どんどんと進んでいくと、後方の町が見えなくなる。

「どのぐらいで着くかな?」

 朝食のパンを食べながらエリーゼに聞いてみる。

「かなり遠かったからね。私の超特急なスピードでも2、3日はかかるんじゃない?」

 遠い……

「ごめん。ロクに準備もしてないけど、大丈夫かな?」
「2、3日の辛抱よ」

 それもそうか。

「ウェイブに着くまでは頑張るよ」
「そうしなさい」
「ありがとう」
「それが私の仕事よ。それでウェイブに着いたらどうするの?」

 そこなんだよね。

「もちろん、働かないといけないね」

 当たり前だが、人は働かないと生きてはいけない。
 アシュクロフトの家に残れば遊んで暮らせる可能性もあっただろうが。

「どっかに奉公するの?」
「それは無理だと思う」
「貴族だから?」

 貴族の子を雇うところはないだろう。
 ましてや、エリーゼが言うようにウチは評判が最悪だったし。

「それもあるけど、それ以上に誰かに雇われるのはちょっと避けたい。もうあんなのはごめんなんだ。正直、僕はもう人を信用できない」

 真面目に働いていたのになんであんな目に遭わないといけないのか。

「あー……そっか。じゃあ、冒険者でもする? 一応、魔法使いでしょ」
「自他共に認める雑魚だよ?」

 殴ってもダメージ1よ?

「ソロじゃなくてもいいでしょ……仲間もダメ?」
「命を預けて冒険するんでしょ? 少なくとも、そんな信頼できる人はいないよ。信頼できるのはエリーゼだけ」

 いつ見捨てられるのか、いつ裏切られるのかをビクビクする生活を送りそうだ。

「そっかー……じゃあ、どうするの?」
「考えたんだけど、今の僕が何かをしようとしても失敗すると思うんだよ。確かに僕には前世の記憶があるし、魔法も使える。でも、逆を言えば、僕の武器はそれしかない。あとはロクな知識がない貴族のボンボンの引きこもり」

 どう考えても上手くいかないだろう。

「まあ、そうかもね」
「だから学校に行く」

 15歳の子供は学ぶところからだろう。
 実際、本来なら僕も来月から王都の貴族学校に通う予定だった。

「学校?」
「ウェイブには魔法学校があるんだよ」

 ゲームの世界でもあった。
 ゲームで仲間になるのはそこの先生なのだ。

「魔法学校ねー……魔法を学ぶ感じ? 卒業後はどっかの研究職や宮廷魔術師を目指すの?」
「いや、それもない。理由はやっぱり誰かと仕事をするのが怖いから」

 研究職も宮廷魔術師も上下関係が厳しそうだし、貴族社会のこの世界では簡単に裏切られそうだ。

「じゃあ、どうするわけ?」
「魔法科とは別に錬金術科があるんだよ。幸い、僕は魔法使いだし、そっちの道にも進める」

 錬金術は魔力を使ってポーションなんかを作る技術だ。

「なるほど。前世は設計者だったわね?」
「うん。ただやっぱり雇用関係や人間関係が怖い。だからアトリエを開こうと思うんだ」

 簡単に言えば、お店だ。
 客の注文を受け、物を作って売る。

「自分で店を開くわけね。確かにそれなら気楽にできそう」
「別に大儲けしなくても大成しなくてもいいんだ。小さい店で平穏な生活を送りたいだけ」
「良いんじゃない? 手伝ってあげる」

 良い子だ。

「店の名前は【白猫のアトリエ】にするよ」
「ウィリアムさんの店って【白猫のアトリエ】ですよね? 白猫がいませんけど、なんでこの名前に?」

 エリーゼが低い声を作って、将来のお客さんの演技をする。
 例のやつをすんごい気にしてるっぽい……

「捨てないってば。ずっと一緒だよ」

 愛して(撫でて)おく。

「ふーん……まあいいわ。じゃあ、魔法学校に入学するわけね? お金は足りるかしら?」
「多分? この国は学問に力を入れているから奨学金制度もあるし、何とかなると思う」

 引きこもりでもそのぐらいの知識はある。

「何も考えずに家を出たわけではないわけね……それに金貨100枚とパクった調度品もあるし、何とかなるか」

 やっぱりパクったって認識なんじゃん。

「一応ね。でも、行き当たりばったりなのは確かだよ。でも、あそこにいたくなかったから仕方がない」
「わかってるってば。さっさと行くわよ」

 エリーゼがスピードを上げた。
 それからずっと空をかけながら進んでいくと、日が沈みだしたのでちょうど大きな岩山があったのでそこに降りる。
 そして、適当な枝を拾い、魔法で火をつけると、キャンプをすることにした。

「パンも温めると美味しいよ」

 うん、美味い。

「昨日まで良いものを食べていたのにねー……」

 それは仕方がない。
 今思えば、贅沢だったんだ。

「これからは質素になるけど、それが普通であり、平穏な生活なんだと思うよ」
「まあね。ウィル、ゲームのことを教えてよ。なんとなく創作の物語なんだというのはわかるけど、いまいちピンとこないのよ」
「それもそうだね」

 僕は長い時間をかけて、ゲームのことだけではなく、日本のことなんかも説明していった。
 エリーゼは魔法ではなく、科学が発展した世界というのを信じられないって感じだったが、じっくり説明していくと、次第に理解し始める。

「ふーん……要は小説なんかと違って、自分が動かして物語を進めていくってことね」
「そういうこと。僕はその場合、勇者なんだよ。つまりかつて、自分が倒した雑魚が僕なわけ」
「複雑ね。でも、ちょっと思ったんだけど、そのゲームでは能力が数字で評価されるわけでしょ? あんたや私にもそれがあるの?」

 え? どうだろ?

「なんか前にそういうアニメを見たな……ステータスって言うと――へ?」

 なんか目の前に透明な板が現れたんですけど?

「どうしたの?」
「いや、何か出てきた……何これ?」
「何かって?」

 あれ?

「ここだけど?」

 透明な板を指差す。

「ここって? 焚火?」

 エリーゼには見えていない?

「いやさ、さっき言った数値の表が見えているんだよ」
「じゃあ、それがステータスじゃない?」

 エリーゼは今、ステータスと言った。
 しかし、僕には何も見えないし、エリーゼはまったく表情が変わっていないことからエリーゼの前にはこの透明の板が出てきていないことがわかる。

「僕だけ、か?」

 僕が転生者だからか?
 もし、ゲームの主要なキャラだけにステータスが出るということならば、仲間キャラであるエリーゼにステータスが出ないのはおかしい。

「よくわかんないけど、あんたのステータスはどうなのよ?」
「あ、そうだね。えーっと……」

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名前 ウィリアム・アシュクロフト
レベル 45
HP 1000
MP ∞
物理攻撃力 3
物理防御力 15
すばやさ 22
魔法攻撃力 300
魔法防御力 300
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 うん?