しばらく待っていると、ランディが3枚の毛皮を持って戻ってきた。

「ほれ、こんなもんだろ」
「ありがとう。汚れを取ってあげるよ」

 微妙に血があちこち付いているランディに手を掲げると、あっという間に汚れが取れた。

「ん? なんか服の中の汗のべとべとも取れたぞ」
「そういう魔法だからね。旅や遠征をする時は大事なんだよ」
「へー……貴族は皆、使えるのか?」
「多分ね。マリーとアメリアは絶対に覚えてると思うよ」

 女性は必須だもん。

「覚えてるわね。じゃないと、はるばるリットから来たくないわ」
「わたくしもですわ」

 電車も飛行機もないこの世界は大変だもんね。

「そういうもんか……」
「これも教えてあげるよ。簡単だしね」
「悪いな」
「いいの、いいの。皮を剥いでくれた方がありがたいもん」

 僕には無理よ。

「そうか。それと魔石だけど、どうする?」

 魔石も採取したのか。

「売る?」
「そうするか。後で山分けしよう。銀貨くらいだが」

 十分、十分。
 エリーゼのにぬいぐるみ1匹だよ。

「ランディ、お茶でも飲みさない」

 マリーがお茶を淹れ、ランディに渡す。

「ありがとよ。それでウィル、アメリア、毛皮はこれでいいのか?」

 ランディが3枚の毛皮を見せてくれたのでアメリアと共にチェックする。

「傷がないし、いいんじゃないかな?」
「だと思います。魔法のチョイスが良かったですわね」

 アメリアがそう言うと、マリーがドヤ顔を浮かべた。

「なめし液は持ってきた?」
「ええ。もちろんです」

 アメリアも持ってきているか。

「じゃあ、やってみようか」
「そうしましょう。御二人共、見張りを任せますわ」

 僕とアメリアは1枚ずつ毛皮を取ると、なめし液を取り出し、錬成していく。

「ちょっと時間がかかりますね」
「回復ポーションよりは難易度が高いからね」

 僕達が錬成をしている間にも森からゴブリン、ウルフが出てきた。
 それをマリーが倒し、ランディが毛皮を剥ぎとると、僕達のところに置いていき、合計で9枚になったところで毛皮の錬成が終わる。

「できた……」
「わたくしもですわ」

 僕とアメリアの手にはさらさらふわふわの毛皮がある。

「うーん、ウィルがFランクでアメリアはEランクね。アメリアはポーションなんかの薬品よりそっちの方が向いているかもね」

 エリーゼが鑑定してくれた。

「ほうほう。それは良いことを聞けました。ウィル、1枚はできましたし、残りの毛皮はわたくしが錬成しましょう。ウィルは残りのポーションをお願いします」
「そうしよっか」

 僕達は手分けをすることにし、それぞれの作業に入る。
 すると、またもやゴブリンが現れ、それを狙ったウルフが出てきた。
 しかも、都合よく1匹だ。
 当然、マリーがそのウルフを狙う。

「―― マリー、避けなさい!」

 エリーゼが急に叫ぶと、後ろから魔力を感じ、僕の横を氷の槍が通りすぎていった。
 そして、慌ててバックステップしたマリーの正面に飛んでいき、ウルフを突き刺す。

 ウルフが死に、マリーが無事なことを確認すると、後ろを振り向く。
 すると、そこには見覚えのある男子3人が立っていた。
 ジスランとその子分共である。

「ジスラン! 危ないじゃないの!」

 マリーが怒って、ジスランに向かって怒鳴る。
 当然である。

「危ないかと思って、援護しただけだ」
「どこが援護よ! あんたの魔法の方が危ないわ!」
「助けてやったのにその言い草は何だ?」

 ジスラン、バカなのかな?

