「前日譚?」
「ええ。私はこの世界がドラグニアファンタジー・ゼロの世界だと思っている。ドラグニアファンタジーはあなたも知っての通り、ウィリアム・アシュクロフトがかなり歳を取っている世界だから今から数十年後の世界になる。そして、ドラグニアファンタジー・ゼロは勇者が生まれる前の世界観なのよ」

 マジか……

「そんな小説があるなんて知らなかった……」

 アニメになったのは知っている。
 ただ、激務で見る暇がなかった時だから見てはいない。

「話を聞いていて、なんとなく、そうなんじゃないかなと思ってた。それとあなたが転生者じゃないかと思ったのはウィリアム・アシュクロフトはドラグニアファンタジー・ゼロには出てこないのよ」

 なるほどね……
 僕は異物だったわけだ。

「そのドラグニアファンタジー・ゼロはどういう話なの?」
「リット王国を中心とした政治劇ね。正直、あまり評判は良くない。というのもドラグニアファンタジーはRPGとして男性人気が高かったけど、ドラグニアファンタジー・ゼロは女性に人気でゲームのファンには不評なの」

 まあ、番外編だし、そういうこともあるか。

「戦闘ゲーなのに政治劇はね……」
「それもドロドロな感じよ。私は好きだったけどね。それにウチは親が厳しくてゲームが家になかったからそういう小説を読んでいたわけよ」

 それでゲームは友達がやっているところを見ただけなのか。

「……もしかして、マリーも逃げてきた口?」
「ええ。そうよ。私はマリーアンジュ。元ネタは多分、マリーアントワネットね。私は将来、王に見初められ、王妃となる。そして、政変が起き、ギロチンで首ちょんぱよ」

 うわー……

「それはちょっと……」
「派手にごめんよ。なんでロクでもない王に嫁がないといけないの? しかも、ギロチンって何よ?」

 そりゃそうだ。

「だったらもっと遠くに逃げようと思わなったの?」

 隣国じゃん。

「私があなたのことを行動力があると評したのはそこよ。私は家を出ることができなかった。魔力もそこそこあるし、魔法も使えるけど、こんなバトルが当たり前の世界で生きていく自信がない。日本とは違うもの」

 ましてやマリーは女性だからな。

「リサは?」
「リサがついてきてくれるのならもしかしたら家を出られたかもしれない。でも、リサに一緒に家出してくれなんて言えない。私は彼女を養うだけの才もお金もないもの。所詮は親の金で生きている小娘に過ぎないから」

 この部分が僕とマリーの違いだろうな。
 ウチは使い魔の猫さんだから普通についてきてと頼めた。

「そっか。その辺はちょっと難しいね」
「ええ。でも、なんとかリット王国から出ることができた。私が後の王様である殿下に見初められるのは来年の社交界。私はそれまで絶対に家に帰らないつもり」
「長期休みは?」
「補習とか、体調を崩したとか適当に誤魔化して帰らない」

 僕と同じでイベントを回避しようとしているんだな。

「いつまでも逃げ切れる?」

 エリーゼがマリーに聞く。

「そのために自分の学力以上のこの学校に入学した。私はここで一人で生きられるだけの技能を身に着ける。そして、フォートリエ家とさようならよ。ここまで育てもらい、学費まで払ってもらっている親には悪いけどね」

 まあ、首ちょんぱはね。

「お互い、大変だね」
「お互い、破滅が待っているのは変わらないものね」

 僕とマリーはあのままだったらどちらも豪勢な生活が待っているだろう。
 でも、その先にあるのは破滅。

「マリー、この町のイベントというのは?」
「そうね。その辺の情報を共有したかったのよ。あなたは小説の方を知らないでしょうし、私はゲームの方を知らない」

 確かに共有しておきたい。

「確かにそうだね。ゲーム版のこの町はイベントが特にない。単純に魔法学校の教師が仲間になるだけ」
「小説版では色んなイベントがあるわ。一番はこのウェイブとリット王国がぶつかりそうになること」

 え?

「戦争?」
「そこまではいかないけど、緊張状態になるの。それを主人公一行が止める感じね」

 なるほど。

「ごめん。主人公って誰?」
「ウチの貴族の令嬢よ。ちなみに、私は悪役ポジ」

 一緒じゃん。

「仲間だね」
「そうね。ただ、そのイベント自体は数年後のはずよ。具体的にはわからないけど、その令嬢は私達と同学年なんだけど、学校を卒業してからの話になる」

 じゃあ、大丈夫か。
 しかし、そうなると、卒業後にこの町でアトリエを開くのが怖くなってきたな。
 うーん、でも、奨学金のこともあるし……

「イベント自体を止めることはできない?」
「一つある」
「あるんだ……」
「そのイベントで大事になるのがとある貴族が殺されるってことにある」

 貴族が殺されることによって緊張状態になるのか。

「どんな感じで殺されちゃうの?」
「その貴族はこの町の魔法学校に通う生徒なんだけど、落第するのよ。それで良くない道に進み、リット王国の人間に殺される」

 うん?

「ウチの生徒?」
「ええ。そうよ。だからその生徒がそういう道に進まないようにすればイベント自体を回避できると思っている」

 なるほど……

「貴族の生徒って誰? ジスラン?」
「アメリア・ル・メールね」

 え?