのくらいではテストに支障をきたすという程でもない。
「ふーん、でもまあ、今日は宿屋でゆっくり休みなさい。久しぶりの布団よ?」
「いや、エリーゼの身体も十分暖かったし、快適だったよ。すごいよね」
「バカ……えっち……」
えー……
僕達は歩いていき、宿屋までやってくる。
そして、看板を見上げて、宿屋であることを確認すると、入口近くにある料金表を見る。
「A室が金貨1枚、B室が銀貨5枚、C室が銀貨3枚か」
この世界の通貨は銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ。
基本的に銅貨1枚が100円って思っておけばそこまで外れはない。
「貴族らしくA室にする? 少なくとも、C室はやめた方が良いんじゃない?」
「そうだねー……間を取ってB室かな?」
日本人らしい考えだと思う。
「ちなみにだけど、この宿屋もゲームにあった?」
「あったね。というか、ここしかなかったと思う。まあ、実際は町の規模から考えても他にあるんだろうけど」
そこはゲームと現実の差だろう。
ゲームはそこまで考えないし。
「ふーん、まあいいわ。早く休みましょう」
僕達は宿屋に入ると、受付に向かう。
受付には40代くらいの男性が座っていた。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい。B室で2泊ほどしたいんです」
「はいよ。だったら金貨1枚だな」
寮がひと月で金貨3枚と考えると、かなり割高に感じる。
でも、実際は安いのは寮の方である。
それほどまでに魔法学校というのは国から補助金が出ているのだ。
「はい。食事は付くんですか?」
金貨1枚をカウンターに置きながら聞く。
「朝と夜だけな。酒や追加で食べたいものがあれば別料金になるからその都度払ってくれ。食堂はそこだ」
おじさんが右の方を指差す。
ここからでもいくつかのテーブルが見えているが、誰もいない。
「わかりました」
「猫の食事もいるか? 余りものなら用意できるが……」
おじさんがエリーゼを見ながら確認してくる。
「いえ、この子は使い魔ですし、一緒に食べるんで大丈夫ですよ。僕、そんなに食べないんで」
「まあ、確かにそんなに食べるようには見えんな……わかった。これが鍵になる。部屋は2階の3号室だ」
おじさんがカウンターに鍵を置いたので手に取る。
「ありがとうございます」
近くにあった階段を昇り、3号室に入ると、ベッドと机があるだけの質素な部屋だった。
それでもベッドを見た瞬間、どっと疲れが襲ってくる。
「あー、思ったより、疲れてたのかも。急に疲れが……」
「だから言ったでしょ。布団を出して、寝なさい。夕方になったら起こしてあげるから」
「うん、ありがとう」
ベッドまで行き、元々敷いてあった布団の上に持ってきた布団を敷き、倒れ込んだ。
「あー、眠い」
「うんうん、おやすみなさい」
「おやすみ……」
目を閉じると、あっという間に意識が遠くなっていくのがわかった。