「ふう……ん?」

 アメリアが一息つき、立ち上がろうとしたのでその肩を抑え、代わりに僕が立ち上がった。

「アメリアは錬成をよろしく」
「そうですか」

 立ち上がった僕はジスランを見る。

「何だ、アシュクロフト?」
「文句でもあるのか?」
「最低のアシュクロフトのくせに」

 なんか取り巻きの子分達まで調子に乗っている。

「アリスター・ラバール、バーニー・マクロン……僕は家を出た身だから家のことを言われてもどうしようもないけど、アシュクロフト家の人間として接するなら口の利き方には気を付けた方が良いよ」

 ラバールもマクロンも格下の家だ。

「ぐっ!」
「ジスラン様!」

 ホント、小物だ。

「お前達は下がってろ。俺が話をしているのだ」
「そう、僕もジスランと話をしている。今の魔法は何? 僕にはマリーを攻撃したように見えた」
「その意思はない。さっきも言ったが、援護だ」

 攻撃の意思がないのは本当だろう。
 魔法の方向的にはマリーに当たることはなかった。

「横取りに来たんだもんね」
「横取り? 言い方には気を付けろ」
「じゃあ、あのウルフは僕らがもらっていいの?」
「そんなわけない。俺が仕留めたのだから俺のものだ」

 横取りじゃん。

「ふーん……」
「何か文句でもあるのか?」
「ないと思っているなら相当なバカだね」
「ほう……」

 ジスランの気配が変わった。

「ウィル!」
「ウィル、下がって」

 ジスランの気配を察したランディとマリーが叫ぶ。
 足元で錬成中のアメリアは我関せずだ。

「いいの、いいの。ジスラン、僕は貴族じゃないけど、ここは貴族同士、あのウルフをかけて決闘でもする?」
「決闘、か……勝てると思っているのか?」

 ふーん……

「エリーゼ」

 エリーゼの名前を呼ぶと、腕の中にいるエリーゼがジャンプして地面に降り立つ。
 そして、光り出し、大きな猫へと姿を変えた。

「ひえ!」
「バケモノ!」
「チッ! 使い魔か!」

 子分はビビったように後ずさったが、さすがにジスランは臆さない。

「ジスランだっけ? あんた、ウィルに勝てると思ってんの? たかだそれだけの魔力しか持たない分際で上級魔法も扱える使い魔持ちの魔法使いに挑む気?」

 嘘は言ってないが、上級魔法は1種類だし、1分以上の詠唱がいるから実戦では使えなかったりする。
 だが、効果はあったようでエリーゼの言葉にジスランが顔をゆがめた。

「チッ! アシュクロフトめ!」
「ジスラン、ウルフは別に譲ってもいいけど、マリーに謝りなよ」
「ウルフなんていらん! 今日はお前らの実力を確認しにきただけだ!」

 ジスランはそう言うと、踵を返し、門の方に戻っていく。

「ジ、ジスラン様!」
「くっ!」

 子分2人も慌ててジスランを追って、去っていった。

「やらないんですの? でしたらわたくしに譲ってくださればいいですのに。あんな輩、10秒で始末して差し上げますわ」

 アメリアは顔を上げずに聞いてくる。

「やっても仕方がないでしょ。それに何より、先生の許可もなく決闘なんてできない」

 普通に停学になるし、もし、殺したりでもしたら退学どころか投獄もありえる。
 僕にはもう後ろ盾の家がないのだ。

「悪名高きアシュクロフトの言葉とは思えませんわ」
「それが嫌で家を出たんだよ」
「なるほど……それは良いことですわね」
「アメリアも短絡的にならないでね。仲間が停学は嫌だよ」

 特にイベントに関わる君はね。

「わたくしは仲間を傷付けようとする人間を許せませんので何とも言えませんわ」

 まあ、ね。
 だからこそ、アメリアを制し、僕が前に出たのだ。

「マリー、大丈夫?」

 怪我はないように見えるが、一応、確認する。

「私は大丈夫よ。それよりもあれは何? やたら人にちょっかいを出す男とは思ってたけど、今回は度が過ぎるわ」
「ごめん。僕とアメリアの家はジスランの家と非常に仲が悪いんだよ」

 ジスランは僕とアメリアにケンカを売りに来たんだ。

「その割にはあなたやエリーゼにビビッて引き下がったわね」

 マリーはそう言いながら大きいエリーゼを撫でる。

「その程度の男なんですわよ。頭が悪いわたくしが人のことを言えませんが、名門の家の子が王都の学校ではなく、辺境のここにいる時点で察してください」
「ああ、そういうこと……」

 アメリアの言葉にマリーが納得した。
 まあ、そういうことなのだ。

「ランディもごめんね。変な貴族のごたごたに巻き込んじゃって」
「俺は別に構わない。というか、慣れてる」
「そうなの?」
「魔法科はいつもこんな感じだ」

 ランディの言葉にマリーも頷く。
 そんな2人を見て、やっぱり錬金術科で良かったなと思った。