悪役貴族になりたくない僕の異世界魔法学園生活 ~破滅ルート確定の最弱ボスだけど、なぜか無限だった魔力と原作知識を使って平穏に生きようと思います~


 仕事は好きだ。
 子供の頃からプラモデルでも何でも作るのが好きだった。
 だから工業系の専門学校に行き、設計者となった。
 正直、職場は激務だったし、ブラック企業と言われたら否定できない……いや、土日がない時点でアウトだ。

 それでも仕事が好きだったから頑張った。
 同僚とも上司とも関係性は良かったと思っていたし、これからも愚痴を言い合いながらも仕事を続けるんだとも思っていた……そう、過去形である。

 色々あったのだが、端的に言うと、上司はとんでもないミスをやらかした。
 そして、そのミスを僕のせいにされた。
 何がひどいって、そのプロジェクトに僕はまったく関わっていなかったことだ。
 ミスをしようがないのである。
 しかし、上司は僕のせいにし、同僚もかばうどころか上司についた。

 後はもうほとんど覚えていない。
 ただただ絶望の中で懲戒解雇となったことだけは覚えている。
 しかも、悪いことは続くもので親が詐欺に騙されて、借金を負ってしまった。

 なんでこんなことになるんだと思いつつも、次の就職先を探しながら日雇いのバイトに明け暮れた。
 しかし、同業の世界は狭いもので懲戒解雇されたという悪名を知っている同業の会社が 僕を雇ってくれることはなかった。
 再就職先が見つからないという焦りと親の借金返済や生活を守るために寝る間も惜しんで働いた。

 もちろん、そんな生活が長く続くはずもない。
 僕は深夜の交通整理員をしている時に頭がぼーっとなり、車に――

「やめなさい。もういいからやめなさい……」

 窓台から夜の空を眺めている白猫が止めてきた。

「まだ話の途中なんだけど……」
「いいから一度話を止めなさい。あんた、顔が真っ青よ」

 そう言われて、横を向き、鏡を見てみる。
 そこには豪華なベッドに腰かけ、上等な服を着た少年が顔を真っ青にしながら項垂れていた。

「思い出したくないことなんだろうね」
「当たり前でしょ」

 まあ、そうだろう。
 これは僕の前世の記憶だ。
 とてもではないが、幸福だったとは言えない。

「もっとやりようがあったんだとは思うよ。会社だってもっと戦えばあんな不当なことにはならない。親だって……」

 極端な話、僕には関係ないことだ。
 少なくとも、あんなになるまで頑張らないといけない理由はない。

「あんた……って言っていいのかしら? とにかく、その男は病んでたんでしょ。そのブラック企業とやらの激務で精神的に病み、正常な判断ができなかったのよ」

 そうかもしれない。
 いや、そうなんだろう。

「バカだね」
「何とも言えないわ。少なくとも、賢いとは言えないわね」

 エリーゼは優しいな……

「エリーゼ、おいで」
「ハァ……」

 白猫のエリーゼはため息をつくと、窓台から飛び降りる。
 そして、こちらにやってくると、僕の膝の上に飛び、丸まった。

「エリーゼは本当に可愛いね」

 そう言いながらのエリーゼの背中を撫でる。

「当たり前でしょ。私は世界で一番……えー……泣かないでよ」
「ごめん」
「使い魔に謝んな。それにあんたは3男坊とはいえ、貴族の子でしょ。泣くんじゃないわよ」
「うん……」

 裾で涙をぬぐう。

「ごめん。話が逸れた」
「いや、いいけど……でも、急に前世の記憶が蘇ったって言われて、説明をし始めたら真っ青な顔で泣き出された私の身にもなってね」

 エリーゼは優しいな……

「それは本当にごめんだよ。逆の立場ならオロオロとして何もできないと思う」
「私もそうだったからずっと外を見ていたのよ。こいつ、ヤバい薬でもやったかって思ったもん」

 やってません。

「ちょっとまだ頭が混乱してる。でも、大事な話はここからなんだよ」
「大事って?」
「エリーゼ、僕の名前を言ってみて」
「あんたの? 私の下ぼ……ご主人様のウィルでしょ。ウィリアム・アシュクロフト」

 うーん、下僕って思ってる……
 いや、これはいい。
 猫はそんなものだ。

「僕はその名前に覚えがあるんだよ」
「そりゃあんたの名前だしね」
「いや、違うんだよ。ウィリアム・アシュクロフトは前世でも一部の中で有名だった」
「は?」

 エリーゼが呆ける。
 無理もない。

「ウィリアム・アシュクロフトは前世であったゲームのドラグニアファンタジーに出てくる中ボスなんだよ。しかも、口だけでクソ雑魚過ぎるって有名なウィリアム様(笑)」

 他のゲームで弱いボスが出てきてもウィリアム様(笑)よりかはマシって言われるくらいだ。

「雑魚……」

 エリーゼが『確かに雑魚だな、こいつ……』って顔をしている。

「僕、ゲームの世界に転生したのかな?」
「私に言われてもね……あんたはそのゲームとやらをやったの?」
「やった」

 それも何回も。
 ゲームが好きだったし。

「じゃあ、そのクソ雑魚の顔も知ってるでしょ」

 確かに知っている。
 いかにも悪そうな男だった。
 だが……

「ウィリアムは中年だったよ」

 そう答えて鏡を見る。
 そこにはどう見ても15歳の僕が写っていた。
 だが、確かにどこか面影があるような気がした。

「仮に……仮によ? ゲームの世界に転生したとして、このままいけばあんたはどうなるの?」
「ゲームの主人公、すなわち、勇者に討たれるね。ウィリアムは悪い貴族で住民に重税を課したり、女性を侍らかして好き勝手やっていた悪い貴族だから」

 典型的な悪役貴族だったはずだ。

「つまりあんたはこのままいけば死ぬわけね……」
「気になる点もあるけどね」
「言ってみなさい」
「もし、そうなるなら僕がこの家を継ぐってことになる。兄上達がいるのに?」

 僕には兄が2人いる。
 仲ははっきり言って良くないし、ほとんどしゃべらないレベルだけど。

「こればっかりはわからないわよ。あのボンクラ共が死ぬかもしれないし、親があんたを選ぶかもしれない」

 うーん……どうだろ?

「エリーゼはどう思う?」
「まずだけど、この家の評判が相当悪いのは確かね」

 え? そうなの?

「悪いんだ……」
「女性を侍らかしているかは知らないけど、現在の当主、つまりあんたの父親は住民に重税を課しているし、住民から怖がられている。周囲からも近寄りがたい領地って思われているわね」

 そ、そうなんだ……

「知らなかった……」
「まあ、あんたはね……屋敷から出ないし、部屋に引きこもって勉強ばかりしているボンボンじゃない」

 裕福な家に生まれたんだよな、一応……

「うーん、ということはすでにバッドエンドに片足を突っ込んでいるわけだ」
「そうかもね。でも、まずはこの世界が本当にあんたが知っているゲームの世界なのかを確認するところでしょ」

 確かにそうだ。

「ちょっと待ってね」

 膝にいるエリーゼを抱えると、部屋の壁にかけられた大陸の地図を見る。

「この町がアルゼリー……この国はショーン王国……隣国のフォン、シーン帝国、グレイア共和国、さらには南のリット王国……合ってるね。というか、この地図自体を見たことある」

 やっぱりドラグニアファンタジーだ。

「そう……」
「信じられない?」
「私が信じられないと思う点は1点。あんたがその悪い貴族になるの? 真面目で大人しいあんたが? 確かに今の家はひどいもんだけど、あんたが家を継げば善政を敷きそうなもんだけど」

