「ドラグニアファンタジー?」
「そう、ドラグニアファンタジー」

 もちろん、知っている。
 この世界のゲームの名前だ。
 だが、当然、それはゲームの名前であり、この世界にそんな単語はないはず。

「えーっと……なんで?」
「なんで、か……知ってるわけね」

 マリーが腕を組んで悩みだす。

「ごめん。マリーが何を言っているのかよくわからないんだけど……」

 なんでマリーの口からその言葉が出てくる?

「ウィル……この子、あんたと同じよ」

 丸まっていたエリーゼが起き上がった。

「僕と同じ……」

 転生者……?

「え? マリーって転生者なの?」
「そうよって言えばいいのかしら? 正直、私はまだ理解が完全には追い付いていない」
「と言うと?」
「私には前世の記憶がある。そして、前世であったドラグニアファンタジーという物語に酷似した世界に転生している。でも、これが事実なのか、それとも私の頭がおかしくなってしまったのかどうかの判断が付かないってこと」

 まあ、ゲームの世界って言われてもな。
 正直、僕もまだ完全には理解できていないと思う。
 このままではマズいと思い、慌てて家を出たところなんだから。

「マリー、なんでそのことをウィルに話すの?」

 エリーゼがマリーに聞く。

「多分、ウィルもそうなんじゃないかと思ったから。私はゲームの方は大まかにしかわからないけど、ウィリアム・アシュクロフトってあれでしょ? なんかネタになっている弱いボス」

 マリーに雑魚呼ばわりはちょっときつい……

「まあ……」

 事実だから仕方がない。

「ウィリアム・アシュクロフトがアシュクロフトの家を継ぎ、悪い貴族になる。これは私でも知っている。でも、あなたは家を出て、何故かアルゼリーから離れたこの町の学校にやってきた。明らかにおかしいもの」

 今思えば、最初に会った時の反応はそれか……
 それにマリーは僕が家を継ぐと思っていた。

「リサはこのことを知っているの?」
「そうね。知ってるわ。私はリット王国の貴族令嬢として育ってきた。だけど、昨年、急に変な記憶が蘇ってきた。それは日本という国で生まれ育って生きていた記憶。かなり混乱したし、こんなことを親に話したら頭がおかしくなったと思われ、修道院に入れられそうだったから相談できなかった。そんな時に相談に乗ってもらい、助けてくれたのがリサなのよ」

 それが昨年か。
 差があるんだな。

「僕はそれがエリーゼだったよ」
「そう……お互い、良い人がいたわね」

 それはそう。

「辛かった?」
「まあね」

 やはりか。
 僕は前世の記憶を思い出してからすぐに行動した。
 そして、環境が変わったばかりだからまだ何も思えていないが、よく考えたらパニックになってもおかしくないことだ。

「マリーがそのことを僕に話した理由がちょっとわかるよ。マリーから話を聞いて、安堵している僕がいる」
「私もよ。『ああ、自分だけじゃないんだ……』って思えた。でも、それと同時に本当にドラグニアファンタジーの世界なんだって核心に至れた。ウィル、あなたは何故、家を出たの?」
「昨日、錬金術師になりたかったからって言ったね。あれは嘘じゃない。でも、それ以上の理由はあのまま家にいたら僕は悪役貴族になり、主人公の勇者に討たれると思ったから。そんな人生はごめんだ」

 平穏に生きたいんだ。

「それはわかるわ。でも、ちょっと安心した。あなたはあのウィリアム・アシュクロフトではないのね?」
「違うね。多分、あのまま行ったら数十年後にはそうなっているんだろうけど」

 多分……

「あなたが悪役貴族とは程遠い人間性だからびっくりしたわよ」

 マリーが苦笑いを浮かべる。

「悪役貴族のなり方すらわからないよ」
「でしょうね。あなたはそんな感じがする」

 マリーがそう言うと、何故かエリーゼがマリーのもとに向かった。
 すると、マリーがエリーゼを抱きかかえる。

「マリー?」

 よく見ると、マリーは震えていた。

「私は死んだのね……」

 マリーが俯く。

「多分ね……僕は死んだ記憶がある」

 僕も俯いた。

「私もある……」

 あるのか……

「ウィル、マリー……そのことは思い出したらダメよ。考えないようにしなさい。心が壊れるわ」

 わかっている。

「そうだね」
「ええ。リサにも言われたわ」

 僕達は顔を上げる。

「いい? あんたらはウィリアム・アシュクロフトとマリーアンジュ・フォートリエよ。そして、ゲームの世界も関係ない。あんたらの人生はあんたらのものであり、それ以上でもそれ以下でもないの」

 わかっている……

「エリーゼ、ありがとう」

 僕が礼を言い、マリーがエリーゼを撫でる。
 どうでもいいけど、その子は僕の飼い猫ね。

「ウィル、一つ聞きたいことがある。あなたは何故、この町に来たの?」

 ん?

「昨日も言ったけど、家から逃げてきたから遠いところを選んだ。それにこの辺境の地なら最悪はリットに逃げられる。そして何より、今世では平穏に生きたいと思っているからゲームでは特にイベントがなかったこの地を選んだんだよ」
「そう……」

 マリーがまたしても俯いた。

「どうしたの?」
「いえ……あなたはドラグニアファンタジーのゲームをやったの?」
「うん。結構好きでね。2、3回はクリアしたよ」

 面白いもん。

「そう……私はゲームの方はあまりやったことがないの。というか、友達がやっていたのを時々見ていただけ」

 そうなんだ……ん?

「ゲームの方?」

 そういえば、さっきもそんなことを言っていた。

「やっぱり知らないのね……ドラグニアファンタジーはゲームが流行り、アニメになった。そして、番外編として小説にもなっているのよ。私が知っているのはその小説の方。それはドラグニアファンタジー・ゼロ……ゲーム版の前日譚であり、舞台がゲーム版ではたいしてイベントのなかったリット王国、そして、このウェイブの町なのよ」

 え?