 うーん……

「こればっかりはわからないよ。数十年後のことだし」

 僕自身が悪に染まるかもしれない。
 もしくは、善政を敷こうとしても上手くいかないパターンもある。
 政治なんかしたことないし。

「私は? 使い魔である私はそのゲームに出ていないの?」

 実は出てくる。
 でも、言いにくかったから言わなかった。

「シーン帝国で売られているね。買ったら仲間にできるんだ。結構、強いんだよ? さすがエリーゼ!」
「おい……それって、私を捨ててるだろ」

 そんな気はする。

「いや、エリーゼが僕を見捨てたのかも……」
「使い魔が主人を捨てるか! 捨てるのはあんたでしょ! さいてー! ゴミ野郎! あんなに愛した使い魔を捨てるんだ!」

 愛した(撫でた)けども……

「僕、このままだとそうなるのかな?」
「女を侍らかしてるんでしょ? きっと私が邪魔になったのよ。それで雑魚一人で勇者と戦って負ける。ざまあないわ」

 エリーゼがいてくれたらもっと強敵だったろうな。

「色々とマズいね」
「そうならないようにすればいいじゃない。まずは私を捨てないことね」
「エリーゼを捨てるわけないじゃないか。こんなに可愛いのに」
「ふ、ふん! どうだか!」

 ツンデレみたいなことを言って、尻尾をピンと伸ばしている。
 非常に可愛い。

「でもさ、たとえ、エリーゼがいてくれてもこのままだとマズい気がするんだよ」
「まあ、そうよね。悪い貴族になって、勇者に討たれるんでしょ?」

 嫌だよ。

「僕はさ、平穏に生きたいんだよ」
「あんたはそうよね。気楽な3男坊でのほほんと生きてきた。それに前世が……」

 そう、前世が非常に平穏とは遠かった。

「普通が良いんだよ。別に貴族じゃなくてもいい。普通に働いてエリーゼと一緒に暮らす。それだけで最高じゃない?」
「……そうかもね」

 エリーゼがぷいっと顔を逸らした。
 この子、本当にツンデレみたいだな。

「エリーゼ、僕、この家を出ようと思う」
「本気で言ってる? アシュクロフト家は大きいわよ? 家督を兄に譲ったとしても一生遊んで暮らせるわ」

 アシュクロフト家はこの国ではかなり大きい領地貴族だ。
 3男坊とはいえ、その直系の子ならどこにでも就職できるし、何なら適当な村や町をもらってそこで何もせずに暮らせる。

「この地を離れるべきだと思うんだ。もっと言うと、危ないところにも行きたくない。実はドラグニアファンタジーは邪竜がラスボスなんだけど、そのラスボスが町を滅ぼしたりするんだよ。それを勇者が倒すゲームなんだ」
「なるほどね。ここは?」
「ここはその道中で仲間が増える町だね。とある少女のお姉さんがウィリアムの屋敷に連れていかれたからそれを救うって話。ウィリアムを倒すとその少女が仲間になるわけ」

 結構、強い魔法使いだった。

「あんた、最低ね。女を侍らかすって、強制じゃないの」

 うーん、僕なんだよなー……

「そうならないように家を出ようって言ってるんだよ。僕、自分が怖いよ」

 女性を侍らかすって何?
 僕、彼女どころか友達もいないし、猫しか知らないよ?

「そうねー……わかったわ。私も家を出るっていうのは賛成。この家にいてもどうしようもないし、それなら良いところで一緒に……い、一緒に暮らしましょうか……ふんっ!」

 何、この子? すんごい可愛いんだけど。
 こんなに可愛い子を捨てるバカは誰だ?

「よし、そうなったら計画を考えよう」
「家出でいいでしょ」
「穏便に家を出たいんだよ」

 追手が来るかもしれないし。

「できるかしら?」

 どうだろ?

「ちょっと父上に話してくるよ」
「認めてくれるかしらねー? まあ、行ってきなさい。方法は色々あるし、また考えればいいわ」
「わかった」

 僕はエリーゼをベッドに起き、部屋を出ると、父上の部屋に向かった。


 父上との話が終わり、自分の部屋に戻る。

「あ、帰ってきたわね。私、考えたんだけど、仮病でも使って田舎に行くのはどう? もしくは、バカを装って勘当されるのを待つの」

 エリーゼは待っていた間に考えていたのだろう。

「どっちも却下。必要ないね」

 そう言って、ベッドに腰かけ、項垂れる。

「えっと……どうしたの?」

 エリーゼが膝の上に乗り、見上げてきた。

「父上に家を出たいって話してきた。勝手にしろって言われた」
「え?」
「その場にいた兄上には鼻で笑われた」
「………………」

 僕、本当にどうでもいいって思われてたんだな。

「前世でも上司や同僚に裏切られた。今思えば、両親もどこかおかしい気がする」

 借金を僕に押し付けてないか?

「ウィル?」
「僕は誰にも愛されていないんだね……」

 前世も……今世も……僕の人生って何だ?

「そんなことないわよ。そいつらがクズなだけ。あんたを愛する人は今後、現れるでしょうし、友人だって、奥さんや子供だってできる。何よりも私がいるわよ」

 ああ……エリーゼ、僕の愛しい猫よ。

「エリーゼ、出よう。ここにはいたくない」
「落ち着きなさい。今は夜よ? 家を出るのは明日にしましょう」

 確かに今出ても寝床を探さないといけなくなる。

「確かにそうだね。出発は明日の朝にしよう」
「ええ。ウィル、お金は持ってる?」
「小遣いがあるかな。えーっと……」

 エリーゼを抱え、デスクに行くと、引き出しを開ける。

「結構あるわね」
「金貨100枚はあるんじゃないかな?」

 良いとこの貴族なもんで。

「ウィル、空間魔法は使えるわよね?」
「もちろん」

 僕は使い魔持ちの魔法使いなんだ。
 実際、クソ雑魚ボスだが、魔法攻撃はそこそこだった。
 問題はそれ以外の耐久面が紙だったことだが……
 魔法封じを使えば、1ダメージしか与えてこない通常攻撃だけをしてくる雑魚。

「この部屋の金目になりそうなものは持っていきましょう。それと布団ね」
「泥棒じゃない?」
「あんたの部屋のものでしょ。親も何も言わないわよ」

 それもそうか。

「じゃあ、荷造りをしようか」
「ええ」

 僕達は手分けして、お金になりそうな調度品や魔法の本を空間魔法に収納していった。
 そして、あらかた準備を終えると、壁にかけられた地図の前に立つ。

「家を出るとしてもどこに行くかだね」
「そこはゲーム知識があるあんたに任せるわ」

 うーん……

「ウェイブかな?」

 この国の南にある町を指差す。

「ここ? なんで?」
「まず、ここから離れていること。それとここは南のリット王国の国境沿いにある。もし、家に何かあって呼び戻されそうになったらリットに逃げられる」

 いくらウチが大きな貴族とはいえ、その影響力が及ぶのは国内だけだ。

「なるほどね。ゲーム的には?」
「それも理由の一つ。ここは特に大きなイベントがないんだ。仲間が入るイベントもあるけど、エリーゼと一緒で強制イベントじゃないんだよ」

 しかも、何かの事件が起きるわけでもない。

「ふーん、じゃあ、そこでいいんじゃない? 問題は結構な距離があることね」

 歩いていったら何日かかるんだろう?

「歩きは……無理かな? お金がかかるかもしれないけど、馬車で地道に行こうか」
「馬車ねー……いや、やめた方がいいわね。トラブルの元よ。貴族の坊ちゃんが護衛も付けずに寄り合い馬車に乗ったら悪い大人の餌食ね」

 それもそうだ。

「じゃあ、歩き? 僕、軟弱ボーイだよ?」
「雑魚だもんね」

 うん。

「道中で死んじゃうんじゃない?」
「安心しなさい。私がいるわ」

 エリーゼはそう言うと、ぴょんと腕から床に飛び降りた。

「どうするの?」
「私がそのウェイブに連れていってあげるわ」

 連れていく?

「転移魔法?」

 そういう魔法もゲームではあった。

「そんな上位魔法じゃないわよ。単純に連れていくだけ」

 エリーゼがそう言うと、光りだす。
 すぐに光が止んだのだが、そこにはさっきまでの小さな猫の姿はなく、僕よりも大きい巨大な猫の姿に変わっていた。

「おー! 大きい!」

 そういえば、仲間になるエリーゼは戦闘の時だけ大きな猫に変わるんだった。

「大きいでしょ? 偉大さを感じるでしょ?」

 エリーゼはドヤ顔だ。

「すごーい!」

 大きくなったエリーゼに抱きつくと、もふもふを堪能をする。
 ものすごく柔らかいし、暖かい。

「ふふん! わかったでしょ? これが偉大なエリーゼ様よ? 捨てるんじゃないわよ?」

 エリーゼを捨てるなんてとんでもない!

「捨てないよ。じゃあ、それでお願い」
「了解」

 僕達は灯りを消すと、ベッドに行き、就寝した。

 翌日、朝早くに起きた僕は着替え、布団を収納すると、朝食も食べずに屋敷を出る。
 そして、門を抜け、屋敷の敷地を出ると、振り返った。

「見送りもないね」

 メイドも執事もまったく僕を見なかった。

「良いことじゃないの。もうあんたはこことは関係ない。悪役貴族にもならないし、勇者に討たれることもない。ただのウィリアム・アシュクロフトよ」

 エリーゼの言う通りだ。

「エリーゼ、ありがとうね。多分、僕一人だったら家を出るという勇気はなかったと思う。これからも一緒にいてね」
「私はあんたの使い魔よ。一緒にいる」

 うん。

「行こう」

 僕達は屋敷をあとにし、門に向かって歩いていく。

「携帯食でいいから何か買っていきなさい」
「わかってる」

 店はどこかなと思い、周囲を見渡した。
 すると、周囲にいる人達と目が合うのだが、皆、すぐに目を逸らし、そそくさとどこかに行ってしまう。

「評判最悪って本当なんだね。明らかに避けられている」

 滅多に外に出ないし、出ても馬車での移動だったからわからなかった。

「仕方がないわよ。さっさと出ましょう」
「うん」

 僕達は歩いていき、途中で見つけた露天のパン屋でパンをいくつか買った。
 そして、門まで行き、そのまま町を出ると、街道を歩いていく。
 なお、門を抜ける際、門番が僕をチラッとだけ見たのだが、完全にスルーだった。

「もう通達されているんだね」
「多分、引き返したら入れてくれないわよ」

 だろうね。

「いいよ。もうあの町に戻る気はない。未練もないし、戻っても良いことなんてない」
「その通りよ。そろそろ出番ね」

 エリーゼはそう言うと、ジャンプして着地すると、すぐに大きくなった。
 
「やっぱり大きくても可愛いね」

 もふもふー。

「抱きつくんじゃなくて乗りなさい」

 エリーゼが伏せて乗りやすいようにしてくれたので跨るように乗る。
 すると、エリーゼが立ち上がってくれたのだが、いつもより高かったのでちょっと興奮した。

「重くない?」
「軟弱ボーイが何言ってんのよ?」

 まあ、このサイズ差はね……
 でも、いつもは小さい猫だから心配になってしまう。

「行ける?」
「ええ。行きましょう。しっかり捕まっていなさいね」

 エリーゼがそう言うと、視界が急に高くなった。

「え? 飛んでる?」
「飛んでるわね」
「エリーゼ、飛べるんだ……」

 虎に翼?

「これでウェイブまでひとっ飛びよ」
「すごーい」

 エリーゼはそのまま宙を駆けるように進んでいく。

「空の旅に連れていってあげる」

 エリーゼがそう言うと、上昇しながら進んでいく。
 振り返ると、、自分が住んでいた町の全貌が見える。
 高いし、ちょっと怖い気持ちもあったが、前世でもこんな町を見下ろすことなんかなかったのでかなり興奮した。

「すごいね!」
「でしょ? これからもこういう風景が見たいなら私を捨てないことね」

 エリーゼ、かなり気にしているな。
 捨てないのに……

「じゃあ、ウェイブまで行こう」
「ええ。南ね。飛ばすわよ!」

 僕達は空を駆け、新しい平穏な人生を目指し、生まれ育った町をあとにした。


 どんどんと進んでいくと、後方の町が見えなくなる。

「どのぐらいで着くかな?」

 朝食のパンを食べながらエリーゼに聞いてみる。

「かなり遠かったからね。私の超特急なスピードでも2、3日はかかるんじゃない?」

 遠い……

「ごめん。ロクに準備もしてないけど、大丈夫かな?」
「2、3日の辛抱よ」

 それもそうか。

「ウェイブに着くまでは頑張るよ」
「そうしなさい」
「ありがとう」
「それが私の仕事よ。それでウェイブに着いたらどうするの?」

 そこなんだよね。

「もちろん、働かないといけないね」

 当たり前だが、人は働かないと生きてはいけない。
 アシュクロフトの家に残れば遊んで暮らせる可能性もあっただろうが。

「どっかに奉公するの?」
「それは無理だと思う」
「貴族だから?」

 貴族の子を雇うところはないだろう。
 ましてや、エリーゼが言うようにウチは評判が最悪だったし。

「それもあるけど、それ以上に誰かに雇われるのはちょっと避けたい。もうあんなのはごめんなんだ。正直、僕はもう人を信用できない」

 真面目に働いていたのになんであんな目に遭わないといけないのか。

「あー……そっか。じゃあ、冒険者でもする? 一応、魔法使いでしょ」
「自他共に認める雑魚だよ?」

 殴ってもダメージ1よ?

「ソロじゃなくてもいいでしょ……仲間もダメ?」
「命を預けて冒険するんでしょ? 少なくとも、そんな信頼できる人はいないよ。信頼できるのはエリーゼだけ」

 いつ見捨てられるのか、いつ裏切られるのかをビクビクする生活を送りそうだ。

「そっかー……じゃあ、どうするの?」
「考えたんだけど、今の僕が何かをしようとしても失敗すると思うんだよ。確かに僕には前世の記憶があるし、魔法も使える。でも、逆を言えば、僕の武器はそれしかない。あとはロクな知識がない貴族のボンボンの引きこもり」

 どう考えても上手くいかないだろう。

「まあ、そうかもね」
「だから学校に行く」

 15歳の子供は学ぶところからだろう。
 実際、本来なら僕も来月から王都の貴族学校に通う予定だった。

「学校?」
「ウェイブには魔法学校があるんだよ」

 ゲームの世界でもあった。
 ゲームで仲間になるのはそこの先生なのだ。

「魔法学校ねー……魔法を学ぶ感じ? 卒業後はどっかの研究職や宮廷魔術師を目指すの?」
「いや、それもない。理由はやっぱり誰かと仕事をするのが怖いから」

 研究職も宮廷魔術師も上下関係が厳しそうだし、貴族社会のこの世界では簡単に裏切られそうだ。

「じゃあ、どうするわけ?」
「魔法科とは別に錬金術科があるんだよ。幸い、僕は魔法使いだし、そっちの道にも進める」

 錬金術は魔力を使ってポーションなんかを作る技術だ。

「なるほど。前世は設計者だったわね?」
「うん。ただやっぱり雇用関係や人間関係が怖い。だからアトリエを開こうと思うんだ」

 簡単に言えば、お店だ。
 客の注文を受け、物を作って売る。

「自分で店を開くわけね。確かにそれなら気楽にできそう」
「別に大儲けしなくても大成しなくてもいいんだ。小さい店で平穏な生活を送りたいだけ」
「良いんじゃない? 手伝ってあげる」

 良い子だ。

「店の名前は【白猫のアトリエ】にするよ」
「ウィリアムさんの店って【白猫のアトリエ】ですよね? 白猫がいませんけど、なんでこの名前に?」

 エリーゼが低い声を作って、将来のお客さんの演技をする。
 例のやつをすんごい気にしてるっぽい……

「捨てないってば。ずっと一緒だよ」

 愛して(撫でて)おく。

「ふーん……まあいいわ。じゃあ、魔法学校に入学するわけね? お金は足りるかしら?」
「多分? この国は学問に力を入れているから奨学金制度もあるし、何とかなると思う」

 引きこもりでもそのぐらいの知識はある。

「何も考えずに家を出たわけではないわけね……それに金貨100枚とパクった調度品もあるし、何とかなるか」

 やっぱりパクったって認識なんじゃん。

「一応ね。でも、行き当たりばったりなのは確かだよ。でも、あそこにいたくなかったから仕方がない」
「わかってるってば。さっさと行くわよ」

 エリーゼがスピードを上げた。
 それからずっと空をかけながら進んでいくと、日が沈みだしたのでちょうど大きな岩山があったのでそこに降りる。
 そして、適当な枝を拾い、魔法で火をつけると、キャンプをすることにした。

「パンも温めると美味しいよ」

 うん、美味い。

「昨日まで良いものを食べていたのにねー……」

 それは仕方がない。
 今思えば、贅沢だったんだ。

「これからは質素になるけど、それが普通であり、平穏な生活なんだと思うよ」
「まあね。ウィル、ゲームのことを教えてよ。なんとなく創作の物語なんだというのはわかるけど、いまいちピンとこないのよ」
「それもそうだね」

 僕は長い時間をかけて、ゲームのことだけではなく、日本のことなんかも説明していった。
 エリーゼは魔法ではなく、科学が発展した世界というのを信じられないって感じだったが、じっくり説明していくと、次第に理解し始める。

「ふーん……要は小説なんかと違って、自分が動かして物語を進めていくってことね」
「そういうこと。僕はその場合、勇者なんだよ。つまりかつて、自分が倒した雑魚が僕なわけ」
「複雑ね。でも、ちょっと思ったんだけど、そのゲームでは能力が数字で評価されるわけでしょ? あんたや私にもそれがあるの?」

 え? どうだろ?

「なんか前にそういうアニメを見たな……ステータスって言うと――へ?」

 なんか目の前に透明な板が現れたんですけど?

「どうしたの?」
「いや、何か出てきた……何これ?」
「何かって?」

 あれ?

「ここだけど?」

 透明な板を指差す。

「ここって? 焚火?」

 エリーゼには見えていない?

「いやさ、さっき言った数値の表が見えているんだよ」
「じゃあ、それがステータスじゃない?」

 エリーゼは今、ステータスと言った。
 しかし、僕には何も見えないし、エリーゼはまったく表情が変わっていないことからエリーゼの前にはこの透明の板が出てきていないことがわかる。

「僕だけ、か?」

 僕が転生者だからか?
 もし、ゲームの主要なキャラだけにステータスが出るということならば、仲間キャラであるエリーゼにステータスが出ないのはおかしい。

「よくわかんないけど、あんたのステータスはどうなのよ?」
「あ、そうだね。えーっと……」

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名前 ウィリアム・アシュクロフト
レベル 45
HP 1000
MP ∞
物理攻撃力 3
物理防御力 15
すばやさ 22
魔法攻撃力 300
魔法防御力 300
----------------------

 うん?

「どう?」

 エリーゼが聞いてくる。

「ドラグニアファンタジーは最大レベルが99でステータスのマックスが999なんだよ」
「へー……」
「僕、レベルが何故か45もある……でも、物理攻撃力が3で物理防御力は15、さらにすばやさが22だね」

 よっわ……

「ゲームのことはよくわかんないけど、弱そうね」

 いや、雑魚過ぎ。

「めっちゃ弱いよ。さすがは雑魚」
「ま、まあ、あんたはお店を開いて、職人さんになるんでしょ。戦わないんだからいいじゃない」

 慰めてくれるエリーゼが可愛いよ。

「まあね。でも、それ以上に気になることがある。まず魔法攻撃力と魔法防御力が300ある」
「おー! すごそうじゃないの!」

 うん、これはすごいんじゃないかな?

「でもって、HPが1000ある。999がマックスなはずなのに」
「どういうこと?」
「もっと言うと、MPがヤバい。無限になってるね……」

 何これ?

「無限? どういうこと?」
「いくら魔法を使ってもMPが尽きないってことだと思う。要は魔法を使い放題」
「は? 何それ? MPが何なのかはわからないけど、私だって魔法は使える。大きな猫に変身するのも空を飛ぶのも魔法。でも、使っていればそのうち使えなくなるものよ?」

 もちろん、それはそうだ。
 当たり前だが、人にはMPの限度がある。
 でも、僕にはそれがない。

「理由はだいたい予想がつくよ。HPがマックスを超えているのも、MPが無限なことも」

 そして、レベルが45もあることも。

「何?」
「僕が仲間キャラじゃなくて、ボスキャラだからだよ。ゲーム的には成長要素がないからステータスが固定なんだ。そんでもってゲームにもよるけど、ボスってMPが無限なんだよ」

 MPが設定されているのは味方キャラに制限を設けるためだ。
 ゲームは制限されたMPの中で魔法をやりくりしてダンジョンを進み、ボスを倒す。
 でも、そんなものはボスキャラにはいらない。

「それであんたのMPとやらが無限なわけね。まあ、朗報じゃない? 魔法に困ることはなさそうじゃないの」
「それもそうだね。錬金術にしても魔法だし、必ず、役に立つ」

 錬金術も素材に魔力を込め、別のものを作る技術だ。
 多分、MPを消費するんだと思うが、僕はその制限がない。
 RPGの世界なのに戦いの道に進む気がない僕でもこれは大きなアドバンテージなような気がする。

「ちょっと光が見えてきたじゃないの」
「そうだね」

 僕達はちょっと安心したのでこの日は休むことにした。
 布団を持ってきているものの、地面に置くのは気が引けたのでそのまま寝ようかと思ったのだが、大きくなったエリーゼが包み込んでくれたのでふわふわで暖かいままで寝られた。

 翌日もエリーゼに跨り、空からの景色を楽しみながら進んでいく。
 しかし、徐々に日が落ち始めたのだが、この日もウェイブの町は見えてこなかった。

「2、3日で着くって言ってたよね? 明日に着きそう?」

 今日は諦めて野宿かな。

「そう、ね……多分?」

 え?

「エリーゼ、ここどこ?」
「……ごめん。わかんない」

 えー……

「迷子なわけ?」
「南に進んでいるのは確かなんだけど、実は今朝から自信がない……」

 あんなに自信満々に連れていってあげるって言ってたから言い出せなかったんだな……

「ちょっと待ってね」

 部屋から持ってきた地図を取り出し、確認してみる。

「わかる?」

 うーん……

「国境を越えて、リットに来てないんだろうなってのはわかる。多分、まだ国内……」

 でも、それ以外がわからない。
 街道を進んでいるわけでもないし、周りに目印になりそうなものがない。

「ごめん……」

 エリーゼのテンションがあからさまに下がった。

「仕方がないよ。僕も全部エリーゼに任せずに地図を確認すればよかったんだよ。とにかく、適当に飛んで、村かなんかを探そう。そうすれば場所がわかると思う」
「わかったわ」

 僕達は上空から目印になりそうなものや村を探していく。
 しかし、すぐに日が暮れてしまい、辺りが真っ暗になってしまった。

「エリーゼ、もう見えないし、野宿にしよう。明日でも大丈夫だよ」

 こう暗いと捜索は無理だ。

「そうね……ん?」
「どうしたの?」

 エリーゼが何かに気付いたようだ。

「灯りが見えるわね」
「見えないけど?」

 真っ暗だ。

「わずかな光だから人間には見えないと思うわ。ちょっと行ってみる」

 エリーゼがそのまままっすぐ進んでいくと、僕の目にも遠くに灯りが見えた。

「確かに灯りが見えるね。焚火?」
「ええ。多分、野営中でしょう」

 野宿か……
 ホテルなんてないしね。

「そこにいる人に聞いてみる? 盗賊とかじゃないよね?」
「うーん……そこは大丈夫だと思う。絶対に盗賊ではないと言い切れる」

 ん?

「なんで?」
「野営しているのは2人なんだけど、女性よ。1人はメイド服を着ている妙齢の女性、もう1人はドレスを着ているあんたと同じくらいの歳の少女ね。もっと言うと、近くに豪華な馬車がある」

 メイド……ドレス……豪華な馬車……

「貴族だね」
「でしょうね。少なくとも、盗賊ではない。でも、逆に言うと……」

 そんな人達に近づいたら僕がそっち側の人間に見られるか。

「どうしよ?」
「でも、せっかくの手がかりだしね。幸い、あんたも高そうな服を着ているし、どう見ても弱そうな人畜無害な貧弱ボーイじゃない? 正直に理由を話して、すぐにそばを離れれば大丈夫じゃないかしら?」

 確かに僕も盗賊には見えないか……

「やってみる。いざって時は逃げるから頼むよ」

 この世界は魔法があるから戦闘力が見た目ではわからないことが多い。
 実際、ゲームでは弱そうな少女や老人でもステータスが高いことはあるのだ。

「わかったわ。上空から近づくのは相手を警戒させるから降りるわね」
「お願い」

 エリーゼは下降していき、地面に降り立ったのでエリーゼが降りる。
 真っ暗でよくわからないが、地面を見ると、石材で舗装がされており、街道なのがわかった。

「道か」
「ちょうどいいじゃないの。灯りの魔法は使える?」
「うん、大丈夫。エリーゼ、小さくなって」

 このままだと魔物と間違われる可能性が高い。

「わかったわ」

 エリーゼが頷くと、いつもの可愛い白猫に変わったので抱きかかえる。
 そして、ライトの魔法を使い、周囲を明るくすると、前方に見える焚火に向かって歩いていった。

 焚火を目指して歩いていくと、急に焚火が消えた。

「あれ? おやすみ?」

 寝るために焚火を消したのかな?

「……いや、多分、警戒された。早く声をかけなさい。今、こちらは向こうが見えないけど、向こうは完全にこちらの位置を把握しているわ。奇襲されるわよ?」

 それで火を消したのか……

「す、すみませーん、お聞きしたいことがあるんですけどー。怪しい者じゃないでーす」

 しーん……

「無視……」
「警戒してんだってば。早く事情を話しなさい」
「すみませーん、迷子なんですー。ここ、どこですかー? ウェイブに行きたいんですー」

 そう声をかけると、さっきまで焚火が見えた位置が明るくなった。
 焚火の火ではなく、僕が使っているのと同じライトの魔法だ。
 これで向こうに魔法使いがいることがわかる。

「……どちら様でしょう?」

 先にいるメイドさんが声をかけてきた。
 メイドさんは20歳前後くらいの若い女性に見える。
 黒髪をまとめており、本当にメイド服を着ているので間違いなく、メイドだろう。
 そして、かなり警戒をしているように見えた。
 それもそのはずであり、メイドさんの後ろには僕と同じくらいの歳の銀色の髪をしたお嬢様っぽい子がいて、その子を庇うように立っているのだ。

「ウィリアム・アシュクロフトと申します。この子は使い魔のエリーゼです」
「アシュクロフト!?」
「えっ……」

 あっ……

「……失敗かな?」
「仕方がないでしょ。でも、貴族だってわかってくれたからこれで向こうから攻撃してくることはないと思う。さっさと話をして、立ち去りましょう」

 それが良いな。

「えーっと、アシュクロフトの家を出たただの旅人なんで気にしないでください」
「はい?」
「家を出た……?」

 理由を説明するのは難しいな……

「とにかく、ウェイブに向かっているんです。でも、迷子になったのでここがどこかだけでも教えていただけませんか?」
「ウェイブですか……」

 メイドさんが主であるお嬢様っぽい子を見る。
 すると、お嬢様っぽい子が頷いた。

「アシュクロフト家ということはアルゼリーから来られたんですよね? ここはリット王国との国境沿いです。ウェイブは通り過ぎておられます」

 あ、南に行きすぎたんだ。

「すみません、ウェイブはどこですかね?」
「この街道をまっすぐ行けば看板があります。そこを西に行けばウェイブの町ですよ」

 おー!

「あ、ありがとうございます! 何かをお礼を……」

 お金、お金……

「結構です。こういうのは助け合いですし、道を教えただけですので」

 下手に近づかない方がいいか。
 評判最悪貴族の男だし。

「わかりました。もし、また御縁があればその時はお礼をさせてください。では、失礼します……エリーゼ、行こう」
「そうね」

 僕達はその場で引き返すと、早歩きでこの場を離れた。

「どうする? どっかで野営する?」

 さすがに暗すぎる。

「もうちょっとあの2人から離れましょう」
「あー、警戒させちゃうか」
「いえ、逆よ。あの2人、護衛がいなかったでしょ?」

 いなかったね。

「強いんじゃない?」
「ええ。強いのよ。特にあのメイドはすごいわ。万が一を警戒して奇襲してくるかもしれない。こんなところで戦闘や揉め事があっても目撃者はいないわ。お互いにね……」

 名乗ったのは失敗だったかなー?

「わかった。離れよう」
「乗りなさい」

 エリーゼが地面に降り立ち、大きくなったので跨る。

「わかる?」
「そこまで高く飛ばずに街道を進んでいくわ。それで看板まで行って、そこで野宿にしましょう」
「お願い」

 僕達は数メートル程飛び、ライトで街道を確認しながら進んでいく。
 すると、数十分程度で看板が立てかけられた分かれ道までやってきた。

「ここだね。確かに西にウェイブって書いてある」
「嘘は言わなかったみたいね」
「だね。休もうか」
「そうしましょう」

 僕達は焚火を起こし、パンを食べると、この日もエリーゼに包まれながら就寝した。
 そして、翌朝からは西に向かって進んでいく。

「さすがに疲れたね」
「部屋に引きこもってた子が連日の野宿だからね。しかも、食事はパンだけ」

 我ながらよくやっていると思う。
 でも、これは自分の道を切り開くためだ。

「どんな豪勢な暮らしでも待っている先が破滅なら嫌だからね。頑張るよ」
「ほどほどにね。今日はさすがにウェイブに着くと思うからちゃんとした宿屋に泊まりましょう」

 そうしよう。
 お金ならあるわけだし。

 僕達がその後も上空を進んでいくと、前方に外壁に囲まれた町が見えてきた。

「おー、ウェイブだ!」
「結構、大きいのね」

 ウェイブの町は僕達がいたアルゼリーの町ほど大きくないが、この国でもそこそこに大きい町だ。

「あそこはウチとリット王国の玄関の町なんだよ。ウチの国からリットに行く時もリットからウチの国に来る時も必ず、あそこに寄るって言われている」
「へー……それもゲームの知識?」
「いや、ゲームではただの魔法学校があるってだけ。これは普段の僕の勉強の成果だよ」

 僕は自分で言うのもなんだけど、引きこもりだが、勤勉な子供なんだ。
 これがどうしたらあの悪役貴族になるのかが本当にわからない。

「そういえば、真面目に勉強してたわね。そろそろ降りるわよ」

 門から100メートルくらいの位置でエリーゼが降りる。

「ここまでありがとうね」
「迷子になっちゃったけどね。行きましょう」
「うん」

 小さくなったエリーゼを抱えると、門に向かって歩いていった。

 町の門に近づいていくと、槍を持っている門番の兵士がこちらを注意深く、じーっと見ていた。

「……警戒してる?」

 小声でエリーゼに聞く。

「飛んでた私が見えてたんでしょ。いきなり攻撃してくることはないと思うからちゃんと話しなさい」
「……名乗って良いものかな?」

 サクヤのあの2人の反応のことがある。
 エリーゼが言うようにアシュクロフトの悪名は結構知れ渡っているようだ。

「学校に入学するわけだし、嘘はマズいでしょ。素直に言いましょう」
「……わかった」

 頷くと、そのまま近づいていく。
 門番は相変わらず、こちらをじーっと見ているが、槍を向けてくるようなことはしなかった。

「こ、こんにちはー」

 敵意がないことを示すためにまず、挨拶をする。

「ああ……こんにちは。すまないが、まず確認させてほしい。先程上空を飛んでいたのは貴殿らか?」

 魔物の可能性があるからね。

「はい。この子はエリーゼって言って、僕の使い魔なんです」
「使い魔……ということは魔法使いか……申し訳ない。身なりからして、それなりの身分のように思えますが、どちら様でしょうか?」

 来たか……

「ウィリアム・アシュクロフトと言います」

 そう答えると、兵士さんの背筋が伸びた。

「これは失礼しました! しかし、アシュクロフトの方が何故、この町に?」
「いえ……実は家を出たんです。それでこの町で錬金術を学ぼうかと思ったんです」
「家を出たのですか? 何故?」

 理由か……

「小さい頃から錬金術師に憧れていまして……跡取りは兄がしますし、やりたいことをしようと思ったんです。父にも話し、認めていただきましたので家を出たんです」
「そうなんですか……ここまで大変だったでしょう」
「いえ、見ていたと思いますが、使い魔に乗ってきたので大丈夫です」

 迷子になりかけたけど。

「さようですか……錬金術を学ぶということは魔法学校に入学するということでしょうか?」
「ええ。そのつもりです」
「ふむ……」

 兵士さんが考え込む。

「どうしました? まさかもう受け付けていないとか?」
「いえ、期限は来週だったはずなのでまだ大丈夫ですよ。一応、確認ですが、試験があるのは御存じで?」
「ええ。適性試験と筆記試験があるのは知っています」

 錬金術科はその2つだ。
 適性試験は単純に魔力があるかどうかのチェック程度であり、筆記試験は授業についていけるかどうかの試験。
 魔法科の場合はここに魔法の実技試験もある。

「把握しておられるなら問題ありません。ですが、これだけは忠告しておきます」
「何でしょう?」
「ウィリアム殿はアシュクロフトの評判をご存じですかな?」

 あー、この兵士さんは心配してくれているんだ。

「知らなかったんですが、家を出る時に町でものすごく避けられました」
「アシュクロフトはこの国では5指に入る大きな家です。しかし、あまりこういうことを言いたくありませんが、評判的にはあまりよろしくありません。そんな中、魔法学校では平民だけでなく、他所の領地の貴族もおります。中にはリットからの留学生もいます。何かあるとは言いませんが、ある程度の覚悟はしておいた方がいいかもしれません」

 イジメかな?
 まあ、気にしなくていいだろう。
 自分は友達を作りにきたんじゃない。
 独り立ちするための技術を学びに来たんだ。
 それに何より、僕にはエリーゼがいる。

「わかってます。お心遣いに感謝します」
「いえ……もう一つアドバイスですが、服装を変えた方が良いかもしれません。貴族の服というだけで委縮する者もいますし、家を出たからには自分は平民になったんだと意識が大事です。もちろん、これは対外的にアピールのためです」

 確かにその通りだな。
 着の身着のままできたが、ちょっと身なりを整えるか。

「何やら何までありがとうございます」
「いえ、夢を持ち、家を出てまで何かを成そうという心は尊敬に値します。頑張ってください。それではお通りください」

 兵士さんが勧めてくれたので門を抜ける。
 門を抜けた先はやはりアルゼリー程の都会って感じではないが、賑わっており、田舎って感じでもなかった。
 そんな町並みを歩き、町人らしき人や冒険者らしき人とすれ違ったのだが、誰もこちらを見てこない。
 アルゼリーのようにあからさまに避けられるっていう感じではないが、関わりたくないって感じだ。

「アシュクロフトじゃなくて、貴族の子供だからかな?」

 エリーゼに聞いてみる。

「さすがに他所の町であんたを知っている人間はいないからね。門番の人が言ってたように服を変えた方がいいんじゃない? 将来的にアトリエを開きたいならマイナスでしかないわ」
「先に服屋に行こうか」
「場所はわかる?」
「多分ね」

 そのまま歩いていき、服屋の前までやってくると、看板を見上げる。

「ゲームの世界、か……」

 エリーゼがぽつりとつぶやいた。

「どうしたの?」
「あんたの言っていることは本当なんだなって改めて思っただけ。あんたはアルゼリーと王都しか行ったことないのに初めて来たこの町で迷わずに服屋に来れた」 
「まあ、知ってるからね。実際、これまでもゲームと一緒だったよ」

 多少、町の大きさが違ったり、建物が変わってたりしたが、町の作りは一緒だった。

「そう……」
「服を変えたらちょっと町を見て回ろうか。一応、その辺を確認しておきたい」
「わかったわ。時間もあるし、そうしましょう」

 僕達は店に入り、適当な服を購入すると、町を巡ることにした。
 やはり服を変えると、町の人達もこちらを一切、気にしなくなったので見た目って大事なんだなって思った。

 ウェイブの町を巡っていき、最後に魔法学校までやってきた。

「どう? ゲームと一緒?」

 エリーゼが聞いてくる。

「うん。大体ね。町の規模がちょっと大きいのはゲームと現実の差で店なんかの建物が簿妙に異なっているのは時代の差だと思う」

 ドラグニアファンタジーは数十年後の世界だからその辺の差はあるだろう。

「大体一緒なわけね。この魔法学校にそのゲームのキャラがいるんだっけ?」
「いや、さすがに数十年後だからいないと思う」
「じゃあ、特に変なイベントには巻き込まれないわけね。となると、問題はアシュクロフトの評判問題か。名乗るのをやめたら?」

 それが一番だろう。

「無理だよ。その辺の冒険者をするっていうならそれでもいいけど、学校に入って、その後、アトリエを開くんだよ? 学校にも商業ギルドにも錬金術ギルドにも申請を出さないといけない。そこで嘘をついたら除名になっちゃうし、最悪は偽証罪になる」

 この国はちゃんと戸籍もあるし、そういうのにうるさいんだ。

「うーん……いじめられるかもよ?」
「いじめはないんじゃないかな? 一応は大きな家だもん。友達ができないだけだよ」

 評判最悪な家だが、逆を言うと、それが許されるだけの力を持っている家ということだ。

「それはそれでどうなの?」
「それでいいよ。あまり他人は信用しないようにする。もうあんなのはごめんだよ」
「友達は大事よ? それに彼女とかもできるかも」
「エリーゼがいるよ」

 君だけが頼り。

「嬉しいような、悲しいような……」
「まあ、なるようになるよ。友達はいらないって言ったけど、何もケンカ腰でいくわけじゃない。適度な距離を保った感じの付き合いをするつもり。その辺は得意なんだ。何しろ、これまでに友達なんかいたことがない引きこもりだから」
「得意そうには聞こえないけど……? まあいいわ。じゃあ、入学手続きをしに行きましょう。どこかしら?」
「多分、事務でしょ。行こう」

 魔法学校の敷地に入ると、事務を目指して歩いていく。

「誰もいないわね?」

 エリーゼが言うように広い敷地には誰もおらず、少し寂しく感じる。

「今は春休みだもん。来月にはそこら中に学生が歩いていると思うよ」

 この世界の学校の長期休みは春と夏にあり、それも一ヶ月以上と長い。
 理由は遠くから来る人も多いし、電車や車がないこの世界では帰省に時間がかかるから。

「ふーん、あんたも本当なら王都に行ってたわけね」

 その予定だった。

「試験もなく入れるところね。貴族しかいないこの国最高の学校」
「そっちの方がいじめられそうね」
「そうかもね。もしかしたらそこで闇落ちして、悪役貴族になるのかも」
「ありえそう」

 ここではそうならないようにしたいなと思いながら歩いていき、事務の方にやってくると、入学受付という看板があったのでそちらの方の受付に向かった。

「こんにちは。来月からの入学希望なんですけど」

 事務員のおばちゃんに声をかける。

「はいはい。まずはこれに触れてもらえる?」

 おばちゃんがカウンターの下から水晶玉を取り出した。
 これは触れた者の魔力を大まかに測定するものだ。
 魔力があれば変色し、白、黄、緑、赤、青と変わっていく。
 白が一番低くて青が一番高い。

「はい」

 水晶玉にそっと手を置くと、透明な水晶玉があっという間に青に変わった。

「青? す、すごいわね……」

 おばちゃんが驚くが、僕はMPが無限だからまあそうかもとは思っていた。

「ありがとうございます」
「とにかく、適性はありそうね。じゃあ、書類に必要事項を書いてくれる?」

 実はこれも適性試験だったりする。
 貴族はもちろん、普通の町民だって文字の読み書きぐらいはできるが、農村出身者などはそういう教育を受けていない可能性がある。
 そういう人達はさすがに入学できない。

「わかりました」

 僕は書類に名前や出身地、希望の学科なんかを書いていく。
 その中には寮に入るかどうかも書いてあったのでチェックマークを付けた。
 そして、最後に奨学金を希望するかどうかの欄があったので手が止まる。

「すみません、入学料や授業料はどれくらいでしょうか?」
「入学料は金貨10枚よ。授業料は毎月、金貨5枚。寮に入るならそこにプラス3枚ね」

 となると、月に金貨8枚か。
 高いが、魔法学校なら仕方がないだろう。
 これでも学問を重視するこの国では補助がかなり入っているはずだ。
 しかし、金貨100枚しか持っていない自分にはちょっと辛い。
 月8枚だと年で96枚だし、これが3年間で300枚近く必要になるということになる。
 持ってきた調度品を売っても厳しい気がする。

「後から申請するのは大丈夫でしょうか?」
「もちろん、大丈夫よ。途中で払えなくなる学生さんは多いからね。でも、奨学金は2種類あって、国から出るものとこの町から出るものがあるわよ」

 町から?

「町っていうのは何でしょう? 国はわかるんですけど」
「この町の領主様は独自にそういう政策をされているのよ。卒業後もこの町に残ってくれるなら最大で半額免除になるわ」

 半額も……なるほど。
 そうすれば優秀な魔法使いや錬金術師がこの町に残り、貢献してくれるからだろう。
 もちろん、最大っていうことは何年以上在住という期間があるということだ。
 これは良いな。
 僕はこの町でアトリエを開くつもりだからずっとここに住む予定だし、それなら最初から奨学金を申請した方が得だ。

「わかりました。町からの奨学金を希望します」
「了解。じゃあ、全部書けた?」

 奨学金申請の欄にチェックをし、最後にもう一回確認する。

「できました」

 書類をカウンターに置くと、おばちゃんが手に取り、確認する。
 でも、いきなり、目の動きが止まった。

「あのー……」
「え? アシュクロフト様ですか?」

 まあ、こうなるよね……

「えーっと、錬金術になってアトリエを開きたいという夢がありまして、それで家を出たんです。もちろん、父にも了承を得てます」
「そ、そうなんですか。それはご立派ですね……え? 錬金術師? あ、ホントに錬金術科を希望している」

 おばちゃんがちょっと驚いたのは錬金術かより魔法科の方が人気だからだ。
 錬金術師も儲かる仕事ではあるが、それ以上に儲かり、名誉なのが魔法使いなのである。
 多分、この学校も魔法使い志望で魔法科に通う学生の方が多い。

「なりたいんです」
「そうですか……せっかく、これだけの魔力があるのにもったいない気もしますが、本人の希望なら仕方がないでしょう。えーっと……寮に入るんですね? すみませんが、ウチの寮は貴族と平民が合同なんですけど、よろしいですか?」

 他所の学校はトラブル防止のために別のところが多いだろう。

「構いません。それと僕は家を出たので平民です」
「そ、そこまで……あ、それで町の奨学金を希望しているんですか?」
「ええ。いずれはこの町でアトリエを開きたいと思っています」
「そ、そうですか……わかりました。では、この書類は受理します。錬金術科ですと、筆記試験のみになります。いつ受験を希望しますか? 来週までならいつでも構いません」

 うーん……

「寮はいつから入れるんですか?」
「合格となればいつからでも大丈夫ですよ。もちろん、今月分の金貨3枚は必要になりますが……」

 なら早い方が良いな。

「じゃあ、今から試験を受けたいです」
「わかりました。では、奥にある部屋で待っててください。準備をしますので」

 おばちゃんが右奥にある扉を指差す。

「あそこですね。わかりました」

 頷くと、奥に行き、扉を開ける。
 部屋は8畳くらいの応接室であり、対面式のソファーとその間にローテーブルが置いてあった。

「ここで試験? 教室のイメージがあった」
「錬金術志望は少ないからだね。多分、魔法科ならまとめて試験をするから教室とかだと思うよ」
「錬金術師は人気ないんだ……」
「逆に魔法使いが花形なんだよ」

 そう答えて、ソファーに腰かける。
 そのまましばらく待っていると、紙を持ったおばちゃんが部屋に入ってきた。

「お待たせしました。試験を開始します」

 おばちゃんは対面に腰かけると、1枚の紙をテーブルに置いた。

「1枚だけですか?」
「錬金術科はちょっと試験の難易度を落としているんです。理由はまあ、志望者が少ないからですね」

 すべり止めになってそう……

「わかりました」
「では、時間は1時間です。どうぞ」

 おばちゃんが笑顔で勧めてきたので問題をざらっと見てみた

「どう?」

 エリーゼが首を傾げながら聞いてくる。

「落ちることはないと思うよ」

 ぶっちゃけ簡単すぎる。
 試験の難易度を落としていることもあるが、僕自身が勉強には自信があるからだ。
 伊達に引きこもって勉強をしてない。

「じゃあ、終わったら起こしてちょうだい」

 エリーゼがそう言ってソファーで丸まったので試験を解き始める。
 特に詰まることもなく、すらすらと解いていくと、30分程度ですべての問題を解き終えたので最後に一問目からチェックをしていった。
 そして、最後までチェックをし、ケアレスミスがないことを確認すると、答案用紙をテーブルに置く。

「できました」
「はい。お疲れ様です。合否は2日後にお知らせしますのでまたこちらに来てもらえますか?」
「わかりました。エリーゼ、起きて。帰るよ」
「んー? もう終わったの? さすがはウィルねー」

 エリーゼは起きると、身体を伸ばしてあくびをする。

「このくらいならね。では、これで失礼します」

 エリーゼを抱えると、立ち上がって一礼し、部屋を出た。
 そして、学校の敷地を出ると、宿屋に向かって歩いていく。

「順調ね」
「うん、今のところはね」

 試験も大丈夫だろうし、目標に向かって上手く進んでいる。

「身体の方は大丈夫? 休んでから試験を受ければ良かったのに」
「お金のことを考えると、早めに寮に入りたかったからね」

 それにこのくらいではテストに支障をきたすという程でもない。

「ふーん、でもまあ、今日は宿屋でゆっくり休みなさい。久しぶりの布団よ?」
「いや、エリーゼの身体も十分暖かったし、快適だったよ。すごいよね」
「バカ……えっち……」

 えー……

 僕達は歩いていき、宿屋までやってくる。
 そして、看板を見上げて、宿屋であることを確認すると、入口近くにある料金表を見る。

「A室が金貨1枚、B室が銀貨5枚、C室が銀貨3枚か」

 この世界の通貨は銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ。
 基本的に銅貨1枚が100円って思っておけばそこまで外れはない。

「貴族らしくA室にする? 少なくとも、C室はやめた方が良いんじゃない?」
「そうだねー……間を取ってB室かな?」

 日本人らしい考えだと思う。

「ちなみにだけど、この宿屋もゲームにあった?」
「あったね。というか、ここしかなかったと思う。まあ、実際は町の規模から考えても他にあるんだろうけど」

 そこはゲームと現実の差だろう。
 ゲームはそこまで考えないし。

「ふーん、まあいいわ。早く休みましょう」

 僕達は宿屋に入ると、受付に向かう。
 受付には40代くらいの男性が座っていた。

「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい。B室で2泊ほどしたいんです」
「はいよ。だったら金貨1枚だな」

 寮がひと月で金貨3枚と考えると、かなり割高に感じる。
 でも、実際は安いのは寮の方である。
 それほどまでに魔法学校というのは国から補助金が出ているのだ。

「はい。食事は付くんですか?」

 金貨1枚をカウンターに置きながら聞く。

「朝と夜だけな。酒や追加で食べたいものがあれば別料金になるからその都度払ってくれ。食堂はそこだ」

 おじさんが右の方を指差す。
 ここからでもいくつかのテーブルが見えているが、誰もいない。

「わかりました」
「猫の食事もいるか? 余りものなら用意できるが……」

 おじさんがエリーゼを見ながら確認してくる。

「いえ、この子は使い魔ですし、一緒に食べるんで大丈夫ですよ。僕、そんなに食べないんで」
「まあ、確かにそんなに食べるようには見えんな……わかった。これが鍵になる。部屋は2階の3号室だ」

 おじさんがカウンターに鍵を置いたので手に取る。

「ありがとうございます」

 近くにあった階段を昇り、3号室に入ると、ベッドと机があるだけの質素な部屋だった。
 それでもベッドを見た瞬間、どっと疲れが襲ってくる。

「あー、思ったより、疲れてたのかも。急に疲れが……」
「だから言ったでしょ。布団を出して、寝なさい。夕方になったら起こしてあげるから」
「うん、ありがとう」

 ベッドまで行き、元々敷いてあった布団の上に持ってきた布団を敷き、倒れ込んだ。

「あー、眠い」
「うんうん、おやすみなさい」
「おやすみ……」

 目を閉じると、あっという間に意識が遠くなっていくのがわかった。

 お腹が空いて目が覚めると、目の前には起こしてくれると言っていたエリーゼが丸まってすやすやと寝ていた。
 エリーゼも疲れていたんだろう。
 ずっと飛んでくれたわけだしね。

「エリーゼ、起きて。ご飯に行こう」

 上半身を起こすと、エリーゼを揺する。

「ふわーあ……もうそんな時間?」
「もう外は暗いよ」

 窓の外は灯りが見えているものの、もう夜なことがわかる。
 備え付けの時計を見ると、もう19時だ。

「ふーん……じゃあ、ご飯に行きましょう」

 ベッドから降りると、寝ぐせを整え、部屋を出る。
 そして、1階に降りると、食堂に向かった。
 食堂は多くのお客さんで賑わっており、空いている席を探す。

「いらっしゃい。空いてる席に……あそこしかないね」

 おばちゃんがそう言って、唯一空いてるテーブル席を見た。

「わかりました」

 テーブルに行き、席につく。

「皆、楽しそうだね」

 周りのお客さんは仲間や家族っぽい人と食事やお酒を楽しみながら話をしていた。

「なんか暗いことを言いそうね……」
「うん。家族でご飯食べた記憶がない」

 もちろん、今世の話ね。

「あんた、明るい表情で重いことを言うわね……」
「そんなに気にしてないからね」

 あの家はあまりにも家族感がなかったので何も思わないのだ。
 もちろん、育てくれたことには感謝している。
 だが、それ以上の感情はない。
 それはこの世界がゲームであるとか、前世の親こそが親と思っているわけではなく、ただただ同じ家に住んでいるだけの同居人という感じが強いからだ。
 それほどまでに家族で会話もないし、何かをした記憶もない。
 これが貴族だからなのかはわからないが、少し寂しいような気がしないでもない。
 しかし、だからこそ、あっさり家を出るという結論に至れたのだから良しとしたい。

「私がいるわよ……」

 エリーゼがボソッとつぶやいた。
 非常に可愛いツンデレ猫さんだ。

 テーブルの上のエリーゼを撫でていると、新たなお客さんが2名ほど入ってきた。

「あー、ごめんよ。ちょっと満席かなー……」

 おばちゃんが席を見渡しながらお客さんに謝っている。

「エリーゼ」
「あの時のメイドとお嬢様ね」

 お客さん2名は昨夜、道を教えてくれたメイドさんと銀髪のお嬢様だった。

「恩があるし、譲るべき?」
「お好きにどうぞ」

 うーん……

「すみませーん」

 おばちゃんを手招きして呼ぶ。
 すると、おばちゃんがこちらを向き、メイドさんとお嬢様も僕達に気付いた。

「何だい?」

 おばちゃんがこちらにやってきて聞いてくる。

「僕、上で食べますんであの2人にここを譲ってください」
「いいのかい?」
「部屋にデスクがありましたし、そこで食べます。あの2人は道中で迷子になっていた僕らに道を教えてくれた恩人なんで譲りますよ」
「へー……相席でもいいかい?」

 相席……あ、普通はそうなるのか。

「向こうがよろしければ良いですよ。嫌そうなら上で食べます」
「……あんた、何かしたのかい?」
「僕、評判が良くない家の子なんですよ」
「ふーん……」

 おばちゃんはよくわかっていない顔でメイドさんとお嬢様のもとに向かう。

「あんた、どう見ても人畜無害でしょ。貴族の服をやめたからなおさらよ」
「いや、僕、悪だから。悪役貴族」
「そんなつぶらな瞳をして、無理があるわよ」

 どんな悪でも最初はこうだったのかねーと思っていると、メイドさんとお嬢様がこちらにやってきた。

「相席させていただきます」
「ありがとうございます」

 メイドさんとお嬢様が丁寧に頭を下げる。

「いえいえ。1人でテーブルを独占するのも気が引けますし、問題ありませんよ。それよりも昨晩は助かりました。おかげさまで無事、この町にやってこれましたし、感謝しかありません」

 立ち上がって、姿勢を正し、礼を述べる。
 一応、相手が貴族なのでこういう礼儀は大事なのだ。

「いえ、当然のことをしたまでです」

 メイドさんが涼しい顔のまま答える。

「そうですか……あ、どうぞ、かけてください」

 僕達はテーブルにつく。

「ありがとうございます。申し遅れました。私はマリーアンジュ・フォートリエと申します。気軽にマリーとお呼びください。こちらは侍女のリサ」
「リサでございます」

 お嬢様が自己紹介とメイドさんを紹介してくれる。
 正直、名乗るとは思っていなかったし、ただの相席で会話をするとも思っていなかった。

「昨夜、名乗ったかもしれませんが、私はウィリアム・アシュクロフトです。この子はエリーゼ。可愛いでしょ」
「ええ、とっても」

 マリーがエリーゼを見て、ニッコリと笑う。
 エリーゼは恥ずかしそうにぷいっと横を向いた。

「恥ずかしがるなよー」
「ふん」

 いやー、可愛い子だ。
 なでなで。

「ふふっ、時にウィリアム様、アシュクロフト家の方かと思いますが、何故、こちらに?」

 エリーゼを見て、微笑ましい笑みを浮かべていたマリーが聞いてくる。

「あー、錬金術師になりたくて、家を出たんですよ。だから僕はもう貴族じゃなくて、平民ですね。ですので、敬語も結構です」
「い、家を出たんですか?」
「アシュクロフトを?」

 お嬢様もメイドさんも驚いている。

「ええ。この町の魔法学校で錬金術を学び、将来的にはアトリエを開こうと思っているんですよ。今日、学校に行って、入学の手続きと試験を受けてきました」

 結果はまだだけど。

「そうですか……ウィリアム様は家を出ることに抵抗はなかったんですか?」

 ん?

「ウィルでいいよ。あと敬語もいいってば。家は特に……まあ、やりたいことがあるわけだから」
「そ、そう? えーっと、家を継ぐんじゃないの?」
「家は兄が継ぐよ。長男か次男のどっちか。多分、長男じゃないかなー?」

 多分、長男だろう。

「そ、そうなんだ……あれ?」

 マリーがメイドさんを見て、首を傾げる。
 どうしたんだろうか?

「何か?」
「いえ……あ、料理が来たわね」

 マリーが言うようにおばちゃんが3人分の料理を持ってくれたので食べだす。

「マリーはリットから来たの?」
「ええ……え? なんでリットってわかるの?」

 マリーが驚く。

「マリーってメイドさん付きだし、絶対に貴族でしょ。でも、ウチの国にフォートリエっていう貴族の家はないし、昨夜、リットの国境沿いにいて、今、ここにいるならそうでしょ」
「あー……そうね。確かに私はリット王国の貴族よ。魔法学校に留学しに来たの。この国は学問が盛んだし、魔法を学ぼうと思ってね」

 やっぱりそうか。

「魔法科?」
「ええ」
「いいねー。錬金術科と違って、試験も難しいし、実技もあるらしいけど、頑張って」

 そう言うと、マリーの表情が若干、暗くなった。

「お嬢様、食後も勉強です」
「わ、わかってる」

 あまり勉強が得意じゃない子っぽいな。
 魔力は結構ありそうだし、実戦派なのかもしれない。

 僕達はその後も雑談をしながら食事をしていく。
 そして、食事を終えると、マリーとメイドのリサが勉強のために部屋に戻っていったので僕とエリーゼを部屋に戻った